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アナーキアマガジン 〜無意味な全能証明〜  作者: 黒種恋作
Vol.1『ゲミニに灯るセントエルモ』
33/36

第25話 『形勢逆転(ターンチェンジ)』

「交渉だと………? いきなりなに言ってやがる……そもそもオマエ―――」

「だからアウトサイダーですって! 二週間前にこのアナーキアにやってきて、今はセントラルのテトラビブロスって組織に所属してまーす! 今後ともよろしくね! ハロッピー!」


 今にも消えそうなロウソクみたいな呟きを発したチマキに向かって人畜無害ですよといった笑顔を返す。

 そんな僕を見て、まるで怯えているかのように半歩後ろに脚を下げたチマキは、僕にいつ攻撃されても対応できるよう間合いを図っている様子だった。どうやら光栄なことに一番ヤバいヤツ扱いを頂戴したらしい。


「あ? ハロッピー? ……どっかで聞いたな? ファルが言ってたよな?」

「……ま、ママ。コイツですよ! このまえシノギにちょっかいかけてきた異邦人の!」

「……二週間前、エクセアから流れてきた、バチクソイケメン玉蹴り野郎だ」


 どうやら二人は僕の顔を覚えてくれていたらしい。可愛らしいね。説明が散々だけど。


「はははっ、ミノッペさんてば、面白いニックネームくれますね~! じゃあ、ミノッペさんだけ特別に! 僕のこと、俺専用バチクソ玉蹴りお兄さんって呼んでいいですよ!」

「………身の危険を一心に感じた。遠慮しておこう」


 ミノッペはかっこつけた口調で股間を抑えた。

 軽い冗談のつもりだったんだけど………あの時は結構なクリティカルヒットだったし、仕方ないか。

 蹴りやすい素敵な股間をしているミノッペが悪いよね。


「ではでは、親睦が少し深まったところで、色々と順番に処理していきましょう。こんな状態のままお話するわけにはいきませんから。――ネレ、ふたりを治してあげて」

「えっ? な、なおす………?」


 唐突に名指しされたことで、ネレが困惑を取っつけた返答を返してくる。


「うん。今にも死にそうになってるストラねえねと……パシーさんだっけ? 順番はそうだな……申し訳ないけど、パシーさんからやってあげてよ。今にも死んじゃいそうだから」

「えっ? で、でも――――」


 なるほど、表面を取り繕っていたストラと同じで、ネレの本当はこういう気弱そうな性格なのか。

 普段使っている言葉遣いは自分を強く魅せ、奮い立たせるための殻ってとこなのかな。


「ほら、急いで急いで! その法式、最近覚えたばっかで、まだ十全に扱えてないんでしょ? 練習がてらちょうどいいじゃん! ほらほら~~」

「お、おう……」


 僕の無理やりな押し込みに渋々頷いたネレが倒れた二人に近づき、パシーさんから治療を開始する。

 その全身に“虹色の紋様”が浮かび上がり、『青白い炎』が傷口を燃やすべく広がっていく。

 もちろん、それで火傷したりするわけじゃなくて、傷口がみるみるうちに消えていってるんだけど、それを見たチマキが待ったの声をかけた。


「おいっ、なに勝手に――――」

「あっ、ごめん。チマキさんそういうのいいんで―――黙ってもらえます?」


 人の好意は素直に受け容れるべきだと思うけど、立場的にそれができないというのは、可哀想な話だ。

 こういった場合は少し威圧して、本人に仕方なかった感を演出してあげた方がいい。

 事実、チマキさんは僕の威圧を受けて、即座に静観することを選んでくれた。


「――虹色の紋様反応……だと……?」

「ん? 虹色って珍しいんですか? よくわかんないですけど、法式ってほんと凄いですね。僕の世界じゃ、ああいうのは空想の御伽噺でしかなかったから、羨ましいな~って思います」

