81.異空間で戦う楓華と魔術師コピー
魔法術で構築された空間領域。
そこは至る所から無尽蔵の魔力粒子が湧き出ており、足元には魔法の渦が形成されていた。
その他にも魔法学に関する数多の技術と知識が結集しているため、もし知識人ならば感嘆の溜め息をこぼす事だろう。
しかし楓華からすれば単なる異空間であり、敵地だ。
だから不可視の大地に着地した直後、彼女は即座に魔術師コピーの気配を探りながらミファに用件を伝えた。
「ミファちゃん。アタイは相手の気を引くから、その間に他のことは頼んだよ。役割分担だ」
「にゃは?急に頼んだって言われても、具体的には何をすればいいの~?」
「色々と」
「えっ、ウソ……。もしかしてミファ様に参謀役を期待してる?作戦の立案なんて、か弱いアイドルができるわけ無いのに!?せめて方針くらい教えて欲しいって、あんれぇ~?」
ミファが情けない声を漏らした頃には、既に楓華は彼女の手を放して駆け出していた。
それに脚力も相まって、もうミファの視界から外れている。
行動が早いを通り越して迂闊だ。
それでもミファはとりあえず自分の役割を考えてみようとするのだが、まず真っ先に当然の考えが頭によぎった。
「ちょっと待って。勢いに任せて来ちゃったけど、そもそもミファ様の役割って案内人だったような?こんなの場違いでしょ……」
ミファはドラゴンが迎えに来ないかと淡い期待を抱き、頭上を見上げる。
だが、そんな安易に出入りできる空間で無いことは誰が見ても明白だ。
そのせいで彼女はあっさり観念する他なく、投げやり気味ながら気持ちを切り替えることにした。
「にゃっはぁ~!ここまで来たら仕方ない!友のためでもあるし、もう一肌脱いであげようぞ!それもアイドルのミファ様としてじゃなく、怪盗シドレ様としてね!とりゃあ!」
そうしてミファは自前のマジックアイテムを取り出し、大きく振りかざした。
その同時刻、楓華は異空間を走り回りながらコピーの足取りを追跡していた。
けれど、どれだけ追跡しても対象を発見できず、早期解決を望む彼女は苛立って舌打ちする。
「チッ。近くに居るのは間違いないのに、姿を現さないね。それなら強引に引きずり出してやるよ。スゥー……。時雨流スキル・渇破ッ!!!」
楓華は強烈な震脚をすると共に覇気ある短い雄叫びを轟かせた。
どちらも異常現象を引き起こすほどの爆発力が備わっており、周辺の景色が激しく揺らぐ。
また揺らぐ現象は広範囲へ広がっていき、とある箇所に不自然なモザイク模様のノイズが走る。
そのノイズの出現を楓華は見逃さず、瞬時に攻撃態勢へ転じた。
「時雨流スキル・掌弾!」
彼女が平手の正拳突きを素早く放つと、衝撃波が巻き起こってノイズに襲い掛かった。
正体は分からないが、その衝撃波は確実にノイズへ直撃する。
するとノイズは人影の姿を現しながら転がっていき、すかさず楓華は接近しつつ技を繰り出した。
「撃鉄!脚砲!ミル流武術・スパっと横蹴り!」
全身を使った裏拳の振り落とし。
低姿勢の中段回し蹴りによる打ち抜き。
そして流れる勢いを緩めず、更に加速をかけた回転の足刀。
どれも一撃必殺に相応しい威力が伴っており、山を跡形も無く消し飛ばせるほどの体術だ。
だが、攻撃を受けた黒い影は少し後退りするのみで、せいぜい体勢が崩れた程度だった。
おそらく与えられたダメージはほぼ皆無だ。
そのため人影は平然とした振る舞いを見せ、更に魔術師コピーの声で喋り出す。
「驚いたな。たかが打撃なのに、シールドを張って無ければ……」
「内部研削撃・連!」
楓華は相手に喋る時間を与えず、すぐさま接近して曲線を描いた両パンチを打ち込んでいた。
それは継続的にダメージを与える技であり、敵が張っていたシールドは窓ガラスが割れたように飛散する。
これに相手は戸惑いを覚え、まだ人影の姿でありながらも動揺した顔が目に浮かぶ反応を見せた。
「素手で魔法破壊なんて、こいつ本当に人間か?」
「殺戮スキル・大天使抹殺の楽園」
楓華が発したとは思えない技名に加え、その本人の顔つきは冷徹なモノとなっていた。
そして相手の頭部、喉、胸部、腹部が消失する。
消し飛ばしたのか、抉ったのか、打ち抜いたのか。
もしくはどれにも当てはまる技だったのか。
どういう技であれ、相手に完全なる即死を与えたのは確実だ。
だから間もなくして黒い影は瓦解し、砂山が風で崩れ落ちていくように霧散していった。
しかし、それでも魔術師コピーの声が絶えることは無い。
「素晴らしいな。君には驚かせられてばかりだ。しかも、今のスキルは不死身殺しだろう。そんな物騒な技、一体誰に教わった?」
「さぁね。ただ不完全なのは自覚しているよ。アタイ程度の練度じゃあ、並の敵を即死させられるかどうかだ」
「酷い謙遜だな。現時点で、下位の不死身くらいは殺せるはずだ。とは言え、君が相手しているのは僕の分身であるため、技の練度なんて関係無い話だ」
「あっそ。それじゃあ、さっさと本体を出しな。アタイは急いでいるんだ」
「君は威勢が良いな。ただし教えておいてあげるが、この空間内において僕は全知全能の神と同格だ。つまり、早めの降参をオススメするよ」
そうコピーが言った直後、先ほど倒した黒い影と同一の存在が無数に出現した。
更に屈強な怪物らしき影も追加されており、楓華が得意とする接近戦でも圧倒しようとする意図が透けて見えた。
しかし、それより問題なのは数の暴力であると同時に、1つ1つが楓華以上の実力を持った脅威であることだ。
それをコピーは確信しているため、自信満々な態度で囁いた。
「強気の女性を屈服させ、泣き顔で懇願させるのも悪くない。さぁ僕に恐れ戦き、自分が軽率で愚かだったと思い知ってくれ。それが僕からの願いであり、神の命令だ」
「はぁ……。どこまでも調子に乗った悪ガキだねぇ。いいよ。なら、負けた方が相手の命令を聞くこと。それくらいの約束は守りなよ」
「魔法学術で言えば、それは約束では無く契約だ。フフッ、本当に面白い。いいだろう。好奇心そそる話だ。僕が勝ったら屈服させるのみならず、君の記憶を根こそぎ奪ってやる」
「あぁ、そっちが勝てばね。そしてアタイが勝ったら大人しく投降しな」
楓華が会話に応じ終えた瞬間、一撃で大陸を崩壊させるレベルの破壊魔法が周囲から唱えられた。
あまりにも理不尽であり、この一度の猛攻で決着をつける気だ。
だが、楓華は冷静にタイミングを見極め、どれだけ絶体絶命の状況でも適切な判断を下した。
「時雨流スキル・雨垂れ花弁」
彼女は敵の多種多様な破壊魔法を流麗に逸らし、他の魔法と相殺することで抵抗した。
しかし、次の瞬間には魔法による大幅強化を得た影の怪物たちが襲って来る。
完全無欠と言えるほど隙が無い魔術師コピーの策略。
しかも相手は特殊な魔法を活用することで、より楓華を追い詰めようとしていた。
「良いな、もっと足掻いてくれ。刹那の無数加速、認識の断絶阻害、幻影の幻覚楽園。さぁ、まだまだ僕の魔法をお披露目してやるよ……!」




