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アナーキアマガジン 〜無意味な全能証明〜  作者: 黒種恋作
Vol.1『ゲミニに灯るセントエルモ』
31/36

第23話 『豹変』

「――いつも思ってた。なんでみんな、自分じゃない何かと比べ合わないと気が済まないんだろうって」


 一体全体、誰がその展開を予想できただろうか。


「みんなで仲良くしとけばいいのに、それが完璧にできた試しなんてどこにもない」


 骨同士が響きあう鈍い音が、太鼓を叩くように何度も幾度も繰り返される。


「それは誰もが心を持ってるから。心から派生する欲求がみんなを醜くするから。幸せを掴むために、どこかへ不幸を押し付けないといけないんだ。みんなこれを“争い”って呼んでる」


 馬乗りになったストラが横たわったチマキの顔を勢いよく殴りつけている。

 怒髪天を衝く形相になったストラは今までのクールで大人びていた印象と反比例するように、秘められていた残虐性を感情の赴くままむき出しにした。


「じゃあ、どうやってこの争いって連鎖から逃れられるのか? たぶん、みんなこう考えるだろうね。――“幸福と不幸を自由に操作できる上位の立場に収まりたい。”って」


 腕を顔へ上下させるだけのながら作業みたいに単純な行為。

 怒りに満ち満ちた顔と裏腹に冷め切った声色。それらが重なり合うことで成立する恐怖心。

 誰もがその光景に釘付けで、その矛先が自分に向かぬようにと傍観していた。

 子分の三人に限っては、皆一様にじっと真顔でその光景を見つめていた。


「ふふっ、ほんと馬鹿らしいよね。こうやってまた連鎖が出来上がっていくんだから」


 そしてストラが乾いた笑い声を吐き出して、血みどろの凶行は塞き止められる。

 振るわれていた拳はだらしなく地面に落ち、ようやく解放されたチマキの表情は血だまりの洪水が広がっていて、窺い知るすべを持たない。


「でも……もっと馬鹿らしいのは――そうやってうえを目指して争ってるヤツらに限って、揃いも揃って、うえにいるヤツが幸福に違いないって決めつけてることだ!

――お前の言う通り、みんな生きたいから自分のことだけ気にしてればいいですもんね?」


 だらしなく下がっていた両腕を地面につけ、ストラは覗き込むようにチマキの顔色を伺う。


「ねえ? なにが滑稽だって? なにが傑作だって? 無街のお姉さんは自分達の不幸に目が眩みすぎて、州では何不自由なくみんな幸せに暮らせてるって、勘違いしてるんですね?」

