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始まりの日

 エリザベートは、消毒液のにおいと、負傷兵のうめき声で満ちた連隊本部から、朝日に照らされ始めた地平線の彼方を見つめていた。塹壕線は崩壊し、弾薬は底を付き、連隊は広大な平野に取り残された。きっと30分もしないうちに準備砲撃が始まるだろう。


「わたくしたちの、時間、ですね。あの日の落ちるところに敵の本隊がいます。」


 エマはいつものようにゆっくりと伝えた。


「もっと近いと思いますわよ。何にせよいつものように殲滅するだけですわね!」


 エリザベートはにこやかに答えた。その言葉は、明らかに強がりであって、壊滅した連隊に為せることではなかった。しかし、彼女の変わらぬ笑顔は彼女の妻をいつものように安心させた。


「ええ、、、必ず、勝てますね!」



 ~1年半前~



「おじいさま!」


 エリザベートはさながら村の庶民が初めてドレスを着たような様子だ。しかし、白い肌、赤い瞳に紅い唇は若さに似合わず社交界で話題の美貌を湛えている。彼女はそのまま流した鮮やかな金髪を揺らし、群青色のスカートで石畳をなでながら馬車に駆け寄っていった。


「おお、お前は変わらないなぁ」


 馬車から降りた白髪の老人は、日々の激務で眉間に深くしわが入り、その赤い目は新月の空の様な暗さだったが、久々に孫娘に会えて年不相応に喜んでいる様子だった。


「2年ぶりかしら?」


 エリザベートが上機嫌に聞くと、老人はもまた、にこやかに答えた。


「いやぁ、正しくは1年と206日ぶりだよ」




 晩餐会は往年のに賑わいを知っている老人からは驚くほど静かだった。もともと田舎の古城で喧噪とは無縁の場所ではあるのだが、それでも家族や友人が談笑し、召使いたちが動きまわる騒がしさがあった。しかし、今では男性は出征し、女性も工場に向かい、1人の老婆の召使いとエリザベートの残るだけだ。


「我々老人の都合で、こうも苦しい生活をさせているとは。本当に申し開きができないな。」


 老人は軍人であった。貴族の務めとして士官を志し、その人生のほとんどを軍で過ごしてきた。だが、充実したキャリアと裏腹に、妻と息子夫婦に先立たれ、残っていたのは孫娘であるエリザベートだけだった。そして今、そのエリザベートさえ彼の指導する戦争でその地位に見合わない生活を強いられているのだ。


「おじい様は悪くありませんよ。悪いのはゲルマニアのやつらですから。女学校で習ってるんですわよ。」


 エリザベートはやけにはっきりと答えた。


「そうだな。。。」


 エリザベートが芳しくない戦線の状況を気遣って気丈にふるまってくれているのだろうと老人は分かった。ここで彼はラジオの放送の様に景気の良い返事をしようと思ったが、だが、老人の知っている具体的かつ悲惨な現状が彼の次の言葉をせき止めた。


「。。。。」


 場には気まずい沈黙が流れた。そして、ナイフと皿の触れ合う音だけが数分かん響いた後、老人が口を開いた。


「実はな、今日わざわざかえって来たのはお前の顔を見たいのもあるんだが、もう一つあってな。」


「なんですの?」


「お前に、。。。軍隊に行って欲しい。」


 エリザベートは返答することができなかった、でも周りの貴族の女の子たちも、看護学校に入学しているし、覚悟はしていた。だが、それだけだった。


「わたくしも、看護師に、ですか?」


 数瞬の後、老人は門の開くようにゆっくりと口を開いた。


「少し、、、違うんだ。、、、装甲魔導騎兵と言うんだが、、」


お読みいただきありがとうございました。

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