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極星ミスラに選ばれし者(1)

 私は村役場にある応接室に、半ば強引につれて行かれた。

 応接室は急遽使われることになったのだろう。そう広くない室内を役場の人が入ってきては物を運び出し、掃除をしている。

 私は部屋の端に置かれていた木の椅子に座らされ、放置されている。

 横には、さっき私を大蛇の首から助けてくれた男が立っている。壁に寄りかかり、腕を組んでいる。

 あの場にいた人のうち、王子様の命令で、彼だけが私と一緒にいることになった。

 村長は、王子様に何かを耳打ちされると、血相を変えて、役場の人に何事か告げ、私の家の方へと走り去った。団長はそれについていった。王子様自身は部下を引き連れて姿を消した。

 私は隣の彼と共に役場の人に連れられて、応接室に通されることになった。案内してくれた人も、訳がわからないと言った様子で、私に椅子に座るよう勧めると、すぐにどこかへいなくなった。

 そして、今のこの状況である。

 私は下からそっと横に立つ彼の様子を伺った。

 目を伏せ、眉間には深く皺が刻まれている。かなり不機嫌そうで、とても話しかけられるような雰囲気ではない。

 私や役場の職員より事情を知っていそうなんだけど……彼の持つ剣が光っていたことがそんなに問題なのだろうか。

 彼の剣は剣と言っても腰に履けるような大きさの剣ではなく、大剣と呼ばれるサイズのもので、男の背中に斜めがけにされていた。鍔に大きな水晶が埋め込んである。その下には黄橙色の小さな宝石が配され、剣に華やかな印象を与えている。

 私たちが普段討伐で使うような剣とは全く違う。剣に対し、剣としての機能を求めず、法術の媒介となることを主目的に作られた宝剣だった。

 男からは威圧感すら感じるものの、結局、好奇心に負けて、私は口を開いた。


「あのう……」

「なんだ」


 心なしか彼の眉間の皺が深くなった気がする。ちょっと待って、その表情、視線だけで人一人くらい射殺せそうなんですけど。


「その宝剣って何か特殊なものなんですか?」


 彼はため息をつくと、腕を組み替えた。


「特殊といえば特殊だな。これはアーカーシャを構成するのと同じ物質の欠片を埋めてある、世界に十本しか存在しない剣だ。力を引き出すには、王妃陛下から信託の儀を受ける必要がある」


 王妃陛下からの信託って……王子様とタメ口だったことといい、この人ってもしかして。


「じゃあ、あなたが王子様と一緒に来たっていう、ヴァルナの将校? しかも十星将?!」

「そうだ」


 マジか。私は慌てて何か書けるものがないか探した。

 世界に十本しかない剣を王妃からいただく十星将。それは、この世界で衛士をする者たち全ての最終到達点であり、憧れの的の存在だ。

 ヴァルナの将校の中でも特殊な人たちで、竜を使役し、どんなに強力な幽鬼であろうとも、単騎で討伐する。まさに最強の名にふさわしい者が選ばれるという。

 まさか会えるなんて。サインもらわなきゃ!

 全身を弄って探したけれども、残念ながら、剣は自分のものではないし、持っているものといえば、自分が着ている服くらいしかない。

 仕方がなく、髪を縛るのに使っていた平紐を彼に差し出した。


「サインください!」

「は?」


 彼は何を言っているのかわからないといった様子で聞き返した。


「あの、だって、こんな機会でもないと、話すこともないと思うし……です」


 とりあえず、敬語!

