第1話 『孤空なる旅人きたる』
宛先のない燃えカスはなにを望む?
――世界はいつもお日様に包まれている。
人生は誰にも予想できなくて、未来はどのように移り変わるのか分からない。
お日様の陽の下で幸せを感じることもあれば、お日様が作る陰に泣かされることもある。
神さまは最初に土台を作ってくれたけど、結局世界を彩り、照らせるのはわたし達なんだ。
今を生きるわたし達が、お日様になって未来を照らしていかなくちゃならない。
ひとりひとりの違う夢が混ざり合って、幸せいっぱいの化学反応を起こしていくんだ。
――――だからね、アウトサイダー。
わたし達は、誰一人だって、現在を守って、支えてくれた貴方を否定しないよ?
貴方がみんなにしてくれたこと、その全てがこの瞬間のためにあったんだと思う。
貴方がどれだけ自分を否定し、蔑もうが、必ずその手を握ってみせる。上も下も関係ない。
どこに逃げたって、どこに目を背けたって、そうはいかない。終わりになんかさせない。
貴方は全能かもしれないけど、完璧なんかじゃない。
貴方は見誤ったの。貴方が遊びだと言って目をそらしたものの強固さを!
貴方がここまで築き上げてきたわたし達との絆を!
さあ、これで最後にしよう。貴方の悲しい歪み切ったワガママを!
わたし達が勝ったら、貴方には責任を取ってもらう! みんなを泣かせた責任を!
――――だからわたし達から逃げるな! もう一度白い制服着ろ! このおばか!
★ ★ ★ ★」
――ソウダ、旅に出よウ。
ふと、「僕」はそう思い至り、船のチケットを買って大海原へと飛び出した。
行先は特に決めてはいない。爽やかな海の香りで包まれた潮風に吹かれながら、デッキの上で一面に広がる青の世界を見渡していた。
「――いい天気ですね。今日も絶好の航海も順調に行きそうですよ。素敵なお兄さん?」
知らない誰かが横でそう語る。ちらりと見ると、そこには船員の制服を着たお姉さんがいた。
「ハロッピー! そうですね~。旅に出るには絶好のタイミングですよ」
再び海に目を向けた後、僕はそう答える。僕が着ている灰色のスーツが海風で揺れた。
「どちらに向かわれるんですか? ……………ハロッピー?」
「ハローとハッピーでハロッピーです。親友から貰った贈り物の挨拶なんです。行き先は特にありませんよ。お金が尽きるまで、風の吹くまま気の向くまま。とにかくいろんなところを見て回ろうと思っています。そのために仕事は全部片づけました。肩も腰も重く感じないのは久しぶりです。――ちょうど、三年かかりましたよ」
旅に出るまで、色々と苦労をした。社会のしがらみとか人間関係とかって、すごくおもしろいけど、やっぱりずっと続けていると億劫になったりする。いや、憎しみだけを感じていた。
だから新しい何かを探すことにした。気分転換に近い感情だと思う。
自分の半身にも等しい流れ星のペンダントとすらも決別したし、それくらいの覚悟がある。
言うなれば、これは僕のストレス発散の旅であり、『探し物』を見つける旅だ。
「ええ、すごい! 羨ましいな~私も旅とかしてみたいです!」
「そうですか? お姉さんは仕事的に終わらない旅をしているようなものじゃないですか?」
この美しい景色をいつでも眺められるなんて羨ましい限りだ。
「まあ~海限定ですけどね。それにこのご時世、陸は危険でいっぱいですから、そんな危険な世界を旅しようだなんてすごいな~って思います! 『N.E.O.財団』もなくなっちゃったし!」
「あはは……まあ、確かにそうですね」
なるほど、この人はある意味、慎重な性格の持ち主なのだろう。
危険をなによりも嫌い、あらかじめ関わる可能性から遠ざける。
賢いけど、■■■■■生き方――そう表現することしかできない。
「それはそうと素敵なお兄さん、今晩、私と―――――――――ぬひゃあ⁉」
女の声を遮るように、騒々しい爆音が鳴り響く。船全体がぐらりと揺れ、今にも傾きそうだ。
僕はすかさず女を抱きとめ、近くにあった手すりに掴まった。それでも船は傾き続ける。
「そ、そそそそんな⁉ 船が沈没しちゃう⁉ こんなこと今までなかったのに―――――⁉」
「暴れないで! しっかり僕に掴まってください‼」
女はあたふたと動揺し、船乗りとは思えないほど、周りが見えていなかった。
(なんだこれ、おかしい……! 沈没するにしても船ってこんなにすぐ傾くのか⁉)
僕自身、こんな経験初めてだから分からないけど、音が鳴り響いてからまだ一分も経っていないはずだ。だというのにもう船の半身は透き通るほど美しい海の世界へと入っている。
それはまるでなにか不可思議な力が働いているのではないかと思うくらいに。
――おいで、おいデ、おイデ、オイデ、オイデ、オイデ、オイデ。
「―――――うおっ!」
再び、船が大きく揺れた。その揺れに耐えきれず、僕は掴んでいた手すりを離してしまい、その身は女と共に海へと投げ出された。
「――――――――――――――――――――がはっ⁉」
七メートルほどの高さから勢いよく叩きつけられ、苦悶の声が漏れる。
落ちた拍子に女が体から離れ、どこかにいった。必死に上へあがろうともがいても、そこには今もなお、海に沈まんとする巨大な船が逃げ道を阻んだ。
「――――――――――――――――――――――ぁ」
こんなにあっけなく終わりがくるなんて思わなかった。この身は所詮、天涯孤独。
いつ終わってもいいと、今まで後先なんて考えずに己の人生を踏破してきた。
(ああ……結局僕は、なんで生まれてきたんだろうなあ…………)
僕の命は無に還るのだろう。この世界の始まり、あらゆる生命を産み出した原初の海へと。
そこは暗く深く、果てしなく。泥沼のようにねっとりした重いこの感覚こそが、僕の最後には相応しいのだろう。黒でも白でもない灰色のスーツが水に溶けて重たくなっていく。
僕と一緒だ。結局――最後まで“大好きな白い服”さえ着ることもままならなかった。
アイツらに貰った――何者にも染まらずにいられる真っ白な服を。
「―――――――――――――――――――――――――――」
さようなら、くだらない世界。また会う日まで。
生まれてきたことが罪で、生きることが罰みたいな人生だったよ。
僕を産み落としたきみを心臓が鼓動しなくなるそのときまで恨み続けるよ。
――サア、旅に出よウ。行キ先のない目的のナイ最奥ノ旅ヘ。
――新天地ハどんなトコロだろウ? 面白クて楽しクて苦シめるナラ、ボクはナンでモ――
静かに消えてしまいたい。