74.窃盗を調査して何も分からない事が分かったのでご飯を食べに行く
ユリユリ合衆国のドーム会場付近にて。
楓華とモモの2人は、まず懐中時計の行方を追うために窃盗事件の調査を進めた。
それは地元民への訊き込みのみならず、警察機関から重要な捜査資料まで手に入れていた。
しかし、それらで得られた情報は何らかの確信へ至らせるものでは無く、せいぜい事件発覚時の状況を大まかに知れたくらいだ。
それでも2人にとっては大きな進歩であり、実際の近辺を歩き回りながら当時の状況整理を行う。
「モモちゃん、まずは輸送経路の確認をしようか。とは言え、ざっくり整理したところ貨物船で海を越えて、港から街までは大型トラックで運ばれたってだけだね」
楓華はモモが愛用している小型端末機を借用しており、その液晶パネルには警察機関の捜査内容が詳細に表示されていた。
彼女はそれら膨大な情報に目を通し、簡潔にまとめて話す。
ずいぶんと手馴れた雰囲気で話してくれるが、それ以前のことでモモは気になることがあった。
「本当に捜査資料を手に入れて来たんですね。訊き込みしている途中で居なくなったと思ったら、事後報告で警察へ行って来たと言い出すから。凄いビックリしましたよ」
「モンスター社会なだけあって、アタイが想像していた以上に機密情報の管理は緩かった。ただ漏洩対策は甘くとも、この捜査資料はかなり役立つよ」
「本当ですか?それなら良かったです」
「まず犯行の痕跡は無く、訊き込みと監視カメラの映像でも不審な要素は発見できなかった。つまり積荷が盗まれたという結果が観測できたのみで、あとは何も手掛かりを得られず捜査は滞っているね」
「あれ?被害があった事しか分からない、って事ですか。では、運搬や管理など……それら各関係者の証言はどうなっていますか?」
「これは全員が覚えてないの一点張りだそうだ。そのせいで関係者達は共犯の疑いをかけられている。まぁアタイだけじゃなく、捜査本部も内部の共犯はありえないと思っているだろうな」
まだ有力な判断材料が無いはずなのに、楓華は外部の犯行だと断言する。
きっと、その判断に至る証拠や根拠に基づいた推測があるのだろう。
モモはそれについて詳しく訊こうと思ったが、それより先に話の流れを戻すことを優先した。
「ひとまず時系列順の話に戻しましょうか。積荷はトラックで街へ運ばれた。その次は?」
「オークションに出品予定だっため、会場の駐車倉庫へ運ばれる。しかし、いざドーム内の保管室へ移そうとした時にトラックとコンテナはそのまま残っていて、僅かな時間の内に積荷だけが消えていた。以上だよ」
「えぇ……、どれだけ手掛かりが無いのですか。それでは消えた積荷の量はどうです?」
「時計が1点、指輪が12点、ネックレスが……まぁとにかく高価な物が山のように盗まれたって感じだ。その中には小物以外もあるから、かなり大胆な手口だよ」
「それなのに証拠どころか、犯行の痕跡も無し?あの正直、捜査資料があまり役に立っていませんよね……」
「いいや。どれだけ分からない事ばかりなのか、それを知れただけ有力だよ。同時に真っ当な捜査では解決が不可能で、犯人も真っ当な手段を使ってないって事さ」
正攻法が通じないということは、つまりスキルかマジックアイテムに依存した犯行だ。
しかも大胆不敵かつ完璧だから、よほど信じ難いレベルの手口なのだろう。
これによりモモは調査の行方を予見し、少し不貞腐れ気味に呟いた。
「どうして自信満々に言っているのですか。それなら一朝一夕で解決するのは無理じゃないですか。言っておきますけど、私はお姉ちゃんの誕生日があるので長く滞在しませんよ」
「安心しな。アタイの直感が解決できると言っているよ」
「それは思いつきか、はたまた願望の間違いじゃないですか?」
「あっははは、それは否定しないよ。だけど、この直感に理由はある。なにせ犯人は完璧に犯行を成し遂げたんだ。だから相手は慢心し、また犯行を繰り返す。必ずね」
「それはありえる話ですけど、そこまで都合良い事が起きますかね。いくらフウカさんの言葉でも信じるに値しないというか、相手もこちらが警戒していることを想定するというか……」
楓華が一方的に自信満々なせいで、モモは戸惑いのあまり落ち着きない手癖で髪飾りに触れた。
ここで安易に同調できないのは当然だ。
なぜなら犯行者の心理や行動パターンを分析できるほど、現時点では犯人像が浮かび上がってない。
しかし彼女が思い切って断言したのには、彼女なりの理由があった。
「そう思うのも仕方ないよ。でも、こういうのは強引に心構えをしておかないとね。そうじゃないと突発的な問題に遅れを取るし、証拠をうっかり見落とすもんでしょ」
「あぁなるほど。抽象的な気はしますが、言いたいことは分かります。万全な精神状態を保ち、最善を尽くすための前準備ってことですね」
「そうそう、準備だよ。どんな事をするにしても準備は大切だ。ということでさ、これからご飯を食べに行こうか!」
「はい。んん?はい……?」
モモは最初の返事だけ冷静だったものの、すぐに理解が追い付いて無い事を自覚して表情を歪ませた。
特に眉と目つきが大げさに上下しており、あからさまに困惑するモモに対して楓華は淡々と喋った。
「そんな驚くことある?腹が減ればご飯は食べるでしょ」
「それは理解できます。ただ、調子を合わせようとした直後に話の腰を折られてしまったので。フウカさんはいつも全力投球ですし、ここから調査に追い込みをかけるのかと思いました」
「やり切るまで全力でも良いけどさ、せっかく異国のお祭りに参加しているワケだしな。そうなれば楽しまないと損でしょ。だからご飯を食べた後は、一緒にブースを見回ろうな!」
「そ、そうですか……。まぁ私の目的はオークションですからね。あとで泣き言を言わないことを約束してくれるのなら、この件についてはフウカさんの判断に任せます」
「うんうん、アタイに任せな。つーか、賑やかな場に混じれなくて歯痒かった~!もう全細胞がウズウズして大変だ!さぁ行くぞ行くぞ!すぐ行くぞ!今こそ全力疾走だ!」
「どれだけ我慢していたんですか。早くもテンションがおかしいですよ。って、あのぉ?本当に全力疾走するのはやめて下さい!聞いてますかフウカさん!?おーい!」
唐突に楓華は大勢が密集している中を颯爽と駆け抜け、その後をモモは必死に呼びかけながら追いかけた。




