8.ミルとの手合わせは苛烈で優雅にお上品に破壊
ミルは踏み込むと共に遠慮ない攻撃を打ち出す。
「ミル流武術・スパッと横蹴り!」
「センスある技名だね」
子どもっぽさ全開の技名で、ミルは大声をあげながら空中回し蹴りを放った。
しかし、彼女の華奢な容姿と技名からはかけ離れた威力が発揮される。
ミルの回し蹴りは掠りもしてない竹を大量に切断している上、周囲の地面も深く抉った。
その数瞬後に竹林全域を揺るがす烈風と地響きが発生するため、もはや破壊兵器と遜色ない影響力だ。
巻き起こる土埃も凄まじく、いつのまにか地面へ伏せていたヒバナとヴィムも咽込んでいた。
「ごほっごほっ。もうあの子ったら、また強くなっているわね。ほんと成長期って凄いわ」
「たぶん全力ですよ。けほっ……。あぁ眼鏡が汚れて何も見えない……。それよりフウカ氏は無事でしょうか」
「さぁ?私が実況できる領域じゃないから分からないわ。って……ぺぺっ、口に土が入ったわ」
根本が両断された竹が倒れ込む中、案外2人は落ち着いていた。
ミルの実力を把握している2人にとっては日常茶飯事で、今更慌てる状況では無いのかもしれない。
一方、ミルは冷静さと驚き半々という様子で固まっていた。
「うわっ。フウカお姉様ってば凄いね」
「それはアタイへの賞賛かい?それならありがとう」
肝心の楓華は、微動だにしていなかった。
攻撃される前から一歩も動いておらず、また髪の毛1本すら乱れてない。
ミルがあれほど飛び抜けた規模の攻撃ができるからには、その正確性や精密性も並外れているはずだ。
つまり外すわけが無い。
それなのに楓華が無傷どうこう以前に余裕を保っているのは、これはこれで理解不能に等しい話だった。
「もしかしたらフウカお姉様って、ミルが思っているより強いのかも」
「そうかもね。だからミルちゃんも、もう少し試合に勝つつもりで攻撃して良いよ」
「うん、じゃあ遠慮なく行くね。ミル流武術・クマさんズの行進パレード」
やはり子どもっぽいネーミングセンスだが、これまた同様に技名からは考えられ無い威力の体術だ。
鋭く速い連撃で、正確無比にして急所必中。
それでいて一撃必殺の破壊力で竹林の一区域が消失するほど。
だが、楓華は必要最小限の動きだけで攻撃を払いのけていた。
しかも防御と回避に徹している中、平然とした口調で喋り出す。
「ミルちゃんは強いな。隙を見逃さないし、フェイントも上手。何より1つ1つの動作が洗練されているから、もう完璧だよ。他にも環境を有効活用しているしね」
「完璧!?それなのにフウカお姉様に通じてないって、おっかしいでしょ!」
ミルは足元に落ちていた竹を拾い、素早く振るう。
その一振りは遥か頭上の雲をかき消す衝撃波を生み出していたが、それでも楓華の衣服を乱すことができない。
むしろ手元から竹を弾き飛ばされる始末だ。
「これも通用しないの!?」
「アタイの勝手な持論だけど、完璧より上が究極ってやつさ。極めるとなれば、もっと鍛錬が必要だとアタイは思うね」
「じゃあ、ミルにフウカお姉様の究極を披露して下さい!」
「そうだね、おおよその実力は分かった。それに指導は得意じゃなくても、少しくらいなら稽古をつけてあげられるよ」
言いきった直後、楓華は忽然と姿を消した。
そして彼女の気配を察知できないと、ミルが戸惑った瞬間だ。
楓華はミルの両肩を掴みながら押し倒そうとすることで、体勢を大きく崩してきた。
「こ、この!」
ミルは後ろへ倒れかける最中、すかさず片足で体幹を支えた。
同時に軸足を整え、渾身の力で楓華の頭部を蹴り上げようとする。
しかし彼女は軽々と見切って、ミルの足刀を紙一重で躱すのだった。
「おっとと、切り換えが早いね」
「まだまだ!」
ミルは怯まず、更なる反撃へ移ろうとした。
だが、先に楓華が少女の軸足に軽やかな足払いをかけ、完全にバランスを奪う。
ふわっと舞うミルの華奢な体。
その間に楓華は掴んでいた両肩を離しつつ、流れる動作で少女を抱え上げるために両腕を回し直すのだった。
結果、目にも止まらない速さで彼女はミルをお姫様だっこしていた。
「これでどうかな、ミル女王陛下」
「なっ、なっ!?も、もうもうもう~!こんな、うぅ~!?」
楓華がウィンクすると、されるがままに抱えられたミルは顔を真っ赤にして暴れた。
子ども扱いなんて嫌い。
そう強く主張したいはずなのに、こうしてお姫様だっこされている状況が訳も分からず嬉しかった。
とても理屈では説明しきれない高揚感。
また強い人に全身を委ねている状態に、なんとも言い表し難い安心感と優越感を覚える。
それでも言い返したい気持ちが抑えきれず、ミルは強引に文句を捻りだそうとした。
「こんなの手合わせじゃない!お遊び、お遊びお遊びお遊びぃ~!」
安易に連呼するあたり、訴えかけたい言葉が何も思いつかなかったのだろう。
何であれ決着がついたという認識は持っているらしく、ジタバタと手足を振って暴れるだけだ。
この事態に気が付いてヒバナとヴィムは近寄って来るが、観戦していた彼女らとしても疑問が残る手合わせだったようだ。
「これは一応フウカ氏の勝ちになるんですよね?あの負けず嫌いなミルが戦意喪失していますし……」
「フウカちゃんは強いわね。でも、フウカちゃんの攻撃が相手に通じるかどうかは不明なままだわ」
ヴィムの意見は正しく、もしかしたらミルも楓華の攻撃を華麗に捌いていた可能性がある。
ただ当の本人は軽く笑って、真っ当なことを言い出した。
「よくよく考えたらさ、アタイを慕ってくれる人を傷つけるわけにはいかないっしょ」
「それは納得ね」
「あと、相手を傷つけずに制圧するのが究極の武ってね。……なんて、これはさすがに気取り過ぎかな?にへへへっ」
楓華は恥ずかしいことを言ったと思い、照れ隠しするために微笑んだ。
動揺しているのか、ちょっと下手な作り愛想笑い。
それは可愛らしく、美しく、それでいてカッコイイ強さが滲み出ているのだから3姉妹は共通して同じことを思った。
『フウカは私達を褒めてくれるけど、どの点においても彼女の方が魅力的な女性』だと。