なにが起こってるかなんて――知ろうとも思わないんですね?」


 冷め切った声色が苛立ちを混ぜ込むようにどんどん上擦っていく。

 そこに確かに存在する圧迫感が段々と強まっていき――、


「馬鹿にするのもいい加減にしろ! 自分の不幸な境遇を棚に上げて偉ぶってくるな!」


 いま――――解き放たれた。


「お前の培った価値観だけで、ゲミニのみんなを推し測ろうとするなんて千年早いんだよ! 無街か州かなんて口にしてる時点で、何もかもが浅はかなんだよ!」


 今まで抑え込めていたナニカを解除したストラはただ叫んだ。


 ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ――。


 チマキのスーツの襟を首が締まるくらい握りしめ、鼓膜が破けそうなくらいの激情を耳元へと叩きつけた。


「ね、ねえね? さ、さすがにそれ以上はやめといた方が……」


 周りの目など全く意に介さず、チマキを殺す勢いで殴り続ける姉の姿に、妹のネレは刺激を与えぬようおそるおそる制止を促した。


 ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ――。


 だが、今のストラはそんな妹の声すら耳に傾けることをせず、無我夢中で殴り続けた。


「――おい、いい加減にしろ。それ以上、ママの顔をぶん殴るな」


 カチャリと――銃弾が装填された音が鳴る。

 同時にストラの頭に不躾な鉄の銃口が添えられた。


「いきなり調子ぶっこきやがって。まだ自分がどういう立場かわかってねえみたいだな」


 行動を起こしたのはパシーだった。

 引き金に指をかけ、今すぐにでも頭蓋へ弾丸をぶち込んでやりたいといった様子だった。


「…………………………………………」


 ストラの身体がピクッと震え、まるで魂が肉体から天へ解き放たれたように動きが止まる。

 それは不吉を予言するための準備期間みたいなひと時だった。

 僕的な表現としては、ホラー映画に出てくるバケモノが急に動きを止めた瞬間だ。


「とりあえず、身体どけろよ。そしてさっさとママから聞かれたことを―――」


 ストラの瞳が――ドス黒い狂気に照らされた。


「があああああああああああああああああああああああああああ!?」


 刹那とか一瞬とか、そんなのどうでもよくなる速度でストラはパシーを巻き込みながら転ぶように地面へと組み伏せ、銃を突きつけた方の腕をあらぬ方向へとねじ曲げた。


「パシー姉!?」

「なんだと――ッ!?」

「ねえね!?」


「――胸二発、右足一発」


「――――――――――――――――――――――――!?!?!?!?」


 残りの子分達と妹のネレが慌てるのも束の間、ストラは奪い取った拳銃でパシーに向け、三発の弾丸をぶち込んだ。それは先程トカゲ漁師が受けた場所と同じ箇所だった。


「――遊び半分でちょっかいをかけたのは間違いだったな」


 もはや取り繕われた敬語がどこか彼方へ消し飛んだ。

 痛みに悶え、うずくまるパシーにストラは見下すような瞳を刺した。


「お前!! よくもやりやがったで――」


「おい、それ以上動くな。まだ自分達がどういう立場かわかってないのか?」


「――よせ、ファル!」

「むぐっ――――!?」


 興奮顔で食いかかろうとしたファルがミノッペによって引き寄せられた。

 意趣返しと言わんばかりの発言をしたストラが手にした銃口をパシーに向けていたからだ。


「仲間を大事にすることはいいことだよな。だったら他人の大事にしている仲間に手を出してもいけないということを覚えておいたほうがいい」


「――――っ」


「上院議員になるって覚悟した瞬間ときから今日に至るまで、素の性格は表に出さないと努めてきたんだがな。ここまで舐めたマネされたらさすがに出していいよな?」


 ふつふつと肩を揺らし、ストラは狂気的な笑みを浮かべた。

 その姿、まさに血を帯びた幽鬼が如し。ゾクッと肝の冷える光景だった。


「ああ、お前らは感謝した方がいい。ケンツと同じ痛みを返すのに、銃である必要はなかった。もし、ここに刀があったなら、今の三発がより深く体に大穴を開けていたぞ? そうなれば、もう今頃死んでたな? ――フンッ!!」


