89.魔王や会長たちを村の喫茶店へご案内してしまう
翌日の朝。
フウカ村では、いつものように喫茶店の開店準備が進められていた。
末っ子ミルもいつものように朝のランニングをするはずなのだが、今日に限っては店内で呆けている。
それどころか生気が抜けきった顔で椅子の背もたれに寄り掛かっており、調子がイマイチなのは明白だ。
そして朝から疲弊している妹の姿を長女ヴィムは見かね、優しく声をかけてあげた。
「ミル。もし調子が悪いのなら粉薬を用意するわよ?」
「ふぇー……?あー……ミルってば、いつも通り元気いっぱい絶好調だよー……」
「どこに元気な要素があるのかしら。もしかして、フウカちゃんに会えなくて落ち込んでいるの?」
「それはぁ……うん、そうだよ。はぁ~。それになぜか、フウカお姉様の顔が近づいてきた直前から記憶が曖昧なんだよね。頑張って思い出そうとしても、すぐにぼやけちゃう」
「キスされた記憶すら飛んでいるのね。もうそれはフウカちゃんの不在よりショックを受けているじゃない」
ヴィムは手作業を進めながらツッコミを入れる。
そして次女ヒバナが弱々しい足取りでカウンター席へ近づいて来たとき、彼女は簡単な指示を出した。
「あぁヒバナ。この箸入れをそっちの卓に……って、貴女までどうしたのよ!酷い顔よ!?」
ヴィムが思わず声を大きくしてしまうほど、ヒバナも普段以上に疲弊した顔つきになっていた。
よく見れば目の下に隈が浮き出ているほど酷い状態で、身だしなみの乱れや寝癖も目立つ。
「嘘でしょ?どうしてたった一晩でこうなるのよ。まだそこまでフウカちゃんに依存した生活を送って無いでしょう。不安になる気持ちは分かるけれど、さすがに呆れるわ」
「あの……、ヴィムお姉ちゃん」
「何よ?」
「箸入れの箱に使い捨てストローがギッシリ入ってます」
ヒバナに指摘されてヴィムはすぐに取り繕うとする。
しかし、既に誤魔化しきれない状況を迎えていることは分かりきっていたので、その声色には動揺が強く現れていた。
「そ、そう……みたいね。うっかりしていたわ。ふふっ、ふふふ~……」
下手な演技を通り越して、わざとしか思えない不気味な笑い声。
どうやら2人の妹に限らず、ヴィムも本調子では無くなってしまっているようだ。
その原因は言うまでもなく楓華の不在によるものであり、どうしてここまで影響を受けているのかヴィムは自己分析する。
「これはアレね。もはやフウカちゃんは私達の親みたいなもので、いきなり親が帰って来なくなった子どもと同じ精神状態だわ。そして、いつ帰って来るのか分からないから強がる気力も持てないのよ」
「ややこしい例え方ですね。ちなみに某はフウカ氏の婚約者なので、心配も人一倍していますよ!」
やや自慢気味にヒバナが言うと、ここは負けられないとミルは急に勢いよく立ち上がった。
「ミルもフィアンセだよ!なんなら、もうミルはフウカお姉様を無理やり妊娠させた!まだ妊娠した確証は無いけど!」
「確証があっても無くても、それは危険度指数が高い発言ですよ。某にはちょっとした恐怖すら感じますって」
「なんで?赤ちゃんは愛の結晶で、できたら幸せな事だよ?」
「そうかもしれないですけど……。うーん、某の心が邪なのでしょうか」
ヒバナは下手に深掘りするべきでは無かったと後悔しつつ、使い捨てストローが入った箸入れの箱をそのままテーブルへ運んでしまう。
それを誰も指摘しないあたり、やはり姉妹揃って上の空という感覚で思考が鈍くなっているのだろう。
また、3人の脳内は楓華に関することで埋め尽くされているせいで、雰囲気を変えるために励まし合おうという発想も思いつかない。
そうしてモヤモヤした空気が店内に漂う中、外から楓華の声が突き抜けて来た。
「みんなぁ~!!ただいま~!そしてお客さんも大勢連れて来たよ~!」
この待望の言葉に一早く反応したのは、3姉妹全員だ。
ヴィム姉は持っていた皿を投げ捨て、ヒバナは箸入れの箱に詰まっていたストローを撒き散らし、ミルは力任せに椅子と机の両方を吹き飛ばす。
これによって騒々しい音が店内に鳴り響き、相変わらず元気で賑やかだと楓華は彼女らの顔を見る前から知っただろう。
それから3人が一斉に外へ飛び出したとき、楓華は顔色が優れないモモを背負っていた。
「あっははは!いやぁ、連絡も無く帰って来たから驚かせちゃったかな?まっ、元気そうで何よりだ!」
天真爛漫の笑顔。
その変わらない様子に癒されると同時に、3人は抱きつくために飛び掛かりたい一心だった。
だが、不調のモモを背負っているせいで気持ちを抑えるしかなく、とにかく会話だけでもしようと必死になる。
