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金色の約束

 キラナは学校が終わると、すぐに草原へ向かった。

 その草原は小さな森を抜けた先にある。

 森は人とそれ以外のモノとの境界線。森を抜けるとアーカーシャの加護が薄くなる。

 アーカーシャは最高神ヴァルナが人に与えし正義の剣。人を襲う幽鬼たちに裁きを下す神の力。その力に守られているから、人々は平和に暮らして行ける。

 もし、幽鬼に体を乗っ取られたら、人を襲い続ける化け物になる。神の力で裁かれない限り、輪廻に戻れず、永遠の苦しみに囚われることになるという。

 けれども実際は大人の話と違った。キラナはその草原に何度も行ったが、幽鬼にも幽鬼に取り憑かれた化け物にも、会ったことなど一度もなかった。

 人目を盗み森を抜け、銀色の髪を輝かせながら、キラナは草原へ行った。

 草原では女の子のように可愛らしい金髪の少年が一心不乱に木刀を振っていた。

 キラナの視線に気が付いたのか、ウィルが動きを止める。そして、キラナの方を振り返った。


「キラナ……そっか、もうそんな時間か」


 ウィルはいつもキラナが声をかけるより先にキラナが来たことに気がつく。まるで全方位レーダーみたいに。どうしてそんなことができるのかキラナには不思議だった。

 ウィルは額の汗を拭った。なぜか目が少し泳いでいる。

 キラナが首を傾げる。


「どうしたの? 何かあった?」

「いや……大丈夫。さあ、稽古を始めようぜ」


 ウィルがキラナの分の木刀を足元から蹴り上げる。


「オケ」


 キラナがそれを受け取って、二人は乱取り稽古を始めた。

 太陽が傾き、草原に冷たい風が吹くまでそれは続いた。キラナが学校から帰ってきたら、二人で乱取り稽古をする。それが彼らの日課だった。

 ウィルはいつもキラナより先に草原にいる。

 ウィルが学校に通っているのかどうか、それどころかどこの家の子なのかもキラナは知らなかった。知っているのは、ウィルという名前と、村にいる同年代の子どもの誰よりもウィルの剣術の方が凄い、ということだけだった。

 稽古が終わると、キラナは草原に寝転んだ。風が汗を冷やす感覚が気持ちいい。

 キラナはウィルが横に並ぶのを待っていたけれども、いつまで経ってもウィルは寝転ぼうとしなかった。思い詰めたような顔をして、草原の彼方を見つめている。

 いつもは一緒に横になるというのに、今日のウィルはどこか変だ、とキラナは思った。


「ねえ、やっぱり、なんかいつもと違うよ。どうしたの? ウィル」

「……キラナ」


 ウィルの瞳が揺れている。泣きそうな顔をしている。

 キラナは起き上がり、ウィルの顔を覗き込んだ。


「もしかして、練習でどこか怪我しちゃった? 待ってて、今、水を汲んでくるから」


 キラナは駆け出そうとした。

 しかし、その前にキラナの手首をウィルが掴む。


「違うんだ。キラナ。どこも怪我なんかしてねえよ。そうじゃなくてッ」


 ウィルが唾を飲み込む音が聞こえる。瞳が夕日に照らされて光っている。

 にわかにキラナは緊張した。何か大変なことをウィルは言おうとしている。直感がそう告げた。

 ウィルの唇が動く。


「今日はお別れを言いに来たんだ」


 真剣な表情だ。キラナは何を言われたのか理解できず、無言だった。

 ウィルは続けた。


「この前、隣町で剣術大会があったこと、知ってるか?」


 キラナはコクンと首を動かした。掴まれたままの手首が熱い。


「それに参加したんだ、俺。そしたら、偉い人に気に入られて、一緒にヴァルナ王国に行くことになった」


 ウィルが困ったように眉を寄せたまま、唇に笑みを浮かべる。


「チャンスなんだ。俺をヴァルナの士官候補学校に入れてくれるって。そこでがんばれば、ヴァルナの将校にだってなれるって、その人が言っていて」


 そこで、やっとのことでキラナが言葉を紡いだ。


「だから、お別れなの?」


 ヴァルナといえば、人の世界の中心となる国だ。神からアーカーシャを頂く聖なる国、最高神ヴァルナと同じ名を名乗る国、ヴァルナ王国。

 もし、ヴァルナの将校になれば、幽鬼と戦い、人々を守る先鋒として、世界中で活躍することになる。それは、ウィルにとても似合っているようにキラナには思えた。

 けれども、キラナのいる国は人の世界の内でも辺境にある。ヴァルナはとても遠い。行けば、そう易々と帰ってこれる距離ではなかった。

 それでも、まさか、そんな、いきなりウィルがいなくなってしまうなんてキラナには信じられなかった。

 ウィルはそんなキラナに眉を寄せる。なんというべきか言葉に迷っているようだった。

 キラナが再び口を開く。


「もう会えないの?」


 ウィルは何も言わない。

 突然のことに話が飲み込めなかったキラナも、ようやくこれは本当に別れなのだと実感がわいてきた。

 それと同時に目に涙が溜まっていく。

 行かないで、とウィルを引き止めることはキラナにはできなかった。行った方がいいことはキラナにもよくわかっているからだ。

 青い、サファイアのように輝く瞳から涙がこぼれた。

 ウィルがキラナの涙を指先で拭った。


「キラナ……」


 そして、フッと微笑んだ。


「必ず、帰ってくるから!」


 笑っているのに、眉間に皺を寄せる不思議な表情をする。


「ヴァルナで成功して、必ずキラナを迎えに来る。そしたら俺と……」


 意を決したように口を開く。眉間の皺が深くなる。まるで決意の強さを示すかのようだ。


「けっこ……」


 そこでウィルの言葉が止まった。酸素が足りなくなった魚みたいに口をぱくぱくさせた。

 キラナが首を傾げた。


「ケッコン?」

「あ……えっと……」


 ウィルの顔がみるみる赤くなっていく。


「ち、違う! ケッ……そうだ。ケットウだ。ケットウしてくれ!」


 ケットウ……決闘。キラナが短く息を吸い、飲み込んだ。

 結婚じゃなかった。それで良かったような、少し残念なような。

 とにかく、だ。ウィルは必ず帰ってくるつもりらしい。しかも、自分に会うために、だ。また、こうして剣を合わせるために。

 涙が止まった。


「ウィル……! そうだよね。帰ってくるよね」


 両の手でキツく涙を拭った。


「私、ウィルが帰ってくるまで、がんばって剣続けるから。今よりもずっと強くなってウィルのこと待っているから。必ずまたここで会おうね」


キラナがウィルの手を取った。


「絶対だよ。約束だからね!」

「あ、ああ……」


 笑みを浮かべるキラナとは対照的に、ウィルの顔は先程の決意を込めた表情から、困ったような、あきらめを飲んだような、それでいて泣きそうな、でもそれを隠そうとするように笑うという複雑な表情を浮かべていた。

 未だ涙で濡れるキラナの瞳にウィルの苦笑が映る。

 金色の髪が風になびいている。夕日で黄金に染まった景色の中でも、それは一際人目を引く。同じく金色のまつ毛に縁取られた目の奥に紫の瞳が見える。その瞳は優しげだった。


 この瞬間の美しさをキラナはずっと覚えていようと思った。


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