71.ユリユリ合衆国へ到着したので、まずは服屋を襲撃します
楓華はモモの話を聞き、思ったことをそのまま口にした。
「ほぉん。モモちゃん達は姉妹揃って新生活に順応しているワケだ。すっご。アタイも安定した収入を得たり、ペットと共に世界旅行してみたいな~」
「それ、フウカさんが言います?」
「どゆこと?」
「だって既に技能を活かして収入を得ていますよね。それどころか幸せな家庭を築き、色んな場所へ行っているはずなのに。しかも現在進行形で、ドラゴンに乗りながら別大陸へ向かっている最中じゃないですか」
「おぉマジじゃん!アタイって満喫しているんだなぁ。色々な人とも友達になっているし、この前も街へ行った際にアイドルと仲良くなったよ」
「アイドルですか。なんだか意外ですね。どういう出会い方をしたら知り合えるものなんですか?」
「うん、その時は現場中継している所へ突入したな」
楓華自身は新しい出会いを得たエピソード感覚なので、淀みなく愉快気に答えた。
ただ問題沙汰にならない訳が無い話であり、どう解釈しても非常識な行動による結果だとしか思えなくてモモは困惑した呻き声を漏らす。
何より今の話を聞いてしまった今、こんなヤンチャな彼女を同伴させたのは判断ミスだったかもしれないと不安を覚えるのは必然だ。
そうして2人は自身の生い立ちや近況報告を話題に談笑しつつ、移動時間を楽しんだ。
それから見渡しきれない海の先で別大陸が見えてきたのは20分前後の事であり、さほど退屈する暇は無かった。
もちろんユリユリ合衆国の領地に入れば、その国ならではの特色が見受けられる世界が広がっているのだった。
「わぁお!こりゃあ一味違うね!」
自然災害で一部破損したままの巨大な港。
もはや利便性が無視された複雑な街並み。
険しい山脈や洞窟には集落が出来ており、平地に作られた村には家畜の飼育場ばかりだ。
更に安全性が皆無になっている工場群など、高い技術力に対してアンバランスな発展を遂げている光景は数えきれない。
また自然環境も赤一色に染まった森林地帯があったり、魚人系統の種族が湖中央に大樹を生やして住んでいる様子も見受けられた。
マイケルはそれら絶景を間近で見せるために、わざわざ低空で建造物の隙間を掻い潜ってくれる。
そのおかげで楓華はより文明の違いを肌身で感じ取れて、つい歓喜の声をあげるほど感動した。
「マジすっげー!別の惑星へ来たのかって錯覚するくらい、なんか違うな!色とか、先進的なのにどこか退廃している空気感とかさ!とにかくメチャクチャ過ぎて痛快だ!」
「子どもみたいな感想ですね。ただ実際、ユリユリ合衆国は特殊ですよ。どこも多種多様な文明が乱立している中、最大規模で統一されていますから。要するに、この大陸全体が1つの街同然です」
「それだけ多くの種族に受け入れられ、まとめ上げられているってワケだ。まぁ今は難しい勉強は抜きにして、この雰囲気をひたすら楽しもうかな。しかし……アレだね」
「アレって、何の事ですか?」
「ちょっと臭いが気になるかも。それに臭いって上がってくるから、余計に嗅覚が刺激されて……うん」
「ここはモンスター系が多いですものね。人間の感性だと独特に思えるでしょうから、慣れるまでの辛抱です」
楓華は臭いだけに言及したが、そもそもユリユリ合衆国の社会はモンスターという生態系が基準になって形成されている。
詰まるところ、野生的な一面が目立つ。
だから安定した永年の安寧は軽視されているし、優れたテクノロジーで建設的な安全性を高めようなど大半が求めてない。
問題が起きたら対処するだけして、その事後は綻びある一時的な対策が施されておしまいだ。
ある意味、もっとも自由奔放で弱肉強食の国だろう。
そんな力技で成り立っている文明社会の大陸を楓華一行は横断し、やがて目的地である都心へ辿り着く。
ただ、そこはどこよりも極端な地形となっている上、それぞれ異なった建築技法が使われている建物が乱立している。
そして遠くの絶壁には上空からでも全貌が把握できない巨大な鋼鉄要塞が君臨しており、なんとも理解し難いスケールを楓華は知るのだった。
