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ユリアとヴィルヘルム(3)

 舞踏会の日はすぐにやってきた。

 私は朝から支度に大忙しだ。たくさんの侍女が私の着替えのために部屋を行ったり来たりしている。

 まず、花の香りをつけたお湯に入った。次に、髪を乾かし、肌に香油を塗った。髪を丁寧に櫛で解いて、ツヤツヤにした。虚亡の日と同じように、耳の横に垂れていた髪を編み込み、高く結って、残りは背中に垂らす。ドレスは舞踏会の前日に殿下から送られてきたものを着た。化粧を施して、最後にアクセサリーをつける。

 小物入れを持って来た侍女が私の耳に触れた。


「このピアスはどこに仕舞いますか?」


 それはウィリアムから初めてユリアの部屋に行く前にもらっていた通信機だった。どうやらずっと耳につけたままになっていたらしい。


「それはクローゼットにある鞄に仕舞ってください。他のアクセサリーとは別にしておきたいんです」

「わかりました」


 ダイアモンドがついた首飾りとピアスをつけて、やっと準備が終わる。

 一つ一つの工程それぞれに違う侍女がついた。そうやって、今日の私は完成した。

 鏡の前には人形のように着飾った私がいた。


「ウィリアム。来てたんだ」


 鏡越しにウィリアムの姿が見えて、私は声をかけた。


「ついさっきな」


 殿下が送ったドレスには、白地に淡い青の糸で刺繍がほどこされていた。完全な純白は儀式の時にしか着ることが許されない。それでも殿下は私に白が似合うと思ったらしい。殿下も揃いのデサインの服を着ると言っていた。


「よく似合ってる」

「ありがとう」


 鏡にウィリアムの顔は映っていない。足元だけが少し見える。

 なんとなく、彼と顔を合わせづらい。


「これで、俺の『教師』も終わりだな」


 え?

 つい振り返るとウィリアムは腕を組んで部屋のドア枠に寄りかかっていた。


「どうして。だってまだ選定までは時間があるでしょ?」

「数日な。もうすぐだ。それに、キラナはもう一人じゃない。キラナを守ってくれる人がたくさんいる」

「そんな、だって」


 だって、なんだろう。ダメだ。なんの反論も思い浮かばない。


「キラナ様、そろそろ会場に向かいましょう。殿下がお待ちです」


 ウィリアムの横から初老の紳士が顔を出した。殿下の遣いの人だ。


「はい。わかりました」


 もう少しウィリアムと話していたいのに、それはできなかった。

 私が廊下に出ようとすると、ウィリアムは道を譲った。

 そして、私に向かって頭を深く下げた。


「キラナ様、いってらっしゃいませ」

「行ってきます」


 ウィリアムの他人行儀な態度はまるで、初めてこの部屋に来たときのようだった。

 そのときは私がウィリアムの背中を部屋の前で見送ったけれど、今日は逆だ。

 ウィリアムの視線に見送られながら、私は舞踏会の会場に向かった。




 私が迎賓館に着いたとき、すでに他の乙女は入場口の近くで私が来るのを待っていた。会場への入場は殿下と私を先頭におこなわれる。そうやって、次代の国王と王妃候補、リシ候補をお披露目するのがこの舞踏会の目的だった。


「ユリア!」


 ユリアは淡いクリーム色のドレスを着て、乙女たちの中に隠れるようにひっそりと立っていた。その様はまるで月の下でのみ咲くという、月下美人のようだった。

 約一ヶ月ぶりに私はユリアに会うことができた。

 ユリアがスッと私にお辞儀した。


「キラナ。お久しぶり」


 私はキラナの両手をとった。


「よかった。意識が戻ったんだね。体は? もう平気?」

「ええ、すっかり。キラナには命を助けられ、ご心配をおかけしましたわ」


 ユリアが微かに笑顔を作った。

 まだ少し元気がないように見える。テンションが低い。


「ほら、キラナ。殿下がお待ちですわ。私のことはいいから、早く行ってください」


 私の手をユリアが解いた。


「ああ。うん。そうだね……じゃあユリア。また後でね」


 ユリアへのあいさつもそこそこに私は殿下の元に向かった。




 舞踏会が始まった。

 私は殿下に手を引かれ、王妃候補筆頭として会場に足を踏み入れた。

 正直、集まっている『後援者』の人々からどんな反応があるのか不安だった。支援の手紙や贈り物はたくさんもらったけれど、半年前には嘲笑を浴び、その後も例えばユリアのように『茶会』での発表に感嘆の声をもらうこともなかったから。

