極星ミスラに選ばれし者(2)
出発の前の晩、私の家ではお別れ会が催された。
発起人はお姉ちゃんだ。あれからお母さんはずっと泣き暮らしている。お父さんはそんなお母さんに付きっきりだった。
家の裏庭(というか、ただの野っ原)に大きな机を並べて、料理をいくつか出した。
村長の好意でお酒も並べた。お酒はこの町では貴重なのだ。外の町から調達しないと手に入らないから。
お酒の甲斐あってか、思っていたよりたくさんの人が私を見送りに来てくれた。みんなゲンキンというか、ありがたいと言うべきなのか。
いつもなら真っ暗な裏庭を、小さな球型の明かりが、煌々と照らしている。まるで今晩だけは夜空の星を隠すように。
明かりはお別れ会のことを聞いて、ウィリアムが法術で用意してくれた。
そう、ウィリアム。十星将の彼だ。
ウィル様が帰ったあと、自己紹介をしてくれて、これからはウィリアムと呼ぶことになった。名前を呼び捨ては失礼なんじゃないかと思ったけど、彼から言わせれば、王妃候補というのはそれくらい偉いらしい。彼の言葉使いも敬語に変わった。
しかし、そんなことを言いながらも、彼はほとんど私の家には寄り付かず、詰所に入り浸っていた。
私の護衛、もとい、ウィル様のあの様子では監視役も兼ねていたんじゃないかと思ったけれど、私への扱いは適当だった。おかげで気が楽だったし、お姉ちゃんとは色々話せたけれど。
ウィリアムは今、裏庭の端の方で、衛士たちと談笑している。その様子は朗らかで、初対面のときの雰囲気が嘘みたいだ。ひっきりなしに私の同僚が話しかけに行っている。私のお別れ会ではあるものの、ウィリアムの見送り会にもなっていた。
「もう! 聞いてるの?」
ミアが私の顔を覗き込んだ。
「あ、ごめん。ちょっとぼうっとしてた」
「へえ、へえー。ほぉ……」
ミアがニタアと気味の悪い笑みを浮かべた。
「そんなこと言いながら、十星将様の方、見てたでしょ。もう浮気?」
「浮気ってそんな」
見ていたのは本当だけど。
メリルがお酒でなのか、それとも別の理由かなのか、ほおをほんのりそめて言った。
「十星将様、素敵だよね。キラナを助けてくれたときも、強すぎてびっくりしちゃった」
ミアがからかうようにメリルを指先で突っつく。
「あんた、詰所の鍛錬中もアタックしに行ってたよね。さすがだわ」
「もー、私のことはいいの!」
メリルはふくれっ面を一瞬作ったものの、すぐにふふふ、と上品な笑い声を上げた。
「それにしても不思議よね。キラナがヴァルナの王妃様なんて」
「この前まで剣振り回して幽鬼を狩っていたのにね! 本当に大丈夫?」
ミアがメリルに同調するように茶化した。
「わかんない。それに王妃って決まった訳じゃないし。まだ候補みたいだから」
メリルが小鳥のように可愛らしく首を傾げた。
「そうなの? でも、村長の話では、キラナに対してだけは殿下、優しかったって聞いたよ? 好かれてるんじゃないの?」
「うーん。どうだろう。確かに特別扱いではあったけど……私がミスラに選ばれたからじゃないかな、多分」
本当は、もしかしたら、ウィルだから、私に少し優しかったのかな。なんて、期待してしまうけど。
でも、それを二人には言いにくかった。王子様と昔から知り合いだったかも、なんて、そんな、ちょっと恥ずかしい。
「そうなんだ。私、てっきり玉の輿だって思ってた。殿下に一目惚れされちゃったのかなって」
ミアが納得するように大きく頷いた。
「キラナって、化粧しないし、剣ばっかりで飾り気ないけど、実は美人だからねぇ。さすがエルダさんの子。銀髪に青い目っていうのも神秘的だし。今は発展途上だけど、おっぱいも期待できそうだしねー」
いやらしく指をくねらせながら、ゲヘヘとミアが笑った。
メリルが顔をしかめる。
「ミア、下品だよ」
「あらー、大事なポイントよ。メリルだって使ってたじゃない。十星将様に。色仕掛け」
メリルが小さく頬を膨らませた。
「だから、言わないでって。……相手にしてもらえなかったんだから」
「いいじゃない。チャレンジしないと始まらないんだから。遠くから見てるしかしなかったくせに、アンタに文句言いにきた女どもよりずっといいわ」
ミアが玄関の方を顎でさした。庭に近いところに女の子たちがたむろして、ウィリアムの方を見つめていた。
「モテるんだね、彼」
視線で人が殺せそうな男、とはみんな知らないのだろう。あの様子では。
メリルが色っぽいため息と共に言った。
「若干十六歳で十星将入りした稀代の天才、なんだって。出身国はわからないけれど、上流階級出身よね。英才教育でも受けない限り、そんな若くで十星将なんてありえないもの。今、十八歳。モテないわけがないわ」
「そうなんだ」
同じくらいかと思ってはいたけれど、二歳しか変わらないなんて。その歳で上り詰めるほどに強さが認められていることが羨ましかった。
ミアがいたずらな笑みを口元に浮かべた。
「キラナは殿下に見染められるより、十星将様から衛士としてスカウトされた方が嬉しかったんじゃない?」
図星だ。
「うん……ていうか、最初はそういう話かと思ったんだよね。目の前で幽鬼倒したし。違ったけど」
そう言って肩をすくめてみせた。
メリルがころころと笑う。
「ふふふ、キラナらしい」
ミアが深いため息をついた。
「私だってスカウトされたかったわ。結構イケてると思ってたんだけど。他の奴に先越されちゃった。ほら、噂をすれば」
ミアが指差した方を見ると、そこにはリバルが立っていた。グラスを片手にこちらへ近づいてくる。
「おーい、キラナ! 来てやったぜ」
「リバル」
私はリバルに手を振った。
ミアもリバルに手を振る。
「遅かったわね! 今ちょうどアンタの話をしてたところよ」
「へえ、話って?」
「アンタがヴァルナに出向になったこと。羨ましいぞ、この野郎」
ミアがリバルの脇腹を肘で突いた。リバルは嬉しそうに頭をかいた。
「まーなー。これも日頃の行いの差ってやつ、かな?」
うん、リバル。スカウトされて調子にのってるな。
リバルが顔の前に片手を出して、謝るような動作をした。
「わりぃけど、ちょっとキラナ貸してくれね? 二人で話してぇーんだ」
ミアがわけ知り顔で、へえ、と呟いた。
「まあ、私はいいけど」
メリルも頷いた。
「じゃあ、キラナ。また後でね」
ミアとメリルの二人は軽く手を振ると、料理のあるテーブルの方へ行ってしまった。
リバルが私の肩を軽く叩く。
「できれば静かなところで話したい。家の裏側に行かないか」
「ん? わかった」
踵を返したリバルの後に私はついて行った。