「これって何?いや、あっちこっちにカジノやらテーマパークやら公園やら……うん、なにこれ?」
ずっとハイテンションだった楓華ですら、真っ先に戸惑いを露わにするのは当然だ。
なにせ最低限のエリア分けが成されておらず、子ども向けのオモチャ屋の隣にカジノ店や病院が建てられているなど、景観が一切考慮されてない。
特に総合病院の入り口では電子看板がピカピカ光っていて、『今なら天国直送ケーキが無料!』という意図が不明な謳い文句が流れている始末だ。
どこを見ても想像通りの要素が発見できず、これを目の当たりにしたモモはネット経由で事前に調べていたのに言葉を失う。
それによって2人が呆然としていると、唯一来たことがある白銀の巨竜マイケルが滞空しながら教えてくれた。
「ここら一帯は魔王の影響力を強く受けているが、活発な組織が多く入り乱れている。商業組織、マフィア、軍隊、宗教団体、魔術教団、各種族の武力団……他にも色々とな。そして絶壁にある建物が魔王城だ」
「あぁ、あの馬鹿デカい要塞か。ってかさ、ユリユリ合衆国って呼び名の割に可憐な要素が無くない?モンスター合衆国って国名の方が適切でしょ」
「名前が付けられたのは遥か昔だからな。時代の流れにより景観が変貌したのだろう。ただ我が知る限り、この国は同じ血族が代々と治めている」
「あれこれがトンデモな割に、ここの国って歴史が長いんだ……。いや、たしかに文明の積み重ねは感じられる発展具合か」
「それよりも、まだ時間があるがどうするつもりだ?先にドーム会場へ行くか?または、この場で降りて街を観光するか」
普段の楓華ならば好奇心を湧き立たせ、迷わず観光を選択するところだろう。
しかし調査する時間を確保しなければいけないので、ちょっと惜しみながら答えた。
「今回ばかりは、このままドーム会場へ直行が妥当かな~。ちなみに帰りもマイケルが送ってくれるのか?」
「当然だ。安全に送迎する事までが約束だからな。とは言え、ずっと同行するつもりは無いぞ。我の立派すぎる体躯では、知らぬ間に多くのモノを押し潰してしまう」
「よし、分かった。それじゃあ送迎だけお願いね。あとは……ねぇモモちゃん。そもそもオークションって何時始まるの?」
楓華の問いかけに、モモは太陽の動きを見ながら答える。
「オークションは夜です。私が事前に調べた情報によれば、魔王誕生日パーティーの催しの1つになっているらしいですよ。だから、まだまだ時間がありますね」
「それなら先に調査を進めれば良いワケだ。であれば、現地に馴染むためにも、まずは服を買っておこうか。今のままだと悪目立ちするからさ」
「そうですか?たしかに現地の人……モンスターは体型をはっきりさせた格好が一般的らしいですが」
モンスターが強さや種族のプライドを示すならば、己の身体的特徴を強調した格好なのは当然だ。
そのため露出が多く、華やかなコーディネートより身分を示すような凝った装飾品が大事にされている。
だが、楓華が気にかけた理由は別にあった。
「アタイは今知ったけど、この大陸を代々治めているお偉いさんの誕生日パーティーなんでしょ?だったら尚更現地に合わせた方がいいよ。あと訊き込みするから、少しでも不信感は避けたいし」
「なるほど。それに来たばかりの余所者だと気づかれたら、悪者に目を付けられそうですね」
「だろ~?ということで、ドーム会場へ行く前にファッション店へカチコミじゃあ~!襲撃するぞ~!」
「あのフウカさん?この街で過激発言は洒落になりませんから、言動のみならず突発的な行動は控えて下さいよ。いえ、控えるというより絶対にやめて下さい。これは姉弟子命令です!」
モモはよほど大きな不安を抱いてしまったようで、気迫は無いが荒々しい声で言いつけた。
どの程度のトラブルが潜んでいるのか分からない以上、彼女が慎重になるのは理性的な判断だ。
しかし、やはり楓華の好奇心を制止できるわけが無く、いざ服を買って着用した姿は予想とは大きくかけ離れていた。