「……………………」


 不思議な反応だと感じた。流石に僕もあの紋様の色によって、能力系統的なのに法則性があることは察している。

 とりあえずわかるのは、虹色は回復表した“色”じゃないないんだろうね。

 アスリが昨日チラりとそうぼやいていたのは記憶しているから。


「………にいに、ふたりの治療終わったぞ」

「おおっ! グッジョブネレ! 昨日より回復速度が0.523秒も短縮してるじゃん! えらい!」

「……まあ、昨日みたく身体のどこかが欠損したわけじゃないから……てか、こまけぇな?」


 まっすぐな瞳で称賛され、照れくさそうに頬を掻くネレ。

 まさしくそれは電光石火の早業だった。


「さてと! 小さなしこりも消えたことですし、我々の未来について話しあいましょうか!」

「……未来だと? オマエにどんな権限があるんだ部外者。そこの英雄さまといい、セントラルのクソ共は余所様の事情に首を突っ込まなきゃ、生きられないのか? ……空気読めよ」

「はははっ、確かに僕らって部外者ですよね。まあ――昨日までは、なんですけど」

「……なに?」


 僕は同意したと見せかけ、衝撃の事実を匂わせる。

 それを聞いたチマキが怪訝な顔を浮かべた。


「元々、僕とその相棒である天見川ルケは、こちらの箕川アスリ姫からの依頼でゲミニに出向していました。依頼内容は彼女の護衛。そして護衛中、彼女の要望はできる限り叶えるように業務を執行すること……ですよね、アスリ姫?」

「……おん、せやな」


 まるで冷静にこの場をどう切り抜けさせるか思案しているような表情でアスリは僕の言葉に頷いた。


「それでまあ、昨日色々ありましてね。我らがアスリ姫とこちらの上院議員である時栖ストラさんがエマヌエル打倒を目標に協力関係を締結したんです。これにより、我々はアスリ姫から受けた依頼の遂行・遵守を達成すべく、自動的にゲミニの協力者になったんですよ」


 無論、そんな話は全くしていないよ。

 昨日はアスリがストラに圧迫面接しただけだ。

 あれ以上のことはなにも話してない。これは僕が前に立つための方便でしかない。


「……ふむ。ではなぜ、オマエが急に仕切り始めた? 今の話を聞く限り、それとこれとは話が別じゃないのか? 末端のくせして主語がデカすぎるんだが?」


 おやおや、僕をどうにかして話から除外しようと画策し始めたね。

 それでも聞く耳を持ってくれた時点で、僕は勝利したも同然だ。

 僕の舌がまわるやまわる。


「それはこの関係を結ぶ際に取り決められたことなんです。時栖ストラさんが上院議員としての職務を執行する能力が欠如した場合、その権限を一部我々に貸与する――ああすみません。うっかり、秘匿事項のひとつをぺらぺら喋ってしまいました。まあ、要するに北河二ユウの代理者が貴方達であるなら、時栖ストラの代理人は我々ということです。だよね、ネレ?」

「……えっ? 昨日ってそんなは――」

「――だよね?」

「あっ、うん………」

「い、いま、言葉を飲み込ませやがったです?」


 僕は“あえて一部の内容をポロりしちゃったけど、なんかそれっぽくて滅茶苦茶大切な取引をしたんだよ”という白々しい雰囲気を演出する。

 我ながら凄まじいハッタリだね。


「……だりぃ。てか、オマエの喋り方、リブラ州の『法務騎士』みたいで腹立つからやめろ」

「えっいいの? おっけ! じゃあ、こっからは素で話すね~」

「………………」


 堅苦しい口調って、苦手なんだよね。

 文章にすると文字数多くなるから。

 あっでも、僕って結構おしゃべりだから関係ないか、はははっ。


「じゃあさじゃあさ! まずは聞きたいんだけどさ? どうしてストラ達はポントスから出ていかないといけないの? さっきから出ていけ出ていけって、別にここ市民なんだし、州内のどこにいようが勝手でしょ?」

「……昨日ユウ嬢がここに来て言ったんじゃないのか? そこのストラが上院議員の権力でこのポントス……ひいてはゲミニ州の土地を私物化しているからだ」


 僕の空気に流されることにしたのか、諦めたチマキが続ける。


「元々、この港は誰か個人の所有物ではなく、ゲミニ州議会で管理・運営している場所。州全体の収入源のひとつだ。だから収入の一部と固定額を州議会に納めなきゃならねえ。ここまでは分かるか?」

