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80.高位存在を理解して魔術師に歓迎される

夕闇の空を駆けながら羽ばたく巨竜。

その巨体の背には楓華とミファが乗っており、魔術師コピーの隠れ家があるという場所へ向かっている最中だ。

そうして移動している途中のとき、ある事に気が付いた楓華は大地を見下ろすミファに問いかけた。


「そういえば1つ、アタイの中で疑問があるんだよね」


「にゃはん。なになに~?」


「アタイがユリユリ合衆国へ行く前に聞いた話なんだけど、転移させられない貴重品があるって言われたんだ。だから荷物によっては船や車で運搬する必要があるってさ」


「そうだね!それについてはミファ様も共通認識だぞ!」


「あぁ。でも、そのコピーって奴は明らかに転移を悪用して物を盗んでいた。今回の件に限らず、トラックの貨物を丸ごと盗んだのも同じ手口のはずだ。これはつまり……転移させること自体は不可能では無いってことだ」


「ミファ様は自力で転移させられる技を持って無いから断言はできないけど、そうなるんじゃないかな?ただ、そのアイテムに傷がついたり機能や効力を損なったり、結果的に品質が落ちるとは思うけどね」


品質が落ちる。

それは盗人にとって避けたい事態だろう。

もちろん、相手からすれば入手できなければ元も子も無い話かもしれない。

だが、あれだけ高い能力を持っている犯罪者ならば、とにかく入手できれば良いという安っぽい考えに至るとは思えない。


そして相手が品質に(こだわ)って無いとしたら、別の目的でアイテムを盗んでいることになる。

そこまで楓華は考えたが、魔術師コピーという人物像を把握しているわけでないことが、推測する一番の障害となった。


「じゃあ……コピーは何を考えて盗んでいるのやら。遅かれ早かれ、こうして目を付けられるのは分かっていただろうに。しかも、あれだけ力があるなら金銭面で困るわけが無い」


本来、楓華の立場からして相手の都合を理解しようとする必要は全く無い。

それでも気にしてしまうのが彼女の性分であり、そのおかげで異世界転移しても友好関係の幅を広げられてきたと言える。

だから彼女は続けて必死に考え込むわけだが、巨竜マイケルがさり気なく答えを与えた。


「趣味だな」


「はっ?趣味って……盗むことが?」


「正しくは生物や()から記憶を盗み見たり、模造品を作るという目的があったりするかもしれないな。だが、貴殿の推測通り営利目的では無いだろう。高位存在に近しくなるほど、そういう特殊な趣味趣向に傾倒するものだ」


「ははーん。さてはマイケル、アタイに小難しい屁理屈(ヘリクツ)を言ってるね?」


「我の第六感によるものだが、これはフウカ殿にも当てはまる事象だ。フウカ殿の目的や志も、他者からすれば特殊に映るはず。どうだ?」


「急にどうだって訊かれても、アタイは自分の信念に疑問を持つタイプじゃないからなぁ」


これまで真っ直ぐ突き進んできた楓華だが、一応ここで自分自身のことを(かえり)みる。

彼女の目的は姉妹と幸せに暮らすこと。

そのために借金返済の目処(めど)、村の発展、安定した収入を得ようと多くのことを実行して成し遂げている。

結果的に見ても正しい選択であるし、予想以上の成果まで得られている。


だが、これほど大規模な変革が必要な目的だったかと問われれば、さすがにありえない話だ。

本当に目的のみを最重要視するならば手短な手段に妥協できたはずだし、幸せの度合いもわざわざ最高レベルを求める必要が無い。


詰まるところ『楓華が個人的にそうしたいと思った』が一番の動機だ。

そして趣味と同じで実りある達成感を求めており、目的より過程を重視して楽しんでいる。

これは楓華が元から高位存在の領域に踏み込んでいる表れで、同時にコピーという人物の考えが少しだけ分かった気がした。


「あー……。要するに、コピーは自分の心に対して素直なワケか。そして、こうして追い詰められる事も、相手は趣味の範疇(はんちゅう)だと思っているのかも」


「そうだな。一般的に高位存在は理解し難いと言われるが、それは己を貫き通せる力が大前提となっているからだ。そして何が起きても揺るがないがために、どのような事態も(こころよ)く受け入れる曲者と()す」


「そっか。うんうん、やっぱりアタイには分からないわ。まぁアタイもどんな緊急事態が起きても楽しんじゃうし、友達のクロスもそういう気質があったような覚えはあるけどね」


「クロス?あぁ殺戮の英雄か。奴こそ典型的な一例だな。あとはスーパーマーケットの魔女店長も、創造神とは思えないほど俗世の商売を楽しんでいる。そして我も、龍神でありながら今の状況を楽しんでいるぞ」