「お帰りなさいフウカちゃん!お風呂にする?それとも朝ごはん?もしくは私の添い寝されたいかしら!?ところで、家へ帰って来た記念に撮影なんてどうかしら!?」
「フウカ氏!よく無事に帰って来てくれました!良かったです!もう婚約者である某としてはネトラレ展開でも起きているのかと思い、不安で一睡もできなかったですよ!」
「フウカお姉様、つわりは大丈夫?無理してない?もう、フウカお姉様1人だけの体じゃないんだから安静にしてね。……ところで、なんでバニーガールになってるの?」
並々ならぬ気迫に加え、発言内容がメチャクチャだ。
何より姉妹の目つきがギラギラしていることに楓華は気圧され、僅かに後退した。
「いやいや、マジでどしたの?一晩で何が起きたワケ?あーっと、とりあえずモモちゃんを寝かせて良いかな。この子、海と高い場所が苦手って事を隠していたから。それで帰りは疲れていた事もあって、ついに吐いちゃった」
そう言いながら楓華がメイドビキニ姿のモモを背負い直したとき、鬼娘の少女は意味不明な言葉を羅列していた。
「ヒトデが夜空を泳いでる……。海……、落ちる……。アオお姉ちゃん……ロゼラムお姉ちゃん……。バビブベボ1号の脚が早すぎワロタ……」
「モモちゃん、途中からこんな感じだから。ちょっと失礼するね~。その間にお客さん達を頼んだよ」
楓華は色々と片付けたいことが多いらしく、あっさりとした態度で姉妹の間を通り抜けて喫茶店へ入ってしまう。
その事に3人は物足りなさを感じてしまうが、お客さんの前であまり情けない姿を見せるわけにもいかない。
だから気を取り直し、まず先にヴィムは楓華が連れて来たお客さん達の方へ顔を向けた。
「ごめんなさい。そして、どうぞいらしゃい………ませ?」
楓華の方ばかり気にしていた事もあって、このタイミングで言葉が詰まってしまう。
まずヴィムが第一に目撃したの白銀の巨竜だ。
そして次は、巨竜の背に乗っている魔族の富豪が十数体。
更に団体客の中にはアイドルのミファや魔術師コピー、魔王なども含まれていた。
姉妹からすれば素性が分からない相手ではあるが、情報量が異様に多いという点だけは揺るぎない事実だ。
また、こんな辺鄙な田舎の店に来る客層で無いことは見た目からして間違い無かった。
そのためヴィムが、どう対応するべきかと悩み出したとき、魔王が率先して喋り出してくれた。
「我はユリユリ合衆国の統治者、魔王ユリジロウだ。そして、こちらの方々は上流企業の会長や社長。あと実力派の上流貴族など……まぁ我の大切な友人達だな。更にミファ様と、彼女の付き人である記憶の魔術師と大勢で押しかけてしまったが、許してくれ」
ここまで来てくれたからには歓迎する他ないわけだが、3姉妹は素直に「あまりにも不釣り合いなお客様」だと思うしか無かった。
少なくとも、これほど大層な相手をもてなせる店では無い。
そのため、まず姉妹はお客たちを見上げながら小声で相談を始めた。
「これ、どうすればいいのよ。しかも一番話を通せそうなフウカちゃんが居ないじゃない」
「某、緊張で死にそうです。それに多分、1人1人が世間に与える影響力が強いですよね」
「お姉ちゃん達なら大丈夫だよ。相手が機嫌を損ねたら、店どころか村そのものが存在しなかった事になりそうだけどね」
「ミル、さりげなく1人だけ責任から逃れようとしないでちょうだい」
いつも通りの口調に反してパニック状態へ陥っているらしく、建設的な話し合いが一切できていなかった。
このままでは、どう足搔いても悪い結果を招いてしまう。
そんな不安が大きくなる姉妹の心境をミファは察し、あえて大声をあげながら華麗に大地へ着地した。
「とぉ!」
これは一身に注目を集め、姉妹の余裕を少しでも作ろうとする行為だ。
またミファは即座に姉妹側の立場として振る舞い、アドリブで魔王達を呼び掛けた。
「さぁさぁ皆さん!ここがミファ様と魔王様がオススメする喫茶店ですよ!この大陸ならではのレトロ感!中々に趣があって、煌びやかな建物とは違う良さがあるでしょ~?」
ミファは身振り手振りを混ぜながら陽気な声でスピーチし、相手の感情を前向きな方向へ誘導する。
すると大半は歓声じみた能天気な声を漏らすので、気分転換の一環として遊びに来ただけに過ぎないと分かる。
つまり誰もメインイベントとは捉えておらず、娯楽施設や高級店に抱くような過度な期待は持っていない。
それが分かるだけでも精神的な重荷は軽くなるもので、すぐに3姉妹は普段通りの気分へ切り替えて接客を始めるのだった。