 彼の口が半開きになっている。です、ってつけたのはバカっぽかったかな。完全に呆れられている。けれども、私はめげずに言葉を重ねた。


「あ! もしかして、これってスカウトだったりします? 私、ヴァルナに行けるんですか?」


 とりあえず適当にありそうなことを言ってみただけだったが、その思いつきに自分で納得してしまった。

 だってそうだ。世界に十本しかない剣と十星将。その剣を光らせたってことは、もしかして、私にもそれだけの才能があるとか、そういう話なんじゃなかろうか。

 私には戦三神の祝福がない。

 それでも、この村でエースだったのは確かなのだから。実際に目の前で幽鬼も倒したし。なかなか鮮やかな手際で! 最後は少し油断してたけど、そこは誤差として許してね。

 彼がふいっと私から顔を背けた。


「そういう話だったらよかったんだけどな」


 腕を組み直し、瞼を閉じて沈黙。これ以上この話をする気はない、と本格的に示された気がする。

 いつのまにか、忙しなく動き回っていた役場の人も部屋からいなくなっていた。

 手持ち無沙汰になり、椅子の上で足をぶらぶらと動かしていると、強い勢いでドアが開いた。


「キラナ!」


 お母さんが心配そうな顔をして、こちらに駆け寄ってきた。その後ろにお父さんとお姉ちゃんもいる。

 お母さんが座っている私を上からキツく抱きしめた。


「あなた、今日は家にいるんじゃなかったの?! どこを怪我したの? 大丈夫なの?」

「お、お母さん……離して」


 顔をその豊満な胸に押し付けられると、本気で息ができない。

 お父さんがお母さんの肩を柔らかく叩いた。


「まあまあ、エルダ、落ち着いて。キラナが苦しがっているよ」


 お母さんの胸から解放されると、私はゲホゲホと咳き込んだ。

 お父さんが私の背をさする。


「うん。怪我はないみたいだね。どうして僕たちが呼ばれたか、キラナにはわかる?」

「それが私にもわからなくて」


 十星将の人も教えてくれなかったし。


「それは、私から説明しましょう」


 入り口の方から聞こえてきた艶やかな声に、その場にいた全員が注目した。

 お母さんによって開けられたままになっているドアの前に、王子様が立っていた。その後ろには村長と団長が控えている。

 お父さんとお母さんが、いきなり王子様が現れた驚きのためか、鋭く息を吸う音が聞こえた。

 お母さんがこわばった声で問いかけた。


「殿下。……私の娘に何か御用でしょうか」


 腕を私の前にかけ、後ろに庇うような動作をする。まるで、子を取られまいとする野生動物のようだ。

 流石に王子様に対して失礼な態度なのではないか、と私は思ったけれど、王子様は、王子様らしい完璧な笑顔を浮かべていた。


「もしかして、村長から何か説明がありましたか? であれば、話が早い」


 そして、悠然と部屋の中を歩き、応接室にあった長椅子に腰を下ろした。


「ご家族の方はこちらへ座ってください。キラナさんは私の隣に」


 お父さんとお母さんは王子様の正面にある長椅子に並んで座った。長椅子には二人までしか座れない。お姉ちゃんはその後ろに立つことにしたようだ。

 村長と団長はお姉ちゃんの横に並んだ。

 私は王子様の隣と思うと畏れ多かったけれど、もし王子様がウィルだったのなら、そんなに大したことでもないか、と思い直し、座ることにした。

 王子様が私に笑いかける。

 それがあまりに優しげな笑顔で、なんだか恋人に向ける視線と同じようなものまで感じて、私の心臓は大きくトクンと跳ねた。


「それでは単刀直入に申しあげます。キラナさん、どうか私と一緒にヴァルナへ来てほしい。私の妃として」

「え? キ、サキ? それって、王子様と結婚する人のことで合ってますか?」


 王子様が何を言っているのかわからない。


「その妃だよ。正確には妃候補、だけど。だから、これから僕のことは王子様ではなく、ウィルって呼んで。ウィルヘルムでもいいけどね」


 王子様、いや、ウィル……様と結婚?!

