87.これが魔族流のオークションだ!力で薙ぎ払え!
窃盗事件が解決してから1時間後。
モモは楓華の説明のおかげで、絵に関する思い出と重要性を把握した。
当然、まだ他人事という違和感は残ってしまっているが、何も家族愛を失くしたわけでは無い。
だから大好きな姉に相応しい最高の絵だと認識すれば、本気でプレゼントしたいと改めて望むようになった。
「モモちゃん、ここからが正念場だね」
舞台が設置された大ホールの中、楓華はモモに話しかけた。
周囲にはお金持ちの雰囲気が漂う客が大勢いて、その集団に混じって彼女ら2人も居る。
照明の光りが抑えられた薄暗い空間。
実は運営陣の努力により準備が整えられ、これからオークションが始まろうとしていた。
「大丈夫です。絶対に落札してみせます」
「でも、本当に良かったの?ミファちゃんが、盗品を運営に返還しなくても良いようにできるよって、親切心で提案してくれたのに」
「その申し出は本当に助かるものですけど、同じく欲しいと考えている人達が居るはずです。価値を見出してくれた者、感動を覚えた者、芸術の美学に魅了された者。そう考えたら、やはり本来通り平等に入手できる機会を作るべきでしょう」
「おぉ……。アタイの頼み事をよく引き受けてくれる事もそうだけど、モモちゃんってけっこう律義だよね。あと大人っぽい余裕がある」
「ビジネスや職場経験があるせいかもしれませんね。相手の都合を蔑ろにするのは苦手ですから。もちろん、許容できる限度はありますよ?」
不意にモモは少しだけ語気を強め、刺々しい視線を楓華に送った。
少女が伝えたい意味を楓華は充分に察し、ほぼ反射的に顔を背けた。
「今、自分に不都合だと分かって露骨に逃げましたね」
「いやぁ~そりゃあそうでしょ。こんな健気な子に怒られる場面ほど心苦しい事は無いって」
「そう思うなら、次からは物事を計画的に進めて下さいね。もうフウカさんの性格を奥底まで理解しているので、あまり期待はしませんが」
「あっははは!なぁに、アタイは無鉄砲なくらいがちょうど良いんだよ。そうすれば、賢いモモちゃんが他のことをフォローしてくれるからね!つまり相性抜群でバランスが良い!」
「もう~……。本当、フウカさんって調子が良いですよね。こんな私を信頼してくれるのは嬉しいですけど、さすがに頼りすぎですって」
軽く突き放すような手厳しい意見。
その割にはモモは満更でも無い笑顔を浮かべており、声色も気が緩んだ柔らかいものになっていた。
きっと真っ直ぐな信頼を寄せられていてる事のみならず、褒め言葉同然の評価を聞いて照れ恥ずかしくなったのだろう。
そんなとき、楓華が思い出したかのように別の事を話し出した。
「そういえばさ!モモちゃんから借りた防犯ブザーあったじゃん。アレ、凄いを通り越してヤバかったよ」
「あぁ、あのブザーですか。言い忘れていましたが、あれは市販品では無くお手製みたいですから。私も知らないような、何か特別な仕掛けが施されていたのかもしれませんね」
「お手製なら、モモちゃん自身には効果が及ばないとかあったのかな。アタイですら意識が飛びかけていたから、そうとしか思えないけど……」
「珍しく過ぎたことを気にしますね?それより、ほら。もう始まりますよ。私には大事な本番ですから、集中させて下さい」
モモが真剣な眼差しで言い出した頃には、司会が早くも壇上へ躍り出ており、オークション開催のためのスピーチ進行が始まっていた。
それから前置きの挨拶や予定時間より遅れた事情説明など済んだ後、オークションという熾烈な戦いが幕を開ける。
「うん、なにこれ?」
楓華は疑問を口にしながらも、予想外の展開に真顔となる。
なぜなら競売品の前で終末戦争が勃発しているからだ。
それは楓華とコピーの戦闘より遥かに苛烈であり、戦闘に参加している頭数が多いせいで収拾がつかないレベルだろう。
ただ、誰もが楽しそうに武力衝突しているため、もはやオークションより戦闘がメインイベントなのかと錯覚しそうになった。
「フウカさん。私は言ったはずです。この国は典型的な弱肉強食の社会だと」
「え?じゃあお金で入手するワケじゃなく、武力で落札者を決めるの?」
「いいえ。壇上にある旗を取った者が金額を提示できます。ただし、見ての通り旗を取る前も競争です。そして最初の人が少額を提示し、次に旗を取ろうとする相手を妨害して安く手に入れるという高等テクニックがあります」
「それって結局は力押しでしょ。まぁ、ある意味強者の特権ではあるけどさ」
「とにもかくにもフウカさん、頑張って旗を取って来て下さい。私では近づく前に消し炭になりますので。今こそ付き添いの役目を果たして下さいね」
「マジか。ちょっと気は進まないけど、モモちゃんの頼みなら引き受けるよ。元よりアタイが借金している側だから断れる立場でも無いしね」
そこまで楓華は自分で言って、それとなく気が付くことがあった。
モモが楓華に同行を求めた理由は村でいくつも述べられているが、おそらくこの競争が一番の理由だ。
普通ならば、文句の1つくらい言いたくなりそうな場面だろう。
だが、それよりも楓華はモモの安全面を気にかけ、自分こそが挑戦すべき難題だと先に考えて自ら奮い立つ。
だから素直に気合いを入れ、モモの期待に応えようと尽力する。
「よし、それじゃあ全力で行くよ!フェーズⅡ・ブーストⅢ!」
「えっ、フウカさん?まだ目的の絵じゃないですよ!?ちょ……もし落札したら、そのキャンセル料が凄いことなりますって!あのぉ~!!?」
モモは戸惑いながらも必死に呼びかける中、楓華は颯爽と怪物の群れへ突撃してしまう。
なんとも勇ましい後ろ姿だが、もはや漠然とした不安だけ膨れ上がる一方だ。
そんな誰の予測もつかない状況を迎えた後、非常に意味不明ながら楓華はお絵描きセットを落札して来てしまうのだった。
しかも楓華自身の自腹だ。




