第13話 『りんごナイフ』
「あー死ぬかと思った。やっぱり死にかけた後のご飯は格別だね~。三途の川サイコー!」
「すまねえな、にいに。今は魚がろくに取れねぇから、普通に肉とかになっちまったけどさ」
「いやいや、ネレの作ったご飯、もの凄く美味しいよ! もう手と口が全然止まらない!」
「お、おう。なんだその……喜んでくれたなら嬉しいぜ。……じゃあ腹が破裂するまで、おかわりいるか?」
「いっただっきまーす‼」
エマヌエルから命からがら逃げのび、ポントス港に帰還した僕達は、荷物を置いていた宿泊予定の民泊施設に戻り、リビングでネレから料理を振舞われていた。
「……ごめん、ネレ。私にもご飯運んでもらっていい?」
「あっ、わりぃなねえね。すぐ行くわ! ちょいまち!」
怪我した場所はネレに『青白い炎』で燃やしてもらって完治したし、犠牲になったのは、乗っていた船とストラの刀とルケに引っ張られた僕の上着くらいだ。
着替えを一着持ってきていてよかったと心から思う。
「……急に平和になりすぎて温度差で風邪引きそうなんやけど。おもろいからええけどさ」
「――アスリ、そこに置いてある玉ねぎドレッシングとって」
「あっ、すまんなルケ。これでええか?」
「ありがとう」
ネレが作ってくれたのは、もの凄く大きなチーズハンバーグだ。まんまるお月様みたいに綺麗な形の上にとろとろしたチェダーチーズが乗っかり、色とりどりの野菜が添えられたプレートは僕のお腹と口と手を大急ぎで満たしてくれてる。いや、僕がばくばく食べてるだけか。
とにかくご飯は、スーパーデリシャスミラクルハッピーな気持ちを僕の心に与えてくれた。
「ちょいまて‼ なんでワシん家でたむろってんだ⁉ ここは憩いの波止場じゃねえぞ⁉」
勢いよくリビングの扉が開かれたかと思えば、とても馴染み深いスライムさんが、ギャグマンガのツッコミみたいな感じでリビングに飛び込んできた。
「あ、スライムさんどうもお疲れ様です~。スライムさんもネレの作ったご飯食べます~?」
「ああ………それは後で頂くとするが――ってそうじゃねえ! なんでワシの家が急にこんなにぎやかになっとるんだ⁉ あと、ワシの名前はスラミタマ・ジュウザエモンだ!」
スライムさんのにぎやかな困惑が部屋中に伝播していく。
ていうか、スライムさんそんな名前だったんだ。かっこいいな。
「えっ、忘れたのかおやっさん?」
「……………なにをだ?」
ネレの言葉にジュウザエモン……スラさんが反応した。
「前に言ってたじゃん。少しでも客を呼び込むために格安で民泊でもしようって」
「……そういえば、ノリと勢いとお酒フルパワーでそんなこと言ったような気が……」
ポン、とスラさんが拳を二つ身体から作り出して叩いた。
「だからすぐに旅行業者と連携して民泊の応募をずっと代わりにやってたんだ。パソコンとかこの港じゃ、ねえねとオレくらいしか使えねぇし。そんで、ようやく来てくれたのが――」
「僕らだったってわけですよ。そういうわけでジュウザエモンさん! 今日から一週間ほどにはなりますが、お世話になりまーす!」
「………そうか、じゃあまあ大歓迎だな! もう自分の家だと思ってくつろげよ!」
簡素な説明に納得したのか、スラさんはフンッと鼻息を鳴らしながら、腕を腰に当てた。
「まあ、オマエらがいいなら別にいいんだ。『人間』なのにそういうの気にしねぇんだな?」
「えっ、逆に気にすることなんてなにかあります? あっ、そうだ! これ、どうぞ!」
僕は二つのトランクの横にあったリュックからビニール袋を取り出した。
「スラさんの好きなお酒とおつまみ、セットにして買ってきました。まあ、当分の間は未成年が複数人滞在しますので、真夜中なら晩酌付き合いますよ!」
「……ほんとだ。ワシがいつも好んで買ってるツマミとか含めて、全部そろってるじゃねえか! 気が利くな! てか、イケメンにいちゃん。オマエ、歳はいくつなんだ?」
「えっ、なんそれ。反応それだけ? いま普通に怖いこと言わんんかった?」
「僕の記憶が抜けてなければ、ちょうど二十歳ですね」