 わけがわからない。展開が早すぎて言葉も出なかった。

 お父さんとお姉ちゃんも口を開けたまま固まっている。

 そんな中、お母さんだけが冷静だった。


「キラナが極星ミスラに選ばれた、と殿下はお考えなのですね。なぜそう思われたのかわかりませんが、キラナのホロスコープにミスラはありません。そんなことは見れば……」


 半分怒ったような声で紡がれるお母さんの言葉を王子様が途中で遮った。


「もちろん、ホロスコープは確認させていただきました。ですが、それ以上の証があるのです。シルヴィア様、お入りください」


 ドアが音もなく静かに開く。柔らかな足取りで一人の女性が応接室に入ってきた。

 真っ直ぐな銀色の髪が部屋の明かりを反射して、艶やかに輝いている。白い細身のドレスに身を包み、汚れを知らぬ聖職者といった雰囲気だ。その瞳も髪と同じく美しい銀色で、なんの表情も浮かんでいない様子は、まるで造られた人形のように整っていた。

 お母さんが席を立ち、頭を深々と下げた。


「シルヴィア様。お久しぶりです」


 シルヴィア様がお母さんへ何の色も浮かんでいない瞳を向けた。


「エルダ。久しぶりね。このような形で再会することになるとは、運命を感じずにはいられません」


 お母さんの顔が悲しげに歪んだ。シルヴィア様も一瞬、その顔に悲しみを浮かべたけれど、また無表情へと戻った。

 シルヴィア様は手に持っていた文書を机の上に置くと、自らの首にかけていた首飾りを外し、同じように机の上に置いた。


「キラナさん、初めまして。私はシルヴィア。当代のリシを務めています」

「初めまして」


 私は立ち上がって、シルヴィア様に頭を下げた。

ヴァルナの王子に十星将、さらにはミスラ教会の聖女……今日は一生かかっても会うはずのないような、偉い人ばかりに会う。

 私がどうしていいかわからずに立ったままでいると、シルヴィア様は座ってください、と静かな声で言った。

 そして、手に持っていた私のホロスコープを机の上に置き、自らの首にかかっていた首飾りを外すと、その横に並べた。

 王子様がシルヴィア様の首飾りを手に取った。


「さあ、キラナ。手を出して」


 私は両手を王子様の方へ差し出した。王子様が私の手に首飾りを置く。

その首飾りには大きな黄橙色の石がついていた。その他にも小さなダイヤモンドが鎖と鎖の間に散りばめられている。手に乗せるとずっしりと重い。ものすごく高そうな首飾りだった。


「キラナ。祝詞はいらないから、法術を使うときの要領で全身に力を巡らせてみて。無理なら、さっきの治癒術を首飾りに向かって使ってみて欲しい」


 全身に力を巡らせるイメージ。いつもやっているし、そんなの簡単。

 空から降り注ぐ神の力を意識して、それを取り込み、自分の意識を混ぜていく。体の中を巡らせる。

 変化はすぐに起きた。

 首飾りの中央についている大きな石がうっすらと光り始めた。光はだんだんと大きくなり、やがて、部屋全体を照らすほどに眩しくなる。

 それは、まるで、日が昇るときに空を差す、太陽の輝きのようだった。

 夜に巣食う魔を払い、希望を呼び込む、人の心を釘付けにする美しさだ。


「もういいよ」


 王子様の声に我にかえり、私は力の循環を止めた。

 途端に石から光が失われ、元の黄橙色に戻る。

 王子様が、おそらくついさっきまでの私がそうだったように、呆然と首飾りを見つめる面々に向かって言った。


「これが証です。この石を輝かせ、法具として使うことができるのは、極星ミスラに選ばれし者か、王族、あるいはアーカーシャを抱く王妃により信託を得た者だけ。もっとも、信託ではこの大きさの石を反応させることは不可能ですが」