 けれども、それらは全て杞憂だった。

 私に向けられる視線は好意的だった。一部、敵意も感じるけれど、それは当然だ。だって、私はアリア達と敵対する道を選んだんだもの。この視線はきっとユリアが受けていた視線と同じだった。

 入場が終わり、乙女の紹介が一人ずつ行われた。それも終わると、会場には甘やかな音楽が流れ始める。歓談とダンスの時間だ。

 最初の一曲目だけは、殿下と私、二人だけがホールの中央で踊る。その後はみんながダンスを楽しめる時間になるけれど、殿下は有力者への挨拶回りに行くらしい。私は自由時間になるけれど、できれば次期王妃として同行してほしいと殿下に言われた。

 殿下が私に手を差し出した。


「キラナ、手を」


 私は膝を曲げる礼をした後に、殿下の手をとった。


「はい。殿下」


 殿下の足並みに合わせ、中央まで移動する。ダンスの始まりだ。

 空中庭園で会ったときは、結局、時間いっぱいおしゃべりしていて、一度も練習しなかった。だから心配だったのだけれども。

 殿下が私にウインクした。


「やっぱり、練習なんていらなかったね」

「そうみたいですね」


 全く問題がなかった。基本のステップさえ覚えていれば、音楽と殿下の動きに合わせているだけでよかった。


「殿下がお上手だからでしょうか。こんなに軽やかに踊れたのは初めてです」


 先生との練習は正直退屈だった。流れているのも音楽じゃなく手拍子だし、キツい目で睨まれるから。

 殿下が首を振った。


「運動神経がいい人はリズムをとるのが上手なものだよ。むしろリズム感がなければ体をスムーズに動かすことはできない。だから、君はダンスが上手だろうと思っていた」

「ありがとうございます」

「それに僕も。これでも結構やる方なんだよ。ウィリアムがいなければ、学校では僕が主席だった」


 え、学校って将校を育てるための場所でしょ。それって。


「めちゃくちゃ強いじゃないですか。王族の方々は武も極めるものなのですか?」

「ある程度ね。いくらアーカーシャを扱うことができても、全然体が動かないんじゃ意味がないからね」


 そっか。十星将ですら勝てない異形が現れたとき、最後に戦うことになるのは王族だ。アーカーシャを使えるっていうのはそういうことだ。剣の心得があるのは当然だった。

 殿下は文武両道みたい。王族って才能豊かなのね。


「あの、もしかしたら、不敬かもしれないんですけど」

「なんだい? 不敬なんてことはないよ。僕と君は対等な存在なんだから」


 みんなが見ている前で踊っているのに、ちょっと楽しくなってきた。この前空中庭園で会ったときよりずっと殿下を身近に感じる。


「今度、一度手合わせをお願いします」


 殿下も楽しそうに笑った。


「よろこんで。君とならきっといい試合になる」


 殿下が大股でステップを踏んだ。私の体がそれに合わせて大きく回転する。

 一瞬、壇上に立つ乙女達が視界に入った。無表情でこちらを見つめている中に、一人、明らかに悲しみを堪えた表情の乙女がいた。

 ユリアだ。

 元のステップに戻っても、私は彼女の表情が忘れられず、殿下の肩越しにユリアの様子をうかがった。ユリアは瞬きすら忘れるような勢いで私たちの方を凝視していた。

 でも、決して私とは目が合わない。彼女の視線は全て殿下に向けられていた。

 その瞳は涙ぐんでいた。エメラルドの瞳がシャンデリアの輝きを受けてゆらめいていた。なのに、少しも殿下から目を逸らさない。それはまるで、一瞬でもいいから、彼と目が合うことを願っているかのようだった。

 けれど、殿下は全くユリアの方を見ようとはしなかった。私の方を見ているか、あるいは、後から話に行こうと決めている有力者の位置の把握に努めているようだった。

 一曲目の演奏が終わった。

 殿下と私はお互いに向かい合って礼をした。

 殿下が私の手を引いた。


「さあ、まず、ユユツ卿のところへあいさつに行こう」

「あ……」


 ユリアが口元に手を当て、出口の方へ走ってくのが目の端に見えた。


「すみません、殿下。私は……」

「どうしたの。何か気になることでもあった?」

「それが……」


 会場の扉が細く開いたのちに音もなく閉じた。ユリアが会場から出て行ったのだ。

 ユリアの様子を殿下に告げるべきか、私には判断がつかない。

 殿下が首を傾げた。


「あいさつしたい相手がいるなら行っておいで。けれど、終わったら必ず僕のところに戻ってきてね。君には有力者の顔を覚えておいてもらいたいから」

「わかりました」


 私はユリアの後を追って、迎賓館を出た。

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