75.ミファ様と再会して豆乳の盃を交わす
楓華は自由気ままに遊ぶことを優先している辺り、彼女の中では懐中時計に対する優先順位が低いのだろう。
元より彼女の最終的な目的は3姉妹と幸せに暮らす事だから、自分の持ち物が必要不可欠かと言えば全く当てはまらない。
ただし、目先の目的を放棄するほど怠惰なわけでは無く、彼女は表に出さないだけで思考放棄はしていなかった。
何であれ2人はフードコートで食事を取る。
だが、相変わらず楓華の食べ合わせは個性的であり、アイスパンケーキに干し肉パフェ、燻製虫サラダや揚げスライムの魚包み焼きなど、手当たり次第に挑戦してしまう。
そのせいで口に合わず食べきれない物もあった始末だが、お祭り特有の賑やかな食事会はコミュニケーションツールになる。
そして2人は簡易的に設置された丸テーブルを陣取り続け、ゆっくりと時間を過ごした。
「あー、豆乳ミルクうまうま~」
楓華は胃の中で多様な料理が混ぜ合わさった結果なのか、身に染みる表情で豆乳を味わっていた。
その豆乳は紙カップに注がれており、使い捨てストローで飲むので色々と安っぽいだろう。
それでも彼女にとっては丁度良い清涼飲料で、今一番に求めている飲み物となっていた。
しかしモモは少し怪訝そうな目で観察しており、警戒した口調で喋り出した。
「豆乳、お好きなんですか?」
「ううん、全然。でも、こういうのって衝動的に飲みたくならない?体がこの成分を欲している~みたいな」
「どうでしょう。私、一応鬼族なので感覚が異なるかもしれません」
「あっ、そっか。そういえばモモちゃんは鬼だから豆はダメなのか」
「話がすり替わっていませんか?たしかに私は豆が苦手です。だけど、だからと言って絶対に無理という程では無いですよ」
「ふぅん。じゃあ飲んでみる?」
「いえ、丁重にお断りします」
モモは強い語気かつ早口で即答する。
おそらく本当は一滴も摂取したくないほど苦手で、強がりで言っているだけなのだと楓華は察した。
苦手な事くらい素直に告白すればいいのに、なんとも意地っ張りだ。
そう思いながら楓華が飲み続けているとき、とある女性が明るい声で話しかけてきた。
「やぁやぁカワイイお二人さん、相席いいかな?他に席が空いて無くってさ~」
かなり快活な喋り方で、どこか浮ついた声色は楓華に似ている。
そして楓華は相手の顔を見る前に了承して、座りやすいように使われていない椅子を後ろへ引いてあげた。
「あぁ、いいよ。ちょうどアタイらは会場を見て回ろうとしていたから」
「えぇ~もう行くの?せっかくだからお話したなぁ。このミファ様と初対面って訳じゃないからさ!」
相席を求めてきた女性が名乗りながらグイグイと迫って来るので、楓華は遅れながらも女性の顔を見た。
すると友人と呼べる関係では無かったものの、間違い無く知り合いの女性だ。
淡い栗色と黄金の瞳、更に華あるオーラを全身から放っている元気っ子アイドル……ミファだ。
これに気が付いた楓華は少し驚き、それから自分の席に座り直して接する態度も変えた。
「あらら、マジでミファ様じゃん!よおよお、元気にしてた~?」
「にゃっはっはっは~!ミファ様はずっと元気だぞ!そっちも元気そうで何よりだ!」
ミファは爆発的な元気と笑顔を披露しつつ、抱えていたお盆を置きながら勢いよく着席する。
そして彼女は既に付き合いが長い友人みたく心を許しており、頬杖を突いて喋り続けた。
「今回ミファ様は、イベントのゲスト出演やらサークルの手伝いで来ててな~。要するに例の如くお仕事ってこと!いやはや、アイドルは大変だよ!ちなみにお2人さんはデート中だった?」
「デートではあるけど、アタイ達の方では色々と大事な用事があってね。おっと、先に紹介しておくよ。こっちの天使みたくカワイイ子が天才科学者のモモちゃんだ」
楓華が紹介するとモモは小さく頭を下げた。
「初めまして、ミファさん。ところでフウカさんに確認しておきたいのですけど、もしかしてミファさんがアイドルって事は移動中に話していた……」