「うん。それで漁師側がストラ。州議会側がユウさんって感じで対立してるんでしょ?」

「そうだな。だが、それ以前にそこのストラは上院議員であって州議会の人間でもある。これがどう解釈できるか分かるか?」

「――ストラが“利益”を独占してるって言いたいんだね?」


 話の主導権を握ることができた余裕からか、チマキが元の態度でにやけ面を晒した。


「そうだ。ここと似た立場の連中が毎日必死こいて働いて収めている金……それをポントスだけが、ストラ上院議員が自身の特権を悪用し、その支払いを免れている」

「……そんなのが今のポントスにあるわけねえだろ」


 チマキの言い分にネレが険しい顔で反論した。

 まあ、どう見てもこの港が何かしら利益を出してるようには思えないからね。


「おいおい、私を熱く滾らせた二人の妹がそんな弱弱しい声を出すな。そんな戯言が通じないのが社会ここのしくみだろうが。税金だけどうにか納めればいいわけじゃないんだぞ?」


 まあ、これに関してはチマキが正論だよね。でも、これって実は凄く酷い話なんだ。

 僕調べになるけど、ポントスはおろか、今のゲミニにまともな利益を出せている施設なんて皆無に等しい。

 唯一、何かしらの利益が出せている場所を挙げるとすれば、それはユウが関わっているところだけで、それ以外ははっきり言って烏合の衆。

 だから、彼女らの言い分だとゲミニ市民の大半を追い出すことになるんだけど、昨日のユウやチマキに態度を見るに、明らかポントスにだけ当たりが強い感じがするね。


「それに金の代わりになるもんだって、さっき提示したじゃないか」

「……? 提示って……なにか言ってたっけ? いや……でもさっきたしか――」

「……妹のオマエでそれか。なんともまあ……闇深いんだな」


 あれか、“先代州議長の手記”と“セントエルモの儀に関する情報”。

 なにやらネレの反応がおかしい。というか、チマキの子分達や周囲の人達、アスリも何を言われているのか、ピンと来ていない様子だった。

 まるでその二つに関することだけ部分的に記憶削除されたような反応をしている。

 これを全員が致命的な物覚えが悪いで済ますには、さすがに人数が多すぎるね。


 忘れていない様子なのは、チマキとストラ――それと僕とルケだけみたいだ。


「ん~ちなみに聞くけどさ! もしお金を納めるってなったらいくら支払えばいいの?」

「……そんなことを聞いてなんになる?」

「いいからいいから! 教えてよ~チマキさ~ん!!」


 ま、とりあえず僕も記憶喪失してますみたいに身振りで振舞っておこう。

 少なくとも今回の物語で重要な単語ではないし。くわばらくわばら。


「……そうだな。未払いだった期間がとてつもないが、あのお嬢も鬼じゃない。五億Uユウズ支払えば、ひとまずは問題なしといったところだな」

「ご、五億だと!?」


 流石に聞き捨てならないのか、周囲の漁師さん一人が声を荒げた。

 予想通りだけど、こらまただいぶ吹っ掛けたな。


「なんだ……オマエらのお嬢の優しさに感動でもしたのか? 五億なんてオマエらが全盛期に叩きだしてた巨万の富に比べれば、子供のお駄賃程度だもんな?」

「えっ、そうなの? 僕、アナーキア歴二週間だからそういうの詳しくないんだけど?」


 だが、そんなものはどこ吹く風と華麗な皮肉で受け流すチマキ。

 しかも、滅茶苦茶興味深いことを口にしたね。


「昔はゲミニバブルなんて言葉があったくらいには凄まじかったよな? “食料”ですら金になるってのに、加えて外の世界からたどり着く無尽蔵の宝の山。アナーキア市民の誰もが触れたくない大魔境が一角――『エクセア海』を宝宮の不死の力によって支配し続けてたんだから」


 ふむ、それは今とは全く正反対に位置する話だ。

 でも、チマキの言葉からは不思議と信憑性が高く感じられた。

 だって、それを話すチマキの態度を見れば、明白だったから。


「この仕事を受けるってなったときな? 期待してたんだよ。創設時代の頃から、関わっちゃいけない狂気の蛮族……パイレーツと恐れられたオマエらとの熱のぶつかり合いを……!」