 お母さんが顔を真っ青にしてシルヴィア様を見上げた。

 シルヴィア様は首を小さく左右に振った。


「殿下のおっしゃる通りです。エルダ……この子はミスラに選ばれし者、アーカーシャを抱く資質を持った聖女です。首飾りが反応した以上、反論することはできません」

「そん、な……」


 お母さんが両手で口元を押さえ、うなだれた。

 王子様が首を傾げた。


「お母様は不服ですか? キラナが聖女であるということが」


 お母さんが王子様を睨め付けた。


「この子にこれから起こるであろう事を想像すれば、不服に思って当然でしょう! アーカーシャ選定は近い……今更ヴァルナに行っても、まともに扱われるわけがない……」


 最初勢いよく紡がれていた言葉は、徐々に湿り気を帯び、悲嘆の色が濃くなった。


「なぜ今なのですか……これまでわからなかったのだから、放って置いてはもらえないのでしょうか」


 お母さんの目に涙が溢れる。今にもこぼれそうな雫がまつ毛にかかって、なんとか目に止まっている。


「この子は、この子なりに、夢を持ってこの村で生きているんです。それを、全部、捨てさせるおつもりですか?」


 とうとう椅子から降りて、その隣に膝をついた。

 頭を下げ、額を床に擦り付ける。


「どうか……どうか、お願いです。この子をヴァルナに連れていかないでください。殿下」


 声が涙で滲んでいた。顔を見るまでもなく、お母さんが泣いていることがわかる。

 ウィル様は椅子に座ったままそれを見下ろしていた。

 自分が聖女だ、ということも信じられないけれど、聖女になるというのはそんなに悲惨なことなのだろうか。


「それはできません。お母様もおわかかりでしょう。これは絶対の法ですから。むしろ、ホロスコープ改ざんによる聖女隠匿の容疑で、メルバ共和国を滅ぼすのがヴァルナとしての正しいやり方だ。世界の平和を乱したものとしてね」

「な!」


 今まで成り行きを静観していた村長が血相を変えた。


「殿下、そのなさり様はあまりにも残酷ではないですか? 我々は本当に知らなかったのです。キラナに……いいえ、キラナ様がミスラに選ばれていたなど」


 シルヴィア様も村長たちに加勢した。


「殿下、ホロスコープの管理も人がやることです。判明した流れからも意図的に隠していた訳ではないことは明白。そこまでやるのはリシとして賛成できませんよ」


 ウィル様は当然、とでも言いたげに肩をすくめた。


「もちろんわかっています。そんなことをするつもりはないですよ、今のところは。ただ、皆さんの認識があまりにも甘すぎるから、どういう状況か気づいていただきたくて」


 応接室に沈黙が落ちた。

 静けさの中、お母さんの嗚咽が不規則に響いた。

 お父さんがお母さんに寄り添い、肩を抱く。

 困り果てた様子でウィル様に問いかけた。


「殿下。キラナはいつヴァルナへ立つことになるのでしょうか?」


 ウィル様が何か考え事をするときのように片手で顎をさすった。


「そうですね。すぐさま私と一緒に来てもらいたいというのが本音ですが、急すぎてはキラナの負担も大きいでしょう。……ウィリアム、リニアに乗るのは何日後だったっけ?」


 そう言って、十星将の人の方を振り返った。

 彼は壁に寄りかかったまま、微動だにせず、今までの話を聞いていたようだった。

 伏せていた瞼が上がり、暗紫色の瞳が瞬く。


「三日後だ。メルバの首都から正午に出発する便をおさえてある」

「ここからメルバの首都まで竜で飛ばしたら?」

「二時間だ」

「ん。では、それで行こうか」


 ウィル様が、お父さんではなく、私の方へ向き直った。


「三日、それ以上は時間を作れない。その間に荷造りをしてほしい。メルバの首都で待ち合わせよう」

「はい」


 という以外にどんな返事があっただろう。事の成り行きについていけないまま、私は頷くしかなかった。

 ウィル様が満足気に微笑んだ。


「その間、ここにいるウィリアムを君の護衛につける。……一度、ヴァルナに来てしまうと、キラナの立場では簡単に里帰りすることはできない。ご家族としっかり別れの挨拶をしてきてね」


 話は終わった、とばかりにウィル様は席を立った。応接室を横切り、ドアへと向かう。その後ろにシルヴィア様が続いた。

 ああ、この人は、優しげなのに、とても強引だ。根っからの王族って感じだ。事が済んだら、こちらを振り返ることもしない。ウィルってこんな感じの子だったっけ。

 結婚についてとか、ミスラのこととか、聞きたいことはいっぱいあったのに、何一つ言葉にすることもなく、私はウィル様の背中がドアの奥に消えるのをただ呆然と見送ったのだった。

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