表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

人形



—誰かが言った。


 この世界で最も醜くも自由な存在は何か?


 それはきっと―



「―だから私じゃないって!」

声を荒げて、女は訴える。

天然気味の黒髪に、肩を出したオフショルトの白のトップス。

合わせるような黒のズボンとヒールで、『せくしー感』を演出している(多分)。

その美少女こそ私、『地安ダリア』である。

しかし、私を囲む2人の警察官にこの声は届かない。

どうしてこんなことになったんだろう。

私はただ…



…ただパパ活をしていただけなのに。



普段だったら、なんてことない街の路地。

しかし今日は、野次馬が私たち3人を囲うように集まっている。

勘弁してほしい。視線が本当に身体に刺さってるのかってくらい痛いんだけど。

そんなこともお構いなしに2人のポリ公は矢継ぎ早に質問してくる。

「ダリアちゃん…だね?ネットで募集かけてたの。本名?」

本名だ。偽名とか考えるの面倒だったから。

「年はいくつかな?17歳で書いてあったけど本当?もしそうだったら問題だよ?」

知るか!こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際なんだよ。

「それに最近、女性の誘拐事件が多発しててね。本当に危ないんだよね。」

「まあとにかく親御さんや学校の方に連絡するからさ。番号分かる?」

「…はーい。」

私は持っていたポーチから携帯を取り出す…ふりをした。


即座に催涙スプレーを取り出し、ポリ公の顔に噴射した。

「ぐああああっ!?」

「先輩ッ!?」

片方のポリ公は顔を抑え、もう片方はあたふたしている。

迷惑な客用に護身で持っていたのがこんな形で役立つとは。

その隙に、ダッシュして逃げ出す。

「じゃあねおまわりさん!今度はパパとして連絡してよ!サービスしてあげるからさァ!」

「クソッ!待て!」

そう言われて待つやつがいるか!私はそのまま人混みに紛れて消えるように逃げた。



「あーーくっそ!しくったー!」

人気のない路地裏まで逃げ込んで、頭が冷静になった。

「ちょっと気ぃ緩んでたかなぁ…。こんなヘマ今までしたことなかったんだけどなぁ…。」

「覚えられたよな、顔…。もうこの辺じゃ仕事できないかも…。」

「どうしよ…。髪型変えたらばれないかな?もしくはいっそ金髪にするとか。」

ぐるぐると頭の中で不安なんかが駆け巡る。

冷ました脳がまた熱くなっていく。

このまま考えたところでしょうがない…

「…とりあえず帰るか。」




街中から少し離れた場所にある小さなアパート。その2階の部屋に私は住んでいる。

買い物とかは不便だが、家賃は安いし部屋もきれいだから気に入ってるのだ。

「ただいまー。」

私は扉を開けながら、そう言った。

そういえば伝え忘れていたが、うちには同居人がいる。


「おかえりー。今日はやけに早いわね?」

リビングに向かうと、同居人はソファで本を読んでいた。

赤紫色の髪は、すらりと肩まで伸びている。

白色のワンピースがより彼女の清楚さを際立たせる。

外国人のような整った顔立ちは、思わず嫉妬してしまうほどだ。


彼女の名はリセ。かれこれ3年間同じ部屋で同棲している。

「いろいろあったのよ。危うく捕まっちゃうところだったんだから。」

「…そう。大変だったのね。」

「…まあね。」


リセに私の仕事内容は伝えていない。

…いやまぁ伝えたところでこの世間知らずは頭に『?』が浮かぶだけだと思うけど。

とにかく止められそうな気がするので伝えてはいないのだ。

同じ屋根の下で暮らす人に秘密を抱えているというのは無粋だというだろうか。

だけど私からも一つ言わせてほしい。




私は彼女のことを何一つ知らないのだ。




彼女は一体どこから来たのか。

彼女の歳はいくつなのか。

彼女がここにいる目的は何なのか。


—彼女は一体何者なのか。


私は、彼女に関することを全く知らない。

『リセ』という名前だって偽名なのかもしれない。


だけど、それでいいと私は思っている。

別に彼女にどんな秘密があっても構いはしない。

彼女と過ごす時間が楽しいことに変わりはないのだから。


私たちは、そんな不思議な秘密の関係でつながっている。


「そういやリセ。今夜もまた出かけるの?」

