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異邦の鉄血戦線 〜その戦争、承りました〜  作者: ムック
鉄血戦線パラベラム・サイト
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1.託された希望

 シルバー・クロステイル。

 あまりにも人の心を知らなさすぎた未熟者の名だ。漂泊されたような銀色の髪。薄い茶色の瞳。十五歳の僕は取り返しのつかない過ちで大切な人を失ったのだ――


 僕は飛び込むように燃え盛る屋敷の扉を開いた。既に火の手は周りきり、激しい炎が煌々と破壊を繰り返している。

 燃え落ちる装飾の数々。倒壊する支柱。その真ん中に『疫病神』―――いや、正確には『疫病神と呼ばれた女』は横たわっていた。


 僕はその光景に冷静さを保つことができず、転がるように彼女の元に駆け寄った。


「どうして……!」


 彼女からの返事はない。ただ僕の声に応えるように、彼女は胸元に抱く赤子の頭を指先で撫でた。既に彼女の息は細く、命の糸が切れる寸前。もう手遅れの状況だった。


 彼女の力ない微笑みと湿った瞳。それを見て、僕の中には存在しないはずの激情が溢れ出した。


「死ぬな!こんなもののために死ぬなんて。なんでだ!僕はどこで間違えた!この世界のためにも……いや、そんなことはどうだっていい!」


 錯乱して言葉がまとまらない。こんなにも強く感情を揺さぶられたのは生まれて初めてのことだった。そして、もう二度と経験することはないだろう。

 この人が死ぬのなら、罰を受け入れて僕も死ぬ。僕はこの人のいない世界で生きていくつもりなどないのだから。


「せめて、最後に聞いてほしい。貴女は―――」


 僕が今まで秘密にしてきた事実を口にしようとすると、彼女の人差し指が僕の唇に触れる。どこにもそんな力は残っていないはずなのに。


「やく…そく…。」


 彼女の悲痛な囁やきを聞いた時、僕の脳内では幾ばくかの記憶が蘇る。その中には、確かに彼女の美しい声色で奏でられた『約束』という言葉が。

 だがそんなもの、彼女が死んでしまう今となっては何の意味もないものだ。


 だが、僕の口は魔法の封をされたようにそれ以上は開かない。人生で最も長い一秒が流れる。僕の中に絶望と後悔、理解しえぬ激情の渦、そして一つの決意が生まれた。


 彼女はそんな僕の姿を瞳に映すと、やがて眠るように目を瞑った。ギリギリのところで掴み続けてきた命の手綱を静かに手放したのだ。



「うっ、ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ……ふぅ。」


 ふと過去の悲劇に思いを馳せていると煙に喉を刺激されて咽せこんでしまう。未来志向の私にしては非常に珍しいことだ。


「もうタバコはやめたらどうだ。」


 青年の声が私に語りかける。


「ゴホッ……いや、こうしてる方がボスとしての威厳があっていいと思ってね。ほら、ボスの嗜みってやつさ。」


「タバコで咽せるボスに威厳があってたまるか。」


 私をボスと呼ぶ目の前の青年―――アシェルは悪態をつくように言葉を吐き捨てた。だがその言葉の端々からは私の体を気遣ってくれている気持ちを感じられる。本当に優しい子だ。


 黒の軍服を身に纏った彼は私の言葉を待っていた。生まれ持った漆黒の髪と瞳。どこか幼さの残る精悍な顔立ち。膨れ上がり過ぎず、されど服の上からでも分かる鍛え上げられた肉体。まさに一つの理想と言ってもいいだろう。


「アシェル、君は控えめに言っても人の集大成……まさに希望だ。」


 私は思ったままを口にしていた。そんな言葉を微塵も期待していなかったアシェルは、自分が呼び出された理由を問い質すように顔を歪めている。「何言ってんだ、こいつ」とでも思っていそうな冷めた表情だ。


「シルバ、さすがに親バカが過ぎる。いい加減に過大評価という言葉を覚えてくれ。あと人類を見くびるな。集大成が俺であっていいわけがないだろ。」


「ああ、そういう謙虚なところも君の美点だ。天はいったい幾つのものを君に授けたら気が済むんだろうね。」


 アシェルは仏頂面で言い返す。


「馬鹿言え。俺たちは授けられなかった側の人間だろ。『天授(ギフト)』も『祝業(スキル)』もない。そんな欠陥品だからこそ――」


アシェルは自らの発した言葉が失言だったと気づくと、すぐに押し黙った。居た堪れなくなったのか、早々に私に背を向けてその場を立ち去ろうとする。 


「待て、『多芸巧者(オールセカンド)』。」


 私が呼び止めるとアシェルはピクリと反応した。『多芸巧者(オールセカンド)』は我が組織『鉄血機構(パラベラム)』での彼の渾名であり、同時に作戦行動時のコードネームだ。