「えっ⁉ いま、絶対おかしかったよな? ウチ、間違ってないよな⁉」
僕は右隣に座るアスリの鋭い指摘を華麗に無視し、笑顔で返答を返す。
ちらりと目の前に座るルケを見れば、ピクッと誰も気が付かない程度に小さく反応して、ハンバーグを食べる動作が一瞬遅れたのが見えた。
「クソ若ぇなオイ! でも、そうか……初対面の『人間』から飲みに誘われるなんて、嬉しいじゃねぇか! んじゃまあ、ワシは明日の準備をしてくるバリアの点検があるんでな!」
ガハハと満面の笑みを浮かべ、スラさんは「宝宮さま、知恵の賜物をくれてありがとう!」と叫びながらリビングを後にした。
「ふむ……バリアの点検って?」
僕は料理を口に入れながら、何気なくそう尋ねる。
「昼にビームを防いだアレだよ。『エレクトニオカンパニー』と『アルミアコーポレーション』が共同開発した特注品でさ。特注のコアをいくつも海に落としてその線同士を結んでバリアを張っているんだ。設定を超える衝撃が外からくれば、それをなかったことにしてくれるんだ」
「……絶対の防御性を誇る代わりに、一つでもコアが壊れるとまるごと買い換えなきゃいけないので、一週間に一回は必ず点検する必要があるんです。お値段が数十億の品物ですから」
「ふあ~すげぇ……バリアか……………かっこいいね!」
時栖姉妹から語られる素敵な幻想に、僕の心が酔いしれた。
一人の男としてバリアなんて聞いてしまえば、ワクワクするのは当然のこと。
今夜はこのドキドキに包まれながら楽しく準備活動が行えると、僕は胸の中で意気込んだ。
「――とまあ、そろそろ皆さん落ち着いてきた頃合いでしょうし、今日の出来事について一度話しませんか?」
バリアの話を終えたところで、テーブルに並んでいた料理が尽き始めた。
そこでキリがいいだろうと、ストラが全体に満を持してと、真面目な顔で言い放つ。
その言葉はほんの“ささやかな日常”を、“向き合うべき現実”へと引き戻すには十分すぎた。
「……そうだな。今回、一番被害を被ったねえねがそう言うなら、話さねえとな」
そんな姉の言葉を聞いたネレが青色の瞳に真っ赤な髪色と同等の燃えたぎる意志を宿らせた。
多分だけど、これが彼女の真面目になるための所作ってやつなんだろう。
ただ、このまま真面目な会話が始まるのは少々困るな。
「いいけど、ちょっと待って。リュックから取りたいものがあるんだ」
そうやって一度断りを入れた僕はすぐさまリュックの中から、とあるブツを取り出した。
「えっ――りんご? 腹いっぱいにならなかったのか?」
二、三個持ってきた赤いブツを見たネレが困惑を露わに反応する。
「僕じゃなくてルケが大好きでね。いつもこうやって食後のデザートに剥いてあげるんだ」
リュックのチャックを閉め、そのまま元いた席へと戻る。
そこで今度は右手でズボンの右ポケットをさぐり、一本の果物ナイフを取り出した。
「……ちょお待てや、アウトサイダー。――そのナイフは………」
「ん? ああ、これ? ネットの通販で買ったハンドメイドの果物ナイフ。有名な企業を破門された凄腕の鍛冶師さんがサイト開いて売ってるやつで、写真を見て一目惚れしちゃってさ。きっかり一千万Uするのを二本買ったんだー。ほら、切れ味すごいでしょ~!」
「いっ、いっせんま――⁉」
僕は見せびらかすように『骨を穿つ金槌』のロゴが刻まれた刃を固定し、りんごの表面を押し当て回せば、驚くほど簡単に皮がむけ、完熟しきった黄色の実が空気にさらされた。
「とりあえず、皮をむきむきするからルケさんはちょっと待っててね」
「うん、ありがとう。楽しみ」
正面に座るルケが微細に頬を緩ませ、待ちきれないとぱんぱん手を叩く。
「……まあ、そうですね。とりあえず剥きながらでいいので話しましょう。師匠、率直にお聞きします。私達に――エマヌエルを倒すことはできますか?」
ストラがおそるおそるといった様子で僕に問いかけてくる。
「少なくとも、今は無理だね。戦力が全然足りていない」
そんなストラの問いに僕はバッサリと言い切った。
――さて、ちょっとした説明&解説パートが始まるよ。