「うん。そのつもり。夕飯は先に食べてていいから。」

「え~?たまには一緒に食べたっていいじゃないの。」

「ごめんね…。今度バームクーヘン買ってきてあげるからそれでいい?」

「愛してるわリセちゃん!」

「…調子いいんだからホント」

そんな感じでまた日常が過ぎていく…




そう思っていた。




夕飯を食べた後、特にやることもなかったのでテレビを見ていた。

「…もうこんな時間か。シャワー浴びよっと。」

気づけば時計は8時を過ぎていた。

「…今日も遅そうだな。リセ。」

リセは昔から夜中によく外出をする。

普段は10時くらいに帰ってくるのだが、長いと日付が変わった後に帰ってくるのだ。


さっき彼女の正体はどうでもいい的な話をしたけど、正直な話、少しだけ気になっている。

知った方が良いってことを心のどこかが気づいている。

だけど、もし彼女のことを知ったら—



ピンポーン。



突然のチャイムで思考が遮られる。

「…誰?」

恐る恐る玄関に近づき、ドアの小窓から外を覗く。


そこにいたのは、リセだった。


いろいろ疑問はあるがとりあえずドアを開ける。


「どうしたの、リセ?わざわざチャイムなんか鳴らして」

「…ごめん。家の鍵忘れちゃってて。」

そう答える彼女の顔は、どこか不安を感じていそうだった。

「いやそんなの私が家にいるからいいじゃないの。なんだって…」

「…ダリア」

「何?」



「…ごめんね?」



「…は?」

言葉の意味を聞き返そうとしたその時、お腹に違和感を覚える。

視線をそらすと、そこには、


黒い槍が、私の体を貫いていた。


不思議なことに痛みは全く感じない。しかし、体に力が入らない。

徐々に私の体は崩れ落ちていく。

次第に視界も暗くなっていく。


真っ暗になる直前、私は彼女の顔を見た。





—彼女は、泣いていた。





―目が覚める。

起きて数秒後、すぐに変化に気付いた。

体中が何か糸のようなものに縛られている。

「動けない・・・!」

さらに、着ていた服も無くなっている。

一応、糸がまとわりついてるので一糸は纏っていると言えるが。文字通りに。


あと気になるのは今の場所だ。

「…どこ、ここ?」

月明りが照らされているおかげである程度は見える。

至る所に服があり、どうやらここは衣類の店のようだ。

しかし、どの服も穴があったり、破れていたりと欠損がある。

つぶれた店なのだろうか?だとしてもこう服をほったらかしにするのかな?


そんなこと思っていたらだ。


「あら、お目覚め?」


全身の毛が逆立つような感じがした。

私は、声が聞こえたほうを振り返る。

その声の主は、明らかに私の常識を超えていた。

背丈は4mはあるだろうか。顔は見上げないとみることができない。

髪と肌は雪のように真っ白で、対称に瞳は血のように真っ赤だ。

何より奇妙なのがその体の構成だ。


上半身は女性なのだが、下半身は蜘蛛だ。

黒く艶やかな蜘蛛の足が、奴の腰から生えている。


いろいろ聞きたいことはあるのに、声が出ない。

身体が恐怖で動くことを忘れているんだ。


蜘蛛女はそんな私に話しかける。

「いい子ね、あなた。ほかの子たちは目覚めるや否やすぐわめくのよ。

あなたならきっといい人形になれるわ…。」


人形?なんの話だ?

「あたしね、お洋服が大好きなのよ。

だけどね、こんな化け物になっちゃってから自分じゃもう着れなくなっちゃって。

困ったものよね。だけど気づいたのよ。


無いなら作ればいいじゃないって。」


…は?作る?


「それではご覧ください!

この天才アーティスト、アラクネによるファッションショーを!」

女はノリノリでそう言い、ぶら下がっていた糸を引っ張る。

すると、連結していたボロボロのスポットライトが照らす。


そこにいたのは、人だ。

3人とも女性で、私と同じように糸で磔にされている。

顔から生気を全く感じない。いつからここに捕まっているのだろう。

ふと昼間の警察官が言っていたことを思い出す。

最近、女性の誘拐事件が多発していると。

まさか、この化け物が犯人か?


蜘蛛女はカサカサと華奢な足取りで、奥に歩いていく。

「まずはこれ!森をイメージした色合いのトレーラーに真っ赤なドレス!

最高にイカしてると思わない!?」

「続いてこちら!白と青でまとめ、アクセントにグリーンの帽子をかぶせてみたの!

