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86.イベント会場へ帰還するもドタバタ騒ぎを起こす

楓華が本来の実力を発揮している一方。

鬼娘モモは賑やかな会場ホールの隅っこに身を寄せて、やたらとページ数が少ない薄い本を熱心に観賞していた。

それは研究に没頭する科学者と同じで周りの様子など気にかけておらず、いつになく目力が強くなっている上に鼻息が荒い。


「ふんふんふんふん。凄い、こういう解釈もあるのですね。妹と姉の恋愛結婚で……、あぁ羨ましいなぁ。私も、もっと素直になればお姉ちゃん達に甘えられるのでしょうか。そして、むふふぅ~」


いくら優秀な研究者でもモモの感性は子どもなので、どんな創作物でも容易に感化された。

また刺激を受けやすい年頃というのもあって、すぐに自分に当て()めて顔を赤らめる。


「だけど、はう~……。いつも気取っている私が、妹らしく甘えるなんて恥ずかしいなぁ」


モモは気が抜けた声で呟きながら、にやけた顔を薄い本へ(うず)める。

それから壁に寄りかかりながら座り込み、状況をイメージしながら妄想に(ふけ)った。


「モモね、お姉ちゃん達が好き。大好きだよ。本当は一緒に暮らしたかったけど、お姉ちゃん達を幸せにするためだと思って勉強を頑張ったんだ。モモを褒めてくれる?えっへへ、ありがと~。ねぇ、お姉ちゃん。頑張っているご褒美にモモをギュ~って抱きしめて欲しいな。そして山で遊んで、夜はパーティーして、姉妹でお風呂に入って、お布団で寝て、童話の絵本を読んで……。今日だけ昔みたいに寝かしつけてくれたら凄く嬉しいの」


モモは幸福に(ひた)った笑みを浮かべながら、そこそこの声量で独り言を垂れ流した。

そんなとき、いきなり会場ホールの天井に大きな穴が出現する。

ただし穴と言っても、それは建物が破損して開いてしまったわけでは無い。

よく見れば形状が曖昧な穴であり、この異常現象に大勢が声を荒げた。


「おい!?上のアレは何だ!?ヤバいぞ、急いで離れろ!」


「あぁお姉ちゃ……ふぇ?」


慌ただしい気配によりモモが我に返った直後、穴から大量のモノが一気に噴出された。

それは骨董品、家具、貴重品、宝石、道具、人形、材料、薬品、芸術品、更に何らかの残骸などメチャクチャだ。

どれも怒涛の勢いで床へ落下していき、本能で危機感を覚えてしまうほど乱雑で騒々しい。

そんな土砂崩れ同然の状況がしばらく続いた後、最後は人間が3人と白銀の巨竜が1匹飛び出して来る。


「ひゃっは~!直行で到着~!!」


浮かれすぎて、理性が失われているとしか思えない歓喜の雄叫び。

それは楓華の声で、無事の帰還を報せるものだろう。

しかし、どう考えても厄介な登場方法だ。

加えて会場を散らかした惨状を目撃したモモは顔を引きつらせ、正気に戻った目つきで呟いた。


「マズイですね。これは知らない人のフリをするのがベストな選択です」


「あっ!モモちゃん!ほらほらほら!そんな忍び足でどうしたんだい!?」


「はぁ、どういうテンションですか……。もしかしてフウカさん、雛壇(ひなだん)芸人でも目指しています?」


元から発見される流れだと分かっていたので、モモはあっさりと受け入れて刺々しく言い返した。

一方、楓華はハイテンションのまま跳躍し、接近するなり少女の手を嬉しそうに握った。


「さぁ、もう逃がさないぞ!アタイの恩を売りつけられたからには、籍を入れる他ないからな!はい、ディフェンスー!」


新手(あらて)の押し売り&勧誘詐欺でも思いつきました?それより冗談ばかり言ってないで、まずは報告して下さい」


「そだね!無事に解決して、あと目的の絵も見つけておいた!」


楓華が指先を動かすと、積み重なった荷物の山から1つの額縁が抜け出してきた。

それから彼女の手元へ浮遊するものだから、モモは目を丸くする。


「この墨絵ですか。とても迫力があって立派ですね。それにしても……、フウカさんが念力を使えるなんて知りませんでした」


「ふっふっふっふ~。何を隠そう、窮地に陥ったとき秘められし超絶パワーが覚醒したからな!どうだい?スーパーアイドルみたいで凄いだろ!これからは楓華教祖として崇めてもいいよ!」


「思いついた言葉を片っ端から喋るのやめてくれません?雑にボケられても拾うつもりはありませんよ」


「これはボケじゃなく、舞い上がっているだけ!と~に~か~く~!あとはモモちゃんの記憶を戻せば万事おっけー!まぁ、そんな器用なことは無理だから言葉で伝えるけどな!おまけに図解や人形劇で楽しく授業してやるよ!」


「えぇ……、それって大丈夫ですか?既に覚えられる気がしないのですけど」


「安心しな!こう見えてもアタイは説明上手だからね!まずザバンザバンと波立つ海でアタイとモモちゃんが、ドーンびゅーんって飛んでいる時にブルブルしながら教えてくれたんだ!」