「ん?あぁ、アタイが現場中継へ突入して知り合った相手だね」
「うわぁ、やっぱり……。ミファさんが特別フレンドリーな人柄で良かったですね。普通なら敬遠されていますよ」
わざわざ強調して伝えるまでも無いほど、もっともな意見だ。
だが、ミファ本人は気兼ねない物腰で答えてくれた。
「このミファ様はありとあらゆる相手に寛容だから、ちょっと迷惑をかけられたくらいで邪見にはしないぞ。悪気さえ無ければ、みんな友達だ!つまりモッチとも友達!あとフウカ……で合っているよね?」
「やべっ、そういえばアタイ自身は一言も自己紹介してなかったわ。アタイは時雨楓華だ。改めてよろしくな」
「よし、それじゃあフウカちゃんよろしく!それにしても、ずいぶんと気合いが入った格好だね!まさかバニーガールとは!扇情的でエロいぞ!」
「そう言ってくれて嬉しいよ。残念ながら、ここら辺の種族にはアタイの色気が通じないみたいでさ。この恰好で警察へ行っても気にも留められなかった」
「にゃっはっはっは~、フウカちゃんはどこでも恐いもの知らずで大胆なんだね~。ここで下手に素肌を晒していると、獲物だと勘違いされて捕食されちゃうんだから!」
「そうなの?あっちこっち散々歩き回った後なんだけど、そんな気配あったかな」
楓華は普段から周りの視線を気にかけたことが無いため、頑張って思い返しても心当たりが無かった。
実際どれほどミファの言葉通りなのか不明だが、充分にあり得そうな話に聞こえるから治安によるのかもしれない。
そう楓華が解釈している間に、お喋り好きのミファは間髪無く次の話題へ移した。
「見たところお2人さんは、何かもかもが初めてなんでしょ?それだったら、このミファ様が案内役を買って出ても良いぞ。ミファ様1人であれこれ挨拶回りするのも、事務作業っぽくて退屈だしな~」
「いいの?」
「もっちろん!そしてミファ様が培ったリポーター力を見せて進ぜよう!あぁでも、見て回るだけじゃなく大事な用事もあるんだって?」
「用事と言っても、気分次第ですぐに片づけられるモノじゃないよ。例えばオークションで絵を競り落としたり、盗難事件の真相を追ったりだね」
正しい説明だが、これだけ聞いても関連性がチグハグで相手は事情を呑み込めないだろう。
特にオークションの件は察せても、盗難事件なんて無数に起きている。
そのはずなのにミファは何度も大きく頷き、すっかり理解した態度で応えてくれた。
「にゃは~、なるほどなぁ~!まさかミファ様と用事が被るとは奇跡的だ~!」
「どゆこと?」
「いやいや~、今の発言は気にしないで良いぞ。それよりオークションの事だけど、ちょっとだけ先に現物を見てみる?」
突拍子も無い提案であるため、楓華は同じ言葉で再び問いかけたくなった。
だが、その前に大人しくしていたモモが前のめりになって反応する。
「そんなことできるんですか!?」
「おぉ、モッチの食いつきが良いね~。そんなに目的の絵がお気に入りなんだ」
「は、はい。どれだけの額になろうとも絶対に手に入れるつもりですから。でも、競売品は展示されているわけでは無いですよね。どうすれば見られるのですか?」
「おんやぁ~?もしや、このミファ様を甘く見てるなぁ?ミファ様は見ての通り交友関係が広いんだぞ。それに魔王も私のファンだから、ちょ~っと名前を出せば全員がペコペコして従う!」
「ミファさんはそこまで有名だったんですね。凄いです。ただ、フウカさんに通じるモノを感じて不安ですが……」
モモが見出した2人の共通点とは、どちらもお調子者で軽口なところだ。
特に、大げさな事を躊躇いなく言いながら有言実行しようとする大胆な性根が似ている。
それによって騒々しさは2倍となるが、気質が同類なので信頼関係が築けるのも早い。
もはや初めて出会う前から親友だったのかと錯覚するほど打ち解け、話は絶えず盛り上がり続けた。




