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王子殿下の視察(2)

 私は夜間哨戒から帰ったあと、昼まで寝て、午後は裏庭で剣の自主練に励んだ。

 あまりに夢中でやりすぎて、お母さんが夕食に呼びに来るまで日が暮れていることに気がつかなかった。

 哨戒明けの夕食は、私の家族が唯一全員そろう大切な時間だ。

 リビングへ行くと、すでにお父さんとお姉ちゃんは食事を始めていた。


「遅かったね、キラナ」


 口の中のものを飲み込むと、お姉ちゃんが私に笑いかけた。

 なんだかいつもより機嫌がいい。もちろん理由はわかっている。王子様が来るからだ。


「ちょっと鍛錬に入れ込みすぎちゃって」


 お父さんが笑った。


「キラナもか。村中落ち着かないな。王子殿下の視察のおかげで」


 私はお姉ちゃんの横に座った。


「そりゃあ、もう。中央に出向できるかもしれないチャンスだもん! 絶対逃せない」


 お姉ちゃんが呆れたように半眼になった。

「やっぱりキラナはそっちなのね。あー、もったいない」

「どういう意味よ」


 お姉ちゃんが目をギラギラと輝かせた。


「だって、王子様だよ! さらに護衛の将校様まで。二人ともすっごい美形なんだって! しかも独身。みんなその噂で持ちきりよ」


 クスクス、っと可愛らしくお姉ちゃんが笑った。


「ねえ、どうしよう。見初められたりしたら。ちょー玉の輿よね。リリア王妃、なんちゃって!」


 もったいないってそういうことか。もうちょっと恋愛方面にも興味持てって意味ね。


「元気だね、お姉ちゃん……」


 あまりのはしゃぎっぷりに呆れてしまうけれど、でも、本当に見初められるかもしれない、と思わせるものがお姉ちゃんにはある。

 長いまつ毛に通った鼻梁。あたたかい印象の眉に優しげな灰色の瞳。そして艶やかな栗色の髪。姉妹である私から見ても、とても美しい姉だ。こんな田舎にいるのはもったいないくらいに。妹じゃなかったなら、きっと見惚れていると思う。

 お父さんが笑い声を上げた。


「ははは。王子殿下は確かに独身だし、リリアは母さん似でとても美人だと思うけれど、結婚は無理かなあ」

「えー、なんでよ」


 お姉ちゃんが口を尖らせた。

 お母さんは穏やかに微笑みながら言った。


「殿下はね、どれだけ心に思う人がいても、その人と結婚することはできないのよ」


 そして、なぜか少し寂しそうに付け加えた。


「それは王妃様……リシ様たちも同じ。世界を守るよう宿命づけられた人たちに自由なんてないの」


 私は首をかしげた。


「リシってミスラ教会の聖女様のことよね? 王妃は……殿下に気に入られたヴァルナの貴族がなるものではないの?」


 ミスラ教会は、ミスラ連合に所属するすべての国が国教としている宗教だ。最高神ヴァルナの教えを広め、ヴァルナの定めし天則を人々に守らせることで、世界を平和に保つ使命を負っている。ミスラ教会のトップはリシと呼ばれる聖女たちだった。

 お父さんが説明を始めた。


「ヴァルナ王国が普通の王国だったらそうだろうね。でも、ヴァルナ王国は幽鬼から世界を守るためにある国だから、ちょっと違うんだよ。殿下はアーカーシャが鞘として選んだリシ様と結婚するんだ」


 異形の元となる幽鬼。その存在は謎に包まれている。黄泉の国から溢れ出る魂、ということはわかっているけれど。


「アーカーシャって、幽鬼から人々を守るために最高神ヴァルナから賜ったっていう剣のことよね。人が鞘なの?」

「ああ。特別な剣だから、人の魂にしか収めることができないんだ。そして、リシ様は星に選ばれた特別な女の人が務める。小さい頃から特別な教育を受けてね」

「じゃあ、リシってなりたくてなるものじゃないんだ」


 お父さんが肩を落とした。


「まあ、そうなるかもしれないね……星に選ばれてしまったら、ヴァルナ王国へと行って修行するのが定めだから」


 昔、都会の教会で一度だけリシ様を見たことがあった。とても美しく聖女と呼ばれるに恥じない姿をしていた。望んであの姿でいるわけではない、というのはなんだか不思議だ。


「そう。大変なんだね」


 私たち庶民にも星の祝福はあるけれど、それは才能を授けてくれるありがたいものだ。祝福は、星に選ばれる、なんて言い方はしない。だから、祝福とは違うものなのだろう。

 お姉ちゃんが不服そうに唇を尖らせた。


「そう。じゃあ、狙うは将校様ってことね。将校様は滞在中、詰所にいるって聞いたし……キラナ、私、お弁当持って行ってあげるから、当日は朝から鍛錬に行きなさい」

「言われなくても行く気だよ。絶対にものにしなきゃ」

「頼もしい妹がいて、お姉ちゃん嬉しいわ」


 お父さんが私たち二人を見て、苦笑いを浮かべた。


「二人とも、会話が噛み合っているようで、噛み合っていないよね……」


 その時だった。玄関のチャイムが鳴った。

 お母さんが玄関を確認しに行く。少しすると、食卓へ戻ってきた。


「キラナ。団長さんたちが来ているわ。大切な話があるそうよ。外で話したいって」

「はーい」


 なんだろう。こんな食事どきに。


「もしかしてもうスカウト来てるとか! よし、いってきます!」


 なんてったって私、この町のエースだし!