「ぐっ、あああああああああああああああああああああああああああああ!?!?」


 理性を捨て、直情的になると宣言したストラは容赦というものを持たなかった。

 悶えるパシーの腹に足を思いっきり振り上げ、力一杯蹴りあげた。


「お、おい、ねえね! それは流石にヤバイって! ソイツが死んじまうよ!」


 死体蹴り。そう言わざる負えない姉の蛮行にネレが思わず抗議を起こした。

 蹴り上げられた存在がゲミニを脅かす外敵であるというのに、ネレはそれ以前に姉にこのような行為をしてほしくないといった様子だった。


「ネレ、お前の優しさはこの上ない美徳で称賛すべき慈愛に満ちているが、今は後ろに下がってて。今は私――“オレ”が喋っている」

「いや、オレ……“私”は……ただ」


 有無を言わさぬストラの圧に、たちまちネレは沈黙で口を閉ざすように強制された。

 妹の言葉を物ともせず、逆にネレ自身を丸め込もうとしたのだ。

 ストラは優しげな瞳を作り、ネレの頭を撫で始めた。


「分かってるさ。お前の言いたいことは――嗚呼、くたばっておけばよかったものを」


 その時――空気が爆発と破裂を引き起こした。


「おいおい! よく気付いたな!」


 それは二つの衝撃がぶつかり合うことで吹き荒れた暴風。

 ストラの脚と敵対者の拳がもたらした強者つわもの共が夢の軌跡。


「もういっちょおおおおおおおお!!」


 敵対者の正体は、『赤キ暴麗(ぼうれい)』とか呼ばれてた鉢巻チマキだった。

 衝撃の余波で後方に下げられたチマキの肉体が、ストラに向かって突進してくる。

 チマキはこれでもかと顔を殴られたことで、顔中血だらけにしていたが、当の本人は無傷ですといわんばかりにピンピンしていた。


「―――おそい」


 が、それがストラの元まで到達することはなかった。

 前にぐんぐん飛び出るチマキを軽い動作で受け流したストラは、そのまま後ろの首筋に目掛けて見事な肘打ちを喰らわせたのだ。 そのままチマキの肉体は顔面から崩れ落ちる。


「いい~~おりゃあああああ!!」

「っ―――――――!!」


 だが、チマキはすかさず両手を地面につき、バク宙の要領でストラに鋭い蹴りを放った。

 思わぬ反撃に反応が遅れるも、ストラは両腕を盾にして防御。

 かろうじて成功するも、攻撃をもろに喰らったことによってストラは足蹴りと反対の方向へと弾き飛ばされた。反撃に成功した喜びか、チマキの顔はにやりとほくそ笑んだ。


「う、うそだろ……あれで死んでないのか?」

「はっはっは!! あの程度でくたばるわけないだろ! ネームドキャラはそう簡単にくたばらないのは常識だろうが! 私の心の聖典バイブルにもそう書いてあるぞ!」


 その頑強な肉体に驚愕するネレを肴に、チマキは獰猛な笑みを浮かべた。

 酷い物言いにはなってしまうが、あれで死んでいないのは滅茶苦茶怖い。

 手のつけられない闘牛………違うか、あそこまでいけばクマムシみたいだと思った。


「それにしても、だ! ユウ嬢が睨んだ通り、やっぱ地雷ワードだったのか! セントエルモの儀! このゲミニで私を楽しませてくれるとしたら、時栖ストラしかいないと言っていたが、その言葉に偽りなし! カマかけて正解だったな! いい熱だ!!」


 ストラが豹変する前ならば、決して口にしなかっただろう称賛を送るチマキ。


「……ユウ姉さんは知ってるのか?」


 称賛なんかどうでもいいと、チマキの発言に顔を歪ませるストラ。


「まさか! 知ってたらこんな風に交渉の道具にしたりしないだろうが! 生前の時栖コルサとお前は不用心だな! そこまで慌てるなら、一目につかない場所を選んで話すべきだ!」

「そうか……なら――お前をサンドバックにするだけで十分だなッ!!」


 二人の間でのみ完結した会話が閉じられ、再び肉体のみで語り合いが開始する。

 それは激しく、暴力が渦巻き、そして――魅力的に。


「はっはっは! これが本来のゲミニ市民か! 『警備隊(けいびたい)』なんか不要と豪語してただけの実力はあるわけだ! やっぱ、『宝宮(ほうきゅう)』はダメだな! アレは生命の理を堕落させるだけだ!」


 息をつく暇もないテンポの良さで攻防の天秤が激しく揺れ動き、拮抗する。

 僕は腕の力を緩め、食い入るようにその戦いを観察した。

 闘牛のように勇ましくもコンパクトな身のこなしでとにかく前進する戦法を取るチマキ。

 一目見ただけで血の滲むような鍛錬の積み重ねが分かる技術重視の戦法を取るストラ。

 両者の動きは本当に見事なものだが、僕が特に注目したのはストラの方だ。

 ストラの技は昨日のエマヌエル戦で披露したものと比較にならないほどキレの深みがあり、洗練された完璧と評せる代物。流派なのか独学なのか判別できない完成度。

 端的に言えば――昨日のエマヌエル戦では手を抜いていたのかと思わせられたのだ。


(いや、違うな。ストラのあれは――――)


