73.2人は魔王のコミックマーケット会場前で窃盗犯と接触する
バニーガール楓華とランジェリーメイド姿となった鬼娘モモの2人は、離れても薄っすらと聞こえてくる巨竜マイケルの性癖トークに辟易しながら喋り出した。
「アタイから訊いた事とは言え、あれでガチトークが続くのはヤバいでしょ。マイケルが語り出してから、こっちは一度も相槌を打って無かったのに」
「私からすれば、フウカさんとマイケルさんも同類ですよ。自分に都合良く相手の話を聞かない所とか」
「ありゃりゃ、手厳しいなぁ。まったく、いつもツンツンしちゃって~」
「余計にツンツンさせているのはフウカさんの言動のせいですよ。それにしても……、ずいぶんと賑やかですね」
マイケルに気取られていたから注目していなかったが、ドーム会場周辺は既に様々な種族が大勢集まっていた。
しかも過密と言い切れるくらい密集しており、まるで大行進の最中。
この状況に対する答えを得るのは手当たり次第に尋ねることが早いので、すぐさま楓華は近くを通りかかった男性に声をかけた。
「すみませーん。ちょっと訊きたいことがあるのですけど~!」
「どうかしましたか?」
声をかけながら対面してみると、その男性は明らかに人間だ。
せいぜい違いと言えば両目にバラの模様が映し出されている事くらいであり、他に特徴的なのは魔術師の風貌している事だろう。
そのため特質な雰囲気はあったが、他の種族より話が通じやすい気はしたので楓華は躊躇いなく訊けた。
「魔王誕生日パーティーが開催されるって話は伺っているんですけど、何か他のイベントもやっているんですか?」
「あぁ、遠くから来たのですか。いいえ、これらもパーティーの一環ですよ。この国を統治する偉大な魔王の誕生日パーティーですから。故に、昨日から様々なイベントが開かれ続けております」
「なるほど。ありがとうございます!」
「いえいえ。ちなみに今はコミックマーケット祭の時間になっています。なにせ魔王は代々サークル活動に尽力しており、例年通り百合を題材にした作品が数多く出品されていますよ」
「へぇ、面白そうですね。アタイも記念に1つ買っておこうかな」
「それならばオススメがあります。最近は歳の差、または身分の差による百合コンテンツがブームになっていますからね。個人的には他国の王子様と婚約が決まっているお姫様と、道端で拾われた浮浪少女による百合本が一番の推しです」
魔術師の男性は楓華との距離感を詰めつつ、自身の好みについて熱心に語り出した。
もしかしたら、こういう気質が集まりやすい国なのかもしれない。
しかし、2人の会話を見守っていた後ろからモモは気掛かりな事があり、相手はやたらと親しそうに喋っていた。
それから男性は熱烈な視線で楓華の顔を見つめ、さりげなく彼女の腰に手を回す。
「どうですか?せっかくですし、僕が案内しますよ」
「えっ、あぁそだね。たしかに案内人は欲しいから……」
楓華は珍しく茶化さず、どこか従順さを感じさせる淑やかな態度を示す。
これにモモは強い悪寒を覚え、やや焦り気味に彼女の手を引いた。
「ちょっとフウカさん!彼に私達の面倒事を付き合わせるつもりですか!?」
モモは傍から聞いても疑念を持たれない言い訳を口にし、より勢いをつけて体ごと引っ張った。
しかも少女は瞬間的に小さな鬼火を発生させ、楓華の手に高熱を送る。
すると彼女は普段の調子に戻ったようで、ハッとした顔つきになった。
「おっと、ごめんごめん。ちょっとボーっとしちゃってたわ」
「大丈夫ですか?予定より時間を押しているのですから、しっかりして下さい」
モモはそう言いながら、馴れ馴れしくしてきた男性の様子を探ろうとした。
しかし既に男性の姿は消えており、不自然な気配のみ残る。
さっきまで幻影と会話していたかのような、それくらい理解できない出来事だ。
そのためモモは周囲への警戒心を高めながら、楓華に喋りかけ続けた。
「手馴れているのか、異様に逃げ足が速い相手ですね。それよりフウカさん、絶対に油断していましたよね。気を付けて下さい。おそらく精神干渉されていました」
「精神?そういえばお化け屋敷でも精神干渉を受けて、アタイが苦手とする存在が姿を現したなぁ。それにしても、あー……うん。心なしか、まだ頭の回転が鈍いかも」
「私のスキルで体内の異物を焼いたので、もう大丈夫だと思います。フウカさんの回復力なら、すぐに元通りですよ」
「そっか。ありがとうモモちゃん。あと、ごめんな。付き添い役なのに迷惑かけてさ」
「想定の範囲内なので気にしないで下さい。それに大事なのはお互いの迷惑どうこうより、助け合える状況を常に保つ事ですから」
「あっははは。なんだか大人っぽいというか、難しいことを言うね~」
楓華はいつもの笑顔で茶化したが、モモなりに精神面のフォローしてくれているのだと察していた。
だからモモの優しさに触れた彼女の心は温かくなり、本気で守りたい気持ちが強くなる。
その一方で楓華に接触した男性は薄暗く広い地下まで移動しており、持っていた荷物を無造作に床へ放り投げた。
それから彼は浅く長い溜め息をこぼし、前方を眺めながら独り言をぼやいた。
「あの金髪の女、かなり珍しい記憶制御のスキルを無意識に常時発動させてたな。精神操作しても記憶が盗めないとは……、まぁどうでもいい。本番はオークション品だ」
楽し気に語る魔術師らしき男性の前には、数えきれない量の宝石やマジックアイテムが飾られていた。
更に、そこには楓華が探し求めている懐中時計もあるのだった。




