76.保管室で目的の絵を見つけるも、記憶まで窃盗される
そうして一段落ついた後、早速ミファはイベント関係者だけが利用している通路へ案内してくれるた。
「さぁさぁこっちだ!焦らず押さず、全力で歩こうな?」
まだ食べ終えた直後なのに、ミファはスキップ同然の足取りで前を歩く。
それは案内人というより、自分が進みたい道をマイペースに突き進んでいるのと同じだ。
だから追いかけるのが大変であるし、ずっと大声で会話を続けているから目立つグループと化していた。
そんなお転婆調子のままミファが案内してくれた先は、また別の大ホール会場と思わせるほど広大な空間だった。
「広くね?」
楓華がぼやく。
大量の貴重品や芸術品、更に巨大ロボットが保管されている光景を前にしているが、それより先に広さを言及するほど異様なスペースだ。
また、大勢のスタッフが忙しくチェックを取っており、そろそろオークションの開催が近いことが雰囲気から伝わってきた。
それでもミファはお構いなしに足を進め、荷物運びしているスタッフ達の隣を通り抜けながら説明した。
「にゃっはっはっは、ここは空間圧縮技術が活用されているからね~。多分、街の一区間ぐらいあるんじゃないかな?」
「具体的にどれくらいか分からないけど、とにかく建物内とは思えない広さって事か。そういえば、遊園地のプール施設も同じ原理で広かったなぁ」
楓華は感心しつつ、晒し状態のまま台に置かれていた土器らしき骨董品にさり気なく触れた。
その瞬間に骨董品は破損してしまい、彼女は慌てて欠片を繋ぎ合わせてからミファの後を追う。
それから先頭を歩き続けていたミファは、仕切り用の壁一面に飾られている大量の絵の前で足を止めた。
「さてとさてと、どれがお求めの絵かな?」
どの絵も作者が異なるのか、素人でも一目で分かるほど独創的で個性が滲み出ていた。
それぞれ活用している画法や絵具が違い、使用するキャンバスも異なるが全て等しく優れている。
祭典のオークションで出品される作品と考えれば、どれも秀逸で感動的なのは当然の理屈になるのかもしれない。
しかしモモは他の絵には一切の興味を示さず、ただ黙々と目的の絵へ向かって歩き、1つの墨絵を見上げた。
「これです」
それは墨で描かれた滝壺の風景画。
墨なのに他より一段と色鮮やかで、立体的な躍動感は鑑賞する者を圧倒させる。
まさしく素晴らしいの一言に尽きる絵であり、楓華とミファは少女の隣に立って眺めた。
「すっご、これ墨絵ってやつでしょ。アタイ、ちゃんと鑑賞するのは初めてだけど、一度見たら忘れられない力強さを感じられるよ」
「お姉ちゃんのお母さん……ヤシ様は、旦那様とずっと新婚旅行をしています。そしてヤシ様は旅行先で見た風景を描いていると、昔お姉ちゃんが教えてくれました」
「そうなんだ。つまり、この絵を通して同じ光景を見ているって事になるんだね」
「はい!だから、きっとお姉ちゃんは喜んでくれます」
モモ本人は気が付いてないみたいだが、その時の表情は既に満足気で幸福そうだった。
おそらく姉が喜んでくれることが至福の1つになっていて、プレゼントするときの期待が大きく膨れ上がっているのだろう。
また絶えず騒ぎ続けていたミファも空気を読み、大人しく墨絵を眺めていた。
そんなとき、ローブを着た男性が彼女ら3人の前を横切る。
まだ熱心に鑑賞している最中なので、絵と彼女達の間が狭いのにも関わらずだ。
当然、こうなれば男性に対して注目が集まるはず。
しかし、なぜか3人揃って気が付かない不可思議な状況となっていた。
そして遅れながらも最初に反応を示したのは楓華だが、それでも男性が通ってから10秒近くは経っている。
更に数秒後、楓華は墨絵が消えていることに気が付くのだった。
「はっ?いったい何事?」
合わせてモモとミファも戸惑う。
だが、2人が戸惑ったのは全く別の理由だ。
「あれ?私達、なんで壁の前で呆然としていたんでしょうか?」
「にゃっはっはっは。しかも全員で立ち尽くしていたじゃん。変なの~」
モモは自分自身の行動に困惑する一方、ミファは日常的で能天気な笑顔を浮かべる。
ありえない事態。
これに楓華は胸騒ぎを覚え、慌てて2人に強く言った。
「ちょっとちょっと!ここにあった絵が消えたじゃないか!?」
「消えた?あの……フウカさんは何を言っているのですか?それに私は付き合いは良い方ですけど、わざわざ自分から絵を見に行ったりしませんよ」
「嘘でしょモモちゃん!?こんな時にとぼけている場合じゃないだろ!大事な絵が……?」
楓華は思い出そうとしたが、どんな絵だったか脳内に浮かんでこなかった。
少なくとも大切で、モモにとって大事な目的だった。
それだけは認識できて、その直後に彼女は直感的にローブの男性を追いかけようとした。
「あ~自分でもワケが分からない!でも、とにかく追わないとダメだ!」
楓華は急いで正体不明の男性の姿を探そうとした。
だが、見渡したとき更なる異変に気が付く。
この空間に保管されていた多くの貴重品類が消失している。
さすがに巨大な物はそのままになっているが、唐突に減っているのは一目瞭然だった。
しかもスタッフ達までモモと似た反応を示しており、誰も慌てて動き出している様子が見受けられない。
楓華以外の全員が非常に落ち着いて、空間全体が異質な空気に包まれている。
「これって、まるで記憶でも奪われたかのような状況じゃないか。くそっ!」
楓華は悪い状況を迎えている上に手遅れだと確信し、暴言を吐いてしまう。
それでも彼女は冷静さを失っては無い。
即座に耳を澄まし、優れた聴力で違和感ある音を察知した。