シンプルだけど、注目度は高いわよ!」


意気揚々と服の説明をしているが、死にかけのモデルの方が気になって、話が入ってこない。

「最後は…

あら、足の向きが違うわね」


そう言うと、蜘蛛女は女性の足をあらぬ方向へ曲げた。

骨が折れる音が、耳を不快にさせる。

女性の方は悲鳴をあげない。ただ虚ろな顔を続けるだけだ。


「…なんで」

「ん?」

「なんで…そんなことができるの?」

本音が、固まってた口を動かす。

「どう見たって正気じゃない。心は痛まないの?」

「なんでって…」


蜘蛛女が、子どもをあやすかのように近づき、

そして、寒気がするような笑みで話す。



「楽しい以外に理由がいるの?」



「なんでかは知らないけどね。この姿になってから服を作りたいって欲が溢れてくるのよ。

そして、服を完成させるたびに脳髄から湧き出る快感。

私はその快感にいつまでも溺れていたいの。

そのためだったら、私は何人死んだってかまわないわ。」


…あまりのイカれっぷりに言葉を失う。


「それにしても、あんたも不憫よねぇ。お友達に見捨てられるなんて。」


「・・・え?」


「なんであんたがそれを…?」

蜘蛛女は、笑いをこらえながら話す。

「いやさ、私その辺のクモちゃんとお話ができるんだけどね。

あんたのアパートに住み着いてた子から聞いたのよ。

仲良しなお二人さんが刺されたって。んで、現場に行ったらあんただけが倒れてたってわけ。…その様子じゃ、本当みたいね。可哀そうな友達を持ったものね…。

裏切られなきゃこんなことにはならなかったのに。」



「…あいつはね、本当に変わった奴だったよ。」

「…何?」

「テレビの中に人が閉じ込められてるって大騒ぎするし、車を牛だって勘違いするし、

明らかに胡散臭い宗教勧誘にもだまされかけてたっけ。

まあ、言ってしまえば馬鹿なやつだったんだけどね。

だけど、そんなリセが私は大好きだった。」


「…結局、何が言いたいわけ?」


「糞ボッチなあんたの方がかわいそうって話!」


そう言い放つと、蜘蛛女は急に私をつかみ、糸からちぎり離した。

今まで味わったことのない力が私をつぶそうとする。

「がああああ!!」

「…やっぱ人形は喋っちゃだめよね。

全然愛嬌がわかなくなっちゃう。

思い通りになるからこそ、人形なのよ。」


蜘蛛女は、冷たい声で言う。

「死んじゃえ。」


強い痛みが体中を襲う。

けれど、恐怖なんて感情はない。

あるのは、ただの殺意だけだ。


こいつの言っていた通り、動いてみよう。

欲望の赴くままに。

本能のままに!



瞬間、奴の手が粉みじんに切り裂けた。

「ぎゃああああああ!?」

蜘蛛女は悲鳴を上げる。

私は血みどろになって、地面に立っていた

手には腹に刺さっていた黒色の槍を持っていて、

背中には黒い羽根、頭には天使のような輪っかが浮いていた。


「あ、あんた…何よその力…。それにその姿どっかで。!?まさか、あんた…!?」


私の体は話を聞く気はなかった。

嵐でも来たかのような速さで奴の2本の腕と6本の足を切り離した。

奴の血が、噴水のように勢いよくあふれ出る。

蜘蛛女が前かがみに倒れそうなところを、髪を引っ張り、ぶん投げる。

壁にのけぞらせたまま、槍を突きつけながら、話を聞く。

「…さっき、何を言いかけたの。」

蜘蛛女は答える。

「私も確信はない。だけどうっすらと憶えてることがある。」


「あたしは前に、あんたに殺されている。」


「何を―。」

「お願い!殺さないで!」

蜘蛛女は唐突にそう言いだした。

「捕まえた女たちも解放する。あなたの望むことなら何でもするわ。だからお願い。あたしはここで、ずっと服を作っていたいの…」


「…わかった。見逃してあげるわ。だけど条件がひとつあるわ。」





「今まで作った服全部燃やして♡」





「…え?」

蜘蛛女は戸惑う。

「別にいいじゃない。生かしてあげるんだから。そのくらい我慢しなさいよ。」


「…あの、それは。」


槍の刃先を向け、私はこう言った。


「できないなら、死ね。」









—誰かが言った。


 この世界で最も醜くも自由な存在は何か?


 それはきっと『魔女』であると。



これは『魔女』のお話。


『魔女』に呪われた少女の、愛のお話—。


ポイントが入るといいことがあるみたいなので、よかったらポイントを入れてみてください。

クレクレ―

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