「あぁダメだ。絶対に理解できないタイプの説明だ。しかも気分が解放的になり過ぎて、お姉ちゃんと同じ擬音語一色の喋り方になってる……」


それでもモモは聞く耳を持つが、やはり説明されても情報が鼓膜を通り抜けるだけの始末だ。

その一方でミファは怪盗姿のまま、次元の穴から放出された荷物の山を漁っていた。

そんな熱心に物色する彼女を、魔術師コピーは疲れ果てた様子で見守りながら声をかける。


「君も、僕が集めて来たコレクションに興味があったのか?」


「その通り!だけど、ミファ……じゃない。この怪盗シドレ様に必要なのは金目の物じゃないぞ!」


「そうか。ちなみにプログラムアンチチートは、そこに落ちている水晶玉だ。それと精神干渉妨害の指輪と盗賊万能具、隠れ透明帽子と五感ジャックセットは反対側の箱に入っている」


「ありゃりゃ、他人様の心を勝手に読まないで欲しいなぁ」


「面倒な会話になる予感がしたからな。しかし、しつこく僕のことを嗅ぎまわっていたのは、そういう目的だったのか。自分の身を守る力も無いのに、ずいぶんと無謀だ」


「そんなこと無いよ?これでも逃げるための手段は確保していたから。おっとと、探しもの見っけ」


ミファは堂々とアイテムを掘り出し、あらゆるモノを小さな袋の中へ詰め込む。

その姿にコピーは便利なアイテムを持っているなと思いつつ、彼女の思考を読んだ。


「逃走手段って、異世界転移か。なるほどな。それだったら僕も執念深く追跡する気は起きない。宇宙中から1粒の砂を探すより面倒だ」


「それでも高位委員会とやらは、異世界転移した相手をあっという間に発見しちゃうらしいけどね。自称凄腕ジャーナリスト(いわ)く、無限にある全宇宙の全時間軸に干渉できるらしいから」


「さすがだな。あのフウカという女と同じで、僕には理解する気も起きない話だ」


コピーはすっかり気が抜けた雰囲気で応え、敵意も意欲も無い態度で無防備に休んでいた。

そうして周りが騒ぐ中で呑気に歓談していると、銀髪の男性と赤髪の男性の2人組がミファの方へ近づいて来る。

何やら2人とも威厳ある風格を纏っており、銀髪の男はドラゴンの尻尾と羽が生えていた。

そして赤髪の男性の頭には禍々しい角が生えており、まず赤髪の彼がミファに対して話しかけた。


「シドレちゃんよ。まだ必要なモノはあるか?」


「にゃは?律義にその名前で呼ぶなんて、誰?」


「フハハハ。我は貴様のファンの1人だ。(ゆえ)に探し物を見つける意思は尊重するが、他の賓客(ひんかく)も遠路遥々足を運んで下さっているものでな。可能であれば、この価値ある荷物たちを早く片づけたい」


赤髪の男性は、一スタッフにしては装った喋り方をする。

そのことが気になったミファは相手の方をみると、明らかに魔物でありながら正装の礼服をしていることが分かった。

だが、それとは別に彼女は思う所があり、念のため問いかけた。


「にゃは~、見た事ある顔だ。私のライブイベントの時に警備員から追い出されていた……、ユリユリ合衆国の魔王さん?」


「うむ、そうとも呼ばれるな。だが、今はまだ同人イベントの最中だ。(ゆえ)にペンネームを名乗ろう。我はユリジロウだ。ちなみに貴女(きじょ)のライブ配信では『荒らしやめろ!』や『そんなこと言って大丈夫?』と毎回コメントしている」


「うっわぁ。過敏に反応するタイプの杞憂民だ。ま、まぁ応援してくれている気持ちは凄く嬉しい……かな?」


「そう感謝されると報われる想いだ。これからも引き続き、絶え間ない自治活動に励まさせて貰おう。コメント欄の平穏を保つことは我の使命だからな」


「多分、コメント欄より国の平穏を大切にした方がいいよ」


「安心しろ。当然、そちらの自浄作用も抜かりない。ところで、前に応募した握手会チケットが外れてしまってな。そのことを後で話し合いたい。もちろん、ファンであるからこそルールを厳守すべきなのだが……」


「あぁはいはい。色々と終わった後にね?多分、ブラックリスト入りはしてないはずだから」


ミファは誰が見ても作った表情だと分かるほど、会話の流れに噛み合わない露骨な愛想笑いを浮かべた。

きっと本心では別のことを思っているのだろうとコピーは考え、さりげなく心を読んでしまう。


「手に負えないほど厄介そうだから、用事が済んだ直後に帰ろうと考えているな」


「にゃは!?ちょっと!根も葉もない推測は言わないで欲しいなぁ!」


「しかも、最悪の場合は異世界転移まで考慮してある。凄い覚悟だな」


「そ、それは自衛のために常に考えていることで、今の話とは関係無いよ!うん!」


「魔王に余計な刺激を与えたくないとも考えているとは。この魔王が世界中に痴態を晒したという(うわさ)は聞いたことあるが、もしや変態レベルは僕の理解を越えているのか……?」


楓華の一件もあり、どれほど探究しても世界は想像以上の未知で溢れているとコピーは改めて知る。

同時に、この魔王の記憶だけは死んでも欲しくない上に、素性すら欠片も知りたくないと本気で思うのだった。

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