 喜び勇んで玄関へと向かう私を、お母さんが不憫そうな目で見ていることに、この時の私は気がついていなかった。




 玄関先に来ていたのは、団長と副団長の二人だった。

 団長が申し訳なさそうに眉尻を下げた表情で私を出迎えた。


「すまないな。夕食どきに」

「いえ。それで話というのは?」


 私は後ろ手に玄関のドアを閉めた。

 団長は少しの間、口を開いたり、閉じたりを繰り返していた。

 いい加減何の用か早く言ってほしい、と私がイライラし始めたころ、やっと団長は言葉を吐き出した。


「単刀直入に言う。キラナはこれから十日間、詰所に来ないでほしい」


 何を言われたのか、よくわからなかった。


「もう一度言ってもらえますか?」


 団長が深いため息をついた。


「村長からの命令だ。キラナには今日から王子一向が帰るまでの間、学校が終わった後は作業所で機織りの勤務についてもらう。詰所には来るな」


 詰所に来るな? 機織り? いきなり何の話だろう。帰るまでの間って、そんなことしたら、ヴァルナの将校に私の実力見てもらえなくなるよね?


「機織りって……そんな、急に」


 副団長が不思議だ、とでも言いたげに片眉を上げた。


「急ってことはないだろう? いいか、来るのはヴァルナの中心人物なんだ。予想はつくはずだ」


 はっとした。ヴァルナの中心人物、と言われれば思い当たることがないわけではないけど、そんな理由で?


「まさか、私の受けた祝福が問題なんですか?」


 つい、眉が寄るのを感じた。

 団長が気の毒そうにコクンと頷いた。


「キラナには、三神の祝福が一つもないからな」


 なるほど、星の祝福。私にはそれがない。正確にいうと、戦士としての祝福が一つもない。あるのは、音楽や布、流れるものに縁があるというサラスヴァティーの祝福だった。

 私たちは生まれたとき、空に輝いていた星から祝福を受ける。例えば、生まれたのが昼ならば太陽神スーリヤの祝福を受けられるし、太陽に隠れて目には見えない星も、空にあれば祝福を受けられる。

 そして、その祝福は私たちの持つ能力や性格に影響する。例えば、宵に輝く一番星であるアシュヴィンであれば、医学の才能がある、とか。太陽であるスーリヤだったら、真面目で几帳面な性格になる、だとか。

 その中でもインドラ、ヴァーユ、パルジャニアの三神は戦士の星とされ、戦闘法術の才能に直に関わっている。その三つのうち一つも祝福がない者は衛士として使い物にならないのが常だった。

 細かくは星々の位置関係だとか空のどの辺にあったかなどで祝福の強さが決まるらしいけれども、私はよく知らない。

 知っているのは、私たちの生まれた場所、時間は全て記録されていること。それを元に作られたホロスコープという星の配置を描いた図をミスラ連合が管理していること。そして、そのミスラ連合の主幹こそヴァルナ王国だということだ。

 団長が歯にものが詰まったような表情で言った。


「今朝の集会では話さなかったが、王子一向には将校だけでなく、リシも同伴しているらしい」

「リシって、あの……ミスラ教会の?」

「そうだ。そもそもは聖女様の里帰りだったらしい。そこで外交のために王子も一緒に出向いた、とか……聖女様は視察としてうちの隊だけではなく、村民全員のホロスコープを拝見したいとおっしゃっている。才能がある者がいれば引き抜くつもりなのだろう。本来であればありがたい話のだが……」


 副団長が神経質そうに眼鏡を指で上げた。


「リシは天則を司るヴァルナ神の遣いだ。法に則るならば、三神の祝福を一つも受けていないお前を衛士として戦わせていたことを知れば、いい顔はなさらないだろう」

「だから……私をはずすと?」

「……」


 二人は無言だった。無言こそが答えらしい。つまりイエスってこと?


「問題にならないようにするために?」

「……」


 またも無言。


「私の実力はお二人とも、認めてくださっているはずですよね?!」


 心臓がバクバクと音を立てる。興奮しているのが自分でもわかった。

 だって、納得いくはずがない。

 確かに、祝福は受けていないけれど、私だってこの村の衛士として戦っているのに。大事なところでははずす、なんて。


「すまない……」


 団長が深々と私に向かって頭を下げた。


「さっきも言ったと思うが、これは村にとってチャンスなんだ。この村は小さくて、お金もない。だから町の武芸大会にもなかなか出られないし、中央へ行くチャンスもない。だが……村を守るのに法術を指南してくれる者が必要だ」


 副団長も団長に続き、頭を下げた。


「中央への出向は、ヴァルナの将校になるなんてことがなければ十数年で終わる。そうすれば中央で法術を学んだ者が村に帰ってくることになる。村長やお前の母エルダさんのように。今、問題を起こすわけにはいかないんだ」

「お願いだ、頼む」


 団長が頭を上げた。団長の顔は、苦悩を表すかのように、眉間には深い皺がより、目も、口元も垂れ下がっていた。本気で悪いと思っていることは、団長を見ればよくわかる。

 だけど。

 私は返事をすることもせず、家の中に逃げ込んだ。




 食卓へ戻ると、家族全員、すでに私が詰所の業務から外されたことを知っているみたいだった。誰も何も私に言わなかった。

 無言で食事を終えると、私は自分の部屋に閉じこもった。

 夜、体は鍛錬で疲れているはずなのに、一睡もすることができなかった。

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