 まるで著名な作品を連発すると聞いた人気作家の新作が大ハズレだったときのような。

 心底がっかりだという様子でチマキは続ける。


「それが蓋を開けてみれば、宝宮におんぶにだっこしてただけのメンタルヨワヨワクソ雑魚おバカさん達だったなんて……まともなのが上院議員の二人だけだったなんて――がっかりだ」


「――――るせえ……」


 子分と似通った可愛らしい罵倒を零す親分の言葉に、棘のあるヨワヨワ豹変衝撃フィアーボイスを発する者がいた。

 

「ここの、こと……なにも知ら、ねぇ! オマエが……バカにッ!! するな……!!」


 息を絶え絶えにして必死な形相でチマキを睨みつけるストラ。

 瞳には明確な敵意と狂暴な彼女の本性が明確に映し出されており、それはある意味、チマキの言う狂気の蛮族とやらを証明する証拠なのかもしれない。


「――なんで、あの根性をアイツより歳食ってる連中が出せねえんだよ」


『――――――――――――――――――――』


 ストラの豹変を持ってしても、再度、期待外れと言わんばかりの言葉が吐露される。

 それでもストラに免じてかミクロの囁きに近かったそれは、周囲の動揺を明確に表すには十分すぎた。虫のさざめきが無意味に感じぬのと同じことのように。


「……もういいか? ぽっと出共が場をかき乱しやがって。時間の無駄だからさっさとおとなしくここから出ていくか――寄越せ、手記とセントエルモの儀についての情報を」


 そこで完全に自分のペースを取り戻せたと判断したのか、チマキは着崩した真っ赤なスーツを激しく揺らした。

 それは開戦の狼煙の前祝いであり、子分達へのひそかな合図。

 合図を理解した者達は、怪我した仲間の身体をさりげなく下がらせ、親分の自信あふれた活力に感化されて、戦いの準備を開始していた。恐ろしいカリスマ性だ。


「うーん、よく分かんないけど、とりあえずそれには五億の価値があるわけか」


 まあ、僕も言質は取れたことだし、時間の無駄というのには同意だね。

 これ以上の雑談は――って意味だけど。


「――――じゃあ無理だね」


 さっさと交渉の椅子に着かせてやろうじゃないか。


「あ? なら、この瞬間から全面抗争だ。どちらかが潰れるまで―――」

「あー違う違う。そういうことじゃないよ。僕はただその二つは売れないって言っただけ」


 僕はわずかばかりの微笑と即座の訂正でチマキの勘違いを正す。


「チマキさんさっきから相手のこと見くびりすぎだよ。ここにいる人達全員、誰もユウさんの優しさとやらを無下にするなんて一言も――お金を納めないなんて言ってないんだから」

「―――まさか」


 頭の回転が速いインテリ極悪チマキさんもこれから先の展開に察しがついたみたいだ。


「はいっ! ではルケ! ダッシュでジュウザエモンさんの家から“アレ”取ってきて!」

「……手袋?」

「トランクふたつ! 昨日来るとき持ったでしょ! それを着けて五秒以内ね! スタート!」

「―どうぞ、持ってきた」


 かけ声と同時にまるで瞬間移動したかのようにルケが消え、即座に現れて二つのトランクを僕の胸に向かって差し出した。


「うおっ! 五秒どころか一秒かかってないじゃん! 冗談で言ったのに! ありがと!」

「……うん」


 僕なんかに褒められたことにそこまで喜ぶ価値があるのかと思うが、ルケは目立たない程度に頬を緩ませる。


「じゃあルケはそれをネレに渡して、ネレは手袋なしチマキさんに見えるよう両方開けて!」

「お、おうっ!」


 ルケとネレが僕の指示通り行動し、重厚な二つのトランク達がゆっくりと大きく口を開ける。


「うおっ――!?」

「ま、マジかよ………」


 そこに眠っていたのは、少しの空白を残しながらも大量に詰め込まれた札束の山だった。


「――五億といわず十二億。形勢逆転ターンチェンジだ」

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