 私は声音まで変えたつもりはなかったが、この名で呼ぶときは自然と空気が引き締まる。

 私はいつもながら少し卑屈気味になるアシェルにいつものように言って聞かせる。


「確かに私達は皆、『天授(ギフト)』も『祝業(スキル)』もない。『能力表示(ステータス)』だって与えられない特殊体質だ。だからと言って、何かが欠けている訳でも劣っている訳でもないんだ。卑屈になるな。自分を過小評価する必要なんてない。」


「…ああ、悪かった。俺達は自らの力だけで世界に存在価値を認めさせる。今もその信念に偽りはない。」


「ならいい。」


 アシェルの瞳が真っ直ぐ私を貫く。強い意志が宿ったいい目だ。そんなアシェルだからこそ、これからの任務に送り出せるというものだ。


「わかっているとは思うが君がこれから向かうのは最重要任務だ。くれぐれも油断はしないように。」


「ああ、わかっている。」


 私達の間にこれ以上の会話は必要なかった。

 アシェルは今度こそ私の前から立ち去った。頼もしくなったその後ろ姿を見送ったあと、私は椅子をくるりと反転させて窓の外に向けて独り言を呟いた。


「行ってらっしゃい、アシェル。ここから始まるんだ。君の――君たちの戦争(たたかい)が。」



 司令室を出たアシェルは育ての親であり組織のボスでもある『超越(オーバード)』、もといシルバー・クロステイルとの会話を終え、任務への出発準備を整えた。


 今回の任務では螺旋翼機(ヘリコ・プテロン)なるものが初投入される。新たな移動手段だ。頭のブレードを高速回転させ、生じた浮力で飛ぶ現代における超技術。

 アシェルは未だに鉄の塊が自由に飛べていることが不思議でならないが、組織の天才発明家である『発明狂(ラフィンメイカー)』の自信作と聞いて納得していた。


 アシェルを乗せた機体はバタバタと爆音を鳴らしながら夜の空を駆ける。

 向かう先はファスピア王国、テーヘン伯爵領。

 どうにも伯爵家の当主がきな臭い動きをしているらしく内乱の芽を摘んでほしい、というのが今回の依頼内容だった。


 潜入期間は一ヶ月。その間にテーヘン家の悪事を暴き、白日のもとに晒す。中々に難易度の高い任務である。


 シルバーは相変わらずその依頼元を明かさなかった。おおよそ王族かその関係者からの依頼だろう、とアシェルは考えたがそれ以上の興味はない。

 いくら遠回りでも今は鉄血機構(パラベラム)の必要性を世界に浸透させる必要があるのだ。一々、依頼元など選んでいられない。


 アシェルが機体の中で本作戦のプランをいくつか思案していると窓の外、眼下に蠢く影を確認した。


「『(ポーター)』、ドアを開けてくれ。大仕事の前に軽く準備運動をしてくる。」


「あいよ!パラシュートはお忘れなくッス、坊っちゃん。」


「自殺願望はないから安心してくれ。あと……そろそろ坊っちゃんはよしてくれないか。」


「ははっ、坊っちゃんはいつまでも坊っちゃんッスよ!そうら、行ってらっしゃいませぇい!」


 アシェルは快活な送り出しを受けて、開かれたドアから飛び降りた。強い風圧を受けながら地上めがけて空を滑る。

 規定の高度に至ると、パラシュートが自動で開く。風に体を預け、狙い通りの位置でパラシュートを切り離すと、即座に物陰に隠れて相手の姿を見極めた。


 悪鬼(イビルズ)が一体。通常個体。特に脅威になるような(タイプ)ではない。


 悪鬼(イビルズ)

 世界を蝕む害獣がごとき存在。無意味に人を襲い、幾度となく人間社会に壊滅的な打撃を与えてきた破壊の体現者だ。

 遥か昔から人類はこれとの戦いに苦しめられ続けてきた。


「行くか。」


 悪鬼(イビルズ)を撃破する手段はたった一つ。心臓にあたる魔核を破壊すること。アシェルは装備していた刀を抜き、敵に気づかれる前に距離を詰めた。


 敵の視界に入ることなく容易く一足一刀の間合いに入る。刹那、アシェルは繰り出した。渾身にして会心、最速の一撃を。手にした業物にて獲物を捉えるまで――その間、わずか〇.一秒。


 悪鬼(イビルズ)が気づいた時には既に決着はついていた。体が塵のように崩れていき核である石ころだけがその場に落ちる。


「消滅を確認。討伐完了。」

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