第15話 『情熱に惑わされる』
「―――――」
アスリは想定外の事態に小さく息を呑みながらも、けろっとした顔で僕の顔を見返した。
そこには今までの表の彼女はあらず、どんな小さな勝利も掴み続けてきた裏の姿が見えた。
「そういうこと言うのも言われるのも、君自身が一番嫌いなはずだよね? 心配しなくてもこのふたりは他人任せにしたりしないって。――今更、品定めするなんて野暮ってものだよ?」
「……………」
息を呑んだ時点で、彼女が僕に恐怖心を抱いたのは明白な事実。
だが、彼女が魅せたのは、子供の戯言を聞き流す大人の態度だった。
どんな戯言を口にされようと、その意思が揺らぐことは決してないという様相だった。
「どういうことだ? アスリっち? 品定めって?」
「ああ、アスリはふたりを心配してくれているんだよ。ふたりが今日の出来事でエマヌエルに怯えきって、『英雄』に泣き言を言わないか心配だったってわけだね」
「………あ~」
「……そう思われても仕方ないですね」
僕がした遠回しな彼女の思惑の一部を時栖姉妹は、つばを飲み込むように受け入れた。
それでも、彼女達の顔に曇りが浮き出す様子はない。それなら、と僕は話を続ける。
「アスリのプライバシーに関することだから内容は秘密なんだけど、場の流れでこうしてエマヌエル倒すぞってなっただけで、そもそも僕らがゲミニに来たのは複雑な事情があるからなんだ。“熱こもった熱いええ夢を応援すんのは大歓迎や”とは言ってたけど、やっぱりアスリの立場からすれば、自分のことで精いっぱいなのに付き合う価値があるのか確かめたかったんだよ。――ほら、タウルス州が掲げている理念があるでしょ?」
「……“タウルス州。己の道は我らの意志で切り拓く。我らは熱という幻惑に惑わされる”」
ストラが間髪入れずにタウルス州全体が掲げるキャッチコピーを零す。
やはり、上院議員という立場なだけあって、彼女は他の州に関しても博識だ。
上に立つ役目を背負う者は、己の領地のことだけを考えていては務まらない。
口には出さないが、目の前の問題に精一杯の彼女なりの小さな努力を僕は称賛しよう。
「僕が聞いた話だとタウルス州って場所は、宝宮の賜物なんていらない。自分の夢は自分の力で叶えてやる。――なんなら宝宮なんてただの道具でしかないって考えなんだよね?」
「……まあ、そうやな。それであっとるし、なんも間違っとらんよ」
気まずそうな顔をしてアスリが右手で頭を掻きはじめる。
「自分じゃない他人の幻想で叶えられる夢ちゅうのは所詮脆いもんや。苦労のくの字もしらんようなヤツの夢なんざ、長続きせーへんし半端にしかならへん。石の上にも三年って言葉があるように、本当に叶えたい夢があるんなら、自分で耐え忍んででも頑張るんしかないんや」
タウルス州に住む市民はなによりも泥臭い人情話のような姿勢を重んじている。
努力はするだけ己を強く美しく磨き上げるし、何事にも自分から物事を動かすことを好む。
彼女達は自分の内に秘められた夢と情熱に酔いしれる。
「――そしてようやく他人は自分の熱に惑わされる。赤い布を見た闘牛のように、だよね?」
いいね、いいよ、そういうの。僕はすごく大好きだ。
「……ほんま、よう知っとるな」
「えっ? ねえね、それって確かさ……」
「……ギュウギュウ会が代紋みたいに掲げている言葉ですね」
時栖姉妹の言葉を聞いたアスリは苦虫を噛み潰すように頬を歪めた。
「……そりゃあ、タウルスはギュウギュウ会を中心に始まったからな。ゲミニが食糧難解決のためにエクセア海を中心にしたっていうんやったら、タウルスは秩序もクソもなかった創設時代に外からやってくるどうしようもない連中を自警団として取り締まっとったわけやし」
ギュウギュウ会はアナーキアの裏社会を牛耳る組織の中でも、かなり特殊な組織だ。
なんでも、このアナーキアには『無街』と呼ばれる裏社会が存在していて、大雑把に説明すると、マフィアだの極道だの殺し屋だのそういうわるーい組織はそこに属するらしい。
このアナーキアという都市は、度々語られているように、何でも例外なく受け入れる。
エイリアンだろうが、人食いの獣だろうが、殺人鬼だろうが、最初は等しく平等に市民。
でも、そういう人達ってやっぱりどこにいても自分の欲望を抑え込めないみたい。
州にはそれぞれ独自の州法があって、それぞれの州で異なる犯罪が規制されている。
それがどうしても我慢できない人達は、州の『市民権』を放棄すれば、地図に載っていないアナーキアの闇の詰まった『無街』へ移住することができる。
――それで市民は無街の中でのみ、どんな犯罪行為も公認される。
――楽園に馴染めなかった者達へアナーキアが用意した十字架みたいな愛のしるしだ。
そんな異質な治安を為した都市でギュウギュウ会はアスリが語った背景があるおかげで、なんとびっくり、州内に拠点を構えることが許されている、都市公認の合法的裏社会組織。
セントラルにある資料ではタウルス州の『警備隊』として登録されているんだよね。
こんなのアナーキア以外じゃ、絶対お目にかかれない。
これを知って、僕のアナーキアへの好感度がグンと上がった。
こういう独特な世界観では特殊な物語が紡がれるはずだからね。
「へえ、そうなんだ。それは知らなかったよ」
僕は今、初めて聞いたかのような態度で反応を返した。
さすがにこの知識を外で口に出すのは、違和感の大洪水だからね。
「まあ、とにかくだ。そんなタウルス州に住むアスリ姫が、あまりのも解釈違いの発言をするものだから、思わず口出ししちゃった。ほんとごめん。でしゃばちゃって。
――でもよかった。やっぱり心に秘められた本心は違うみたいだから、とっても嬉しいよ」
「……………」
アスリの心情に揺らぎが現れる。徹底的な無の表面とは裏腹に、心の奥底で僕への警戒心をむき出しにしているのがよく分かる。やっぱり、時間は素晴らしいものだ。
時計の針が進む度に、僕にあらゆる賜物や恩恵を与えてくれる。
彼女と関わった時間は、僕に彼女の深く思考を理解させるに至ったんだ。
「それでおふたりさん、どうするの? 感動や興奮はインスタントで産み出せない。ムからユウは作れないんだ。君達はアスリに証明しなくちゃいけない。彼女に自分の大切な時間を使わせる価値があると思わせることが、最初の課題さ。――失敗は許されないよ?」
「「――――」」
僕はじっと姉妹の瞳を交互に見つめて微笑んだ。
社会は全知全能の個人のみでは成り立たない。
どれだけ有能な人間でも、寄せ集まらなければ意味を為さない。
彼女達は人の上に立つ指導者を目指している。
そこに好き嫌いで人を排斥したり、反りが合わないから切り捨てるなんて感情を優先するのは、力を手にした後の話だ。
ここで目の前の優秀な人材を取り込めないのは、指導者として無能の烙印を押されるもの。
そもそも今回は僕もルケもアスリの付属品のような立場なわけだから、ここでアスリを味方につけなければ――手助けする義理や理由がなくなってしまう。筋が通らないからね。
こうなった以上、ルケに頼れって、アスリが言ったのも無効になっている。
あそこでもし姉妹がルケに泣きついていたら……きっとアスリは二人に対して完全に興味を喪って、「自分らでなんとかせーや、腰抜けが」とか言っていただろうし。
さあ――お手並み拝見といこうじゃないか。




