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アナーキアマガジン 〜無意味な全能証明〜  作者: 黒種恋作
Vol.1『ゲミニに灯るセントエルモ』
25/36

第17話 『想定外の魅力』

「――――――――」


 その一言が今まで余裕綽々といった態度をしていたアスリの顔を驚愕へと歪ませた。


「契約内容は後ほど、そちら側を主軸に決めていただいて構いません。できる限りミノリカワ

乳業に利点があるように取引しますし、できることなら長期的にお付き合いさせて頂きたいと私は考えています」

「……ストラ、アンタいきなり何を言うとるんや」


 そこで初めてアスリがストラの名前を呼んで、待ったをかけた。


「悪かった、どうせ大したことちゃうと思って、要点だけ話せって言ってもうた。やから、なんでそうなったんか理由を教えてくれんか? しかもウチがミノリカワの人間ってことも……」

「そんなの今日の姉さんと貴方がした行動に注目すれば、容易に想像することができます」


 経営者のオーラを捨てたアスリに詰め寄るようにストラが話を続ける。


「姉さんが師匠と話した最後の方、姉さんは誰かの存在に気づいて人混みをちらりと見ていました。姉さんはその後、何かをアピールするように自分の気持ちを大々的に言い切った。あれは、確かに師匠に向けられたものでもありましたが、同時にアスリさん。貴方に向けられたものだったんじゃないんですか?」

「――――」


「あなたも貴方で、姉さんの姿を見てから私が師匠にゲミニの事情を説明するまでの間、一言も口を開かずに聞いているだけだったじゃないですか。そして今まで話し合いで見せた、アスリさんの只者とは思えない風格。師匠の言う通り――品定めされてるとしか思えませんでした」

「………………………」

「師匠が語った複雑な事情……それは姉さんとのなんらかの取引を行うことなんじゃ、ありませんか?」


 僕はそこで彼女に心の底から畏敬の念を抱いた。


「姉さんと一番一緒にいたのは私だという自負があります。いつも隣でその雄姿を見てきた。私が初めて憧れた人……そんな姉さんの考えそうなことなんて、私が一番知っています」


 後のことを視野に入れたエマヌエル討伐の話は、ストラなら言えると僕は確信していた。

 だから、そんなの無粋だと思ったし、アスリ自身もそれは言ってくれるだろうと期待して、敵に回すような発言をしたのだろう。


「姉さんなら、ギュウギュウ会と手を組んだだけじゃ、不安要素が多くて満足したりしない。相手がそもそも裏社会で大きく幅を利かせている極道組織。裏切られる可能性を視野に入れるのは当然のこと」


 今の彼女……ストラではそれ以上のことはできないと思っていた。

 彼女が未熟なのは事実であり、これから彼女が成長できるように促すつもりだった。

 彼女の魅力が潰れてしまわないよう、ほんとにささやかな程度にはやるつもりだった。


「だから、裏切られてもいいように保険として別の道も用意しておくはず。そうなると、ギュウギュウ会とタメを張れる組織は限られていて、そのうえで姉さんは対立している組織を選ぶ。そうすることでお互いに牽制させて、一歩引いてる間に自分だけ利益を独占。あとは流れを操作してうやむやにする。今回それが最も効果的な組織は、場所的にも一択しかありません」

「……ミノリカワ乳業ってわけだね」


 ゲミニとタウルスはお隣に位置している州。合否はともかく、彼女の考えに違和感はない。


「はい。いきなりセントラルの人間を引き連れてやってきた、明らかにお忍び姿の只者じゃない空気を纏うタウルス州の人間。貴方にはいつもやってくるギュウギュウ会の人とは違う気品が感じられました。ここまで情報を出されれば、未熟者の私でもさすがに察せますよ」

「……そうか」


 ――僕は時栖ストラというとても魅力的な女の子を低く見積もりすぎていた。


 彼女の考察は、今回の物語の核心を突いている。

 間違っている部分は多くあるが、それは単なる情報不足でしかない。

 その類まれなる洞察力と知性が、過程をぶっとばして限りなく近い答えを引き当てたのだ。


「まあ、アスリさんにも事情があるでしょうし、今の話が正しいかどうか聞くつもりはありません。ですが、もし今の私の考えを踏まえて、なにか私に光る物があったなら、姉さんではなく、私に投資しては頂けないでしょうか? ――どうか、お願いします」