「――オマエ完全に“対人型特化”だな! 一体なにと戦うつもりだったんだ!? 教えろよ!」


 激しい戦いの熱に高揚しきったチマキの考察に、僕は胸の内で同意する。

 だが、あれは極めたというよりも“絞り切った”という方が適切で相応しい。

 それ以外は不要だと切り捨てたような、そんな感じだ。


「……なるほど。『A5』だの『虹』だの呼ばれてるだけはあるな。――まあ、関係ないんだが」

「――おおっ!?」


 激しく揺れていた天秤がストラに傾く。

 風呂の栓から水が排水されていくように、拮抗していた状況がストラの一方的な連撃をチマキが喰らい続ける一方的な展開へと変化した。

 それは戦争でも闘争でも喧嘩でもなく、サンドバッグをひたすら殴り続けるみたいな蹂躙劇。


「ん~~ナイス、オ~バ~ヒ~ト! いいね、いいね! ボルテージが爆アガリだ!!」


 だが、チマキから聞こえてくるのは、悲鳴でも苦悶の声でもなく―――――歓喜。

 肉体のあらゆる部位を殴られながら、血を辺り一面に撒き散らす女の表情は興奮していた。

 眼孔を大きく見開き、ただひたすら争いの熱に浮かされ続ける狂気の存在。


「さすがやな……あの打たれ強さ。そして熱を求め続ける心構え。あれこそが理想の体現者。やっぱ、タウルス市民は斯くあるべきやな、ホンマ」


 右隣で感心の声を漏らすアスリ。周囲にいるゲミニ市民は、ストラの蛮行に青い顔で絶句しているにも関わらず、彼女だけがチマキを褒め称えた。

 それは州によって価値観や文化が違うことを明確に表した光景。


「だがッ!! 次はこの私の番だああああああああああ!!!!!!!!!!」

「―――――ッ!?」


 殴られ続け、たどり着きしはチマキの甲高い雄叫び。

 ストラの連撃が全て受け止められ、攻防が一転の変化へと至る。


「―――――!!!?!!??!?!!??!!??」

「どうしたストラあああああああああ!! 私は悲鳴をあげなかったぞおおおおおおお!!」


 ストラの肉体がチマキの拳に破かれ、赤色のしぶきを飛ばした。


「ははははははははは!!! パンチパンチパンチパンチぃぃぃぃ!!!!!」

「―――――――――――――――っ!?!!」

「ねえね!!」


 凄惨、惨烈、惨憺、酸鼻、残酷。

 道徳なき不快なる戦慄は、血の繋がらぬ妹から悲鳴の声を引っ張りだした。


 僕はその光景に――――美しき物語の神髄を得た。


「くっ―――うおおオオオォォォォォッ!!」

「ガッ―――――――!?!?」


 だが、負けじとストラも追い縋るように拳を振るった。

 向かい合う二つの意思が紡ぎ出した、欲望と欲望のぶつかり合い。

 消化されるは未だ語られぬ夢の道程。互いに譲れぬ物が存在しなければ成しえぬ衝突。


(ああ……本当に本当に本当に――――羨ましいなあ)


 僕はそれを――美しいと感じ、想い、羨み、嫉妬する。

 二人の殴り合いに夢中になった僕の腕はさらに力を失っていく。


「オーケー、カポーテ(熱乙女)・ストラ!! ラストフィナーレといこうか!!」

「――――――」


 そして、幾度の衝突を経て、最後の一撃を喰らわせたのはチマキだった。

 大振りの右ストレートがストラの腹を貫き、吹き飛ばされた先にバタリと倒れこむ。

 幾ら殴り続けても悲鳴も動じることもせず、笑顔を保ち続けたチマキ。

 技を巧みに駆使し、ある程度の攻撃を躱したが、着々とダメージを受け続けたストラ。

 それは完全な出来レースだったのかもしれない。


「さあ! お前に敬意を表そう! チマチマした交渉はもういい! トドメを刺してやる!」


 目を血走らせたチマキがトドメを刺すべく、ストラへ飛び跳ねるように突進する。

 その声色に疲労や負傷の色はなく、延々と口角を釣り上げていた。

 『赤キ暴麗』は最後まで、その頑強な肉体と打たれ強さのみで勝利を収めたのだ。


「さあ!! お前の熱に乾杯を(ヴォトルトースト)!!」


 なにかの決め台詞を口走り――、一秒後には到達せん。

 血と興奮と熱気に酔いしれた麗しき暴君は、共に競演したマタドールへ終幕の死を――。


「アアッ………!?」




「――だめだよ。それ以上は」


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