「ん?ごめん。アタイの理解力だと、不意に情報量マシマシされても困るなぁ」


楓華なりに納得したらしく、話題が別方向へ逸れ始めた。

そんなとき、まだ上空に居るのにどこからともなく魔術師コピーの声が聞こえてくるのだった。


「魔法陣展開・記憶認識の呪縛洗脳(カースオブメモリーズ)


直後、夕闇の空は宇宙の景色へ変貌する。

大地や建物は視界から消え、無数の星の光りが巨竜と彼女達を包み込んだ。

この事態に焦るのはミファだけであり、マイケルは落ち着いた声色で楓華に問いかけた。


「高度な魔法術だ。我の助力は必要か?」


「大丈夫。せっかくだし、コピーの趣味に付き合って来るよ。そして遊びの度が過ぎているって悪ガキを叱る」


「そうか。では、必要な時に我の名を呼ぶといい。サプライズは大好物だ」


「あっはははは。ったく、本当に曲者ぞろいだね」


そう言いながら楓華は焦るミファの手を掴み、マイケルの背から勢いよく飛び降りた。

ミファからすれば問答無用にして無謀な行動だ。

そのせいで彼女は変わりゆく状況に慌てながら盛大な悲鳴をあげた。


「ちょっとちょっとちょっと~!?フウカちゃん!?なんでミファ様も道連れにぃ~!?」


「ずっと記憶共有させておきな。そうすればミファちゃんの記憶が奪われても大丈夫だろ?」


「あれれ!?いや、そのために手を繋ぐのは理解できたけど、いくらミファ様でも心の準備が必要ということを知ってて欲しいなぁ!」


「あいにく、こうして先手を打たれたら準備する暇は無いよ」


もっともな事を言っているように聞こえるが、ミファは彼女の発言にツッコミ所が多いと感じていた。

なぜ飛び降りたのか、なぜ状況を把握する前に行動したのか、なぜ最低限の報連相(ほうれんそう)も取らず実行したのか、そもそも相手の前までドラゴンに連れて行って貰うべきでは。

残念なことに、どれだけ的確なツッコミが思いついても後の祭りだ。

既に身は宙へ投げ出され、深淵の闇と星々の輝きに満ちた空間の奥へ2人は突入する。


「にゃっは~!これって落ちてるのかな!?それとも上昇している可能性も無きにあらず!?」


「多分、(ただよ)っている」


「ワァオ!最高!」


もはや喚いても仕方ないと思い始めたのか、ミファは一周回って愉快な気分に浸り出した。

だが、相手はその僅かな余裕を奪う手段へ出る。

果てが見えない空間の深部から無数の流星が飛び交い、銃弾の雨のように楓華達へ向かって来ていた。

1つ1つの塊が大きく、どう見ても直撃すべきでは無い流星群だ。

これにミファは死を覚悟し、この時点で早くも遺言を口にする。


「あぁ……。ファンと仕事仲間のみんな、ごめんね。あとゲーム仲間達よ、ミファ様のアカウントは残すようお願いしておいて。それとレモネードさん、ヒバッチ、モッチ……」


「ミファちゃん、色々と気が早いよ」


楓華は一直線に襲い掛かってくる流星へ手の平を向け、真正面から受ける構えを取った。

傍から見れば抵抗するための行動とは思えず、ミファには理解できない。

しかし、彼女は流星が触れる直前に柔らかくしなやか(・・・・)な手つきの動作を披露した。


「時雨流スキル・雨垂(あまだ)れ花弁」


効果を与えるというスキルへ昇華された楓華の武術。

それは非常に効果的であり、流星群の軌道は彼女達から極端に外れた。

そのため流星同士が衝突し合い、激しい爆音と共に光る破片が飛び散る光景となった。

スキル1つで捻じ伏せるのは凄まじい出来事だ。

また、ミファは初めて楓華の実力を目の当たりにしたので感嘆の声をあげた。


「にゃっははは!これは凄い!フウカちゃんって、こんな事ができるんだ!?」


「前にクロスって言う友人と手合わせしたとき、色々と編み出してね。特にアタイは魔法が使えないから、念入りに魔法対策してあるよ」


「ワァオ、順応性すご~」


「とりあえず正面突破はアタイに任せな。なんでも対応できるワケじゃないから、その時はミファちゃんにも頼むよ」


「うん?頼られるのは嬉しいけど、これは……にゃっは!もう腹はくくったぞ!このミファ様にドンと任せてくれぇ!」


規模が違いすぎて対処できるわけが無いとミファは確信していたが、文句ばかり言っていられないと決断する。

そして2人は深淵の遥か奥へ落ち進み、やがて魔法の結界空間に辿り着くのだった。

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