「お、おい! ねえね、立ち上がっちゃダメだって!」


 横になっていたストラが立ち上がり、ふらふらになりながらもアスリに頭を下げた。

 それを見て、看病に従事していたネレが姉を支えるに肩を持つ。


「…………………………………………」


 アスリはふらふらのストラを見つめながら、なにかを思案し始めた。

 沈黙が生じ、両者の間に緊迫した雰囲気が纏わりついていく。


「……ええやろ。ウチもよう勉強させてもろたわ。エマヌエル倒すまでの間は、絶対にアンタの味方として付きおうたる。試すような真似して、すまんかったなあ――――ストラ」


 僅かな時が刻まれ、アスリは自らが下した決断をストラへ告げた。


「いえ、私は――――」

「それ以上言うな、勘違いすんな。ストラは目に見えた結果を残したわけちゃうし、今の妄言が事実かどうかの確認もいらんって言ったばっかやろ? ウチはストラに光るものがあると思ったから、付き合うたる言うとんねん。ここからは周りを失望させんよう動くこと考えるんや」

「…………………………………………」

「それになあ、格下から搾り取らなあかんほど――ウチの心もタウルスも貧乏ちゃうねん」


 それは、相手を突き放すような罵倒の言葉。


「今の罵倒が悔しかったら、結果見せてみいや。もっと貪欲な気概を見せろや。ウチに今までのこと、手のひらくるっくるにさせて、ゴマすらせて見いや。――わかったな、ストラ?」


 そして――人を激励し、奮起を促すための言葉でもあった。


「――は、はいっ! ――――っあ」


 口の悪い激励にストラが笑顔で返事を返したのを最後に、線が途切れたように気絶した。


「うわっ、ねえねが消沈した! と、とりあえずベッドに寝かせてくるわ!」


 前に倒れそうになるストラを、ネレが抱き留めた。


「――みんな、ありがとな」


 ストラからすやすやと寝息が聞こえてきたのを確認した後、ユウが笑顔を作る。


「オレ、ねえね達みたいに頭よくないからさ。ただ二人にくっついて、二人の手足になって体を支えてやることしかできなかった。だから小難しいことはいつも二人に任せて、負担をかけちまってる。今もまさにそうだったし、オレも頭よかったらなって思わずにはいられない」


 それは遠い過去からの記憶を思い返す懺悔のような口調だった。

 実際、ネレに口八丁で他人をどうこうできる力はない。


「……まあ、そりゃ、できるんやったらさっきまでのどっかで、口出しできたやろうしな」

「うん。でも、みんながここに来てくれたおかげで、何かが変わりそうな気がする! そんなわけわかんねーことしか言えねえけどさ? とにかくありがとな! みんな!」


 百点満点の笑顔が咲き誇る。


「そうだ、アスリっち!」

「……なんや?」

「オレはねえねみたいに言葉で認めさせるなんてできねぇからさ! 行動で証明してみせる!

オレがねえね達のこと身体張って守るから、地味でもちゃんと見ててくれよな!」


 そうやって最後に満面の笑みを浮かべ、ネレはストラをおんぶしてリビングを後にした。

 確かに今ストラやユウと比べてしまえば、ネレは影の薄いキャラクターでしかないだろう。

 だが、ネレの持つ、からっとした明るい性格は、間違いなくあの二人じゃ作れない。

 ネレの存在は今後とも必ず重要になってくる。

 色々な意味でも、一番大切な存在へと至るだろう。


「ほら、言った通りでしょ? 品定めなんて野暮だったんだって」


 僕はにんまり笑顔になって、アスリにそう告げた。


「ああ、それな? それはそうやけど、言葉にした方がええこともあるねん。すまんな?」


 あらま、少し前の意趣返しだ。

 言ってやりましたとにやり笑うアスリの笑顔が、僕にはとても魅力的に映った。


「りんご、おいしー」


 最後はルケさまのりんごおいしいで閉じさせて頂きます。

 さてさて、僕も頑張らなきゃいけないな。


★ ★ ★ ★


「――こちら天見川ルケ。クラミ、聞こえてる?」


「……うん、報告はしなくてもよさそうだね。【眷者けんじゃ】で見た通りだよ」


「……そうだね。まさかもう新しい“虹”が架かっているとは思わなかった」


「でもやっぱり彼――『S』は気づいてる。これ以上はアスリが危ない」


「……うん、やっぱりナイフはそういう“意味”だよね? わかってる……わかってたよ」


「でも、これはわたし達の行動が彼にとって御法度だからだよ。“命じられた条件”とはいえ、彼からすれば、仲間なのに信用も信頼もしてませんって、言われてるのも同然だから」


「だけど、最後の一線を越えることは絶対にないよ。約束破りはしないひとだから」


「アスリを巻き込んだのはそれを含めて都合がよかったのと、彼なりの意趣返しでしかない」


「――わたしを救ってくれた“星屑”は、それだけは絶対にしないから」


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