67.元の世界へ戻って婚約して結婚式の出席を約束して虹がかかる
あまりの状況にミルは言葉を失い、反応にも困っていた。
すると楓華がリールを肩車したまま近づいて来て、呆然とする彼女を呼び掛けた。
「ミルちゃん、無事?」
「えっ、うん。ってか、フウカお姉様こそ無事なの?」
「アタイは事前に察知していたからね。それより村のことだけどさ」
「あっ!?そうだよ!こればかりはクロスを許さないからね!元通りにできるからって、傷つけても良いって理屈は通らないから!少なくともミルは絶対に認めない!」
体力を失っているせいでミルの怒りには気迫が無く、プンプンとワガママに怒る幼児みたいになっていた。
ただ楓華が伝えたいのは他のことだ。
「怒るのは当然だ。それはアタイも同じだけど、実はミルちゃんが思っている事情とは少し違うんだよ」
「なにそれ?もしかしてフウカお姉様ってば、相手を許しちゃうの?それは楽観で寛容という言葉だけでは済ませられないよ」
「あー……まぁアタイの気性もあるかもね。とにかく聞いてから考え直して欲しいんだけど、ここはアタイ達が住んでいる世界じゃないんだ」
「ふぇ?あれれ?フウカお姉様ってば、突然なにを言っているの?どういう意味?」
ミルは楓華の説明を受け入れきれず、困惑しながら倒壊した建物などを注視した。
それで分かったのは、あらゆる生物の痕跡が無い事だ。
人が瓦礫に埋もれてしまっているという気配も無く、どこか静寂で異質な空間であることをミルは薄っすらと察した。
まるで長年放置されていたどころか、最初から誰も居なかった場所になっている。
合わせて楓華は担いでるリールに視線を向け、具体的な説明を続けた。
「手合わせを始める前にリールちゃんが拍手したのを覚えているかな?どうやら、あの時にコピー世界を創って、アタイ達だけを異世界転移させたらしいんだよ」
規模が大きく、事実だとしても素直に相槌が打てない。
またリール本人は自慢気という雰囲気は感じさせず、ダブルピースしながら楽しそうに応えた。
「イェイ、この宇宙はリールが創りました~。これぞ生産者表示~」
「と言うわけで、実際は何も被害が出てないってさ。ちなみに観戦していたアタイですら、異質だと感じ取ったのはクロスが道場を吹き飛ばす寸前のことだったよ」
だから楓華はあえて道場の全壊を阻止しなかった。
もちろん万が一の場合に備えてヴィム達の救出を念頭に置いていたが、彼女の並外れた聴力であれば必要かどうかは瞬時に分かっていた事だろう。
そしてミルは他に疑問を覚える要素があり、まだ笑うクロスに問いかけた。
「ちょっと待って!それじゃあクロス……さんは、わざとミルを挑発したの!?」
「ックフ。それについてはその通りです。おかげでミル様の全力、更に武術の真髄を体験できたので良い思い出になりました。やはり気楽な戦いは新鮮で良いものでしたね」
「あ、あれで気楽……?うぅん、ミルだけが必死になっていたせいなのかな。なぜか目眩するくらい大きな違いを感じるよ」
「本当の真剣勝負でしたら、順番を守って交互に攻撃など間抜けな事はしませんよ。どうやらミル様は熱心になるあまり、武器の使用から駆け引きが無くなっていたことに気が付いておりませんでしたね」
「うわぁ、そうだったんだ。こんなことってある?要するにクロスが戦いの流れを掌握して、ずっとコントロールしていたって事でしょ?」
「挑発の件も含めると、そうなりますね。ただし、最後の抵抗は本当に予想外だったわけですから、ミル様が勝利を掴み取ったことに疑いの余地はありません。この決着が全てです」
相手が認めるからにはミルの勝利は事実だ。
それでもミル自身は勝ちを譲られたような気がして、釈然としない気持ちが少なからずあった。
しかし勝ちを受け入れないのは場に水を差すだけであり、仮に続けても勝ち目が無いのは想像つく。
加えて何も失わずに済むのなら、今は余計なワガママを言わず、この状況を受け入れるべきだと考え直した。
「まぁ……これでフウカお姉様と結婚できるから良いか。それに勝る幸福は無いから、ミルは納得するよ」
「ックフ。降伏せずに得た幸福ですね」
「よし、クロスさん。次はミルとギャグ勝負しようね。これなら圧勝できそうだから」
「分かりました。では勝負に備え、そちら方面の修練を積んでおきましょう」
ミルが抱いていた敵対心はすっかり失せており、疲弊しているのに雑談できるほど呑気な気分になっていた。
そんな中、リールが軽く拍手する。
その直後に彼女達4人は道場内へ戻っていて、更には全員の身なりは綺麗となって体力も完全回復している。
これで手合わせ前と唯一変わっている事は、外の天気が落ち着き始めている事くらいだ。
「それではミル様、まずは約束通りフウカ様と結婚するという願いを叶え……」
クロスは喋りながらリールに目配せする。
それは合図となっていて金髪幼女は拍手しようとするが、その前に楓華が早口気味に遮った。
「わざわざ力を使わなくて良いよ。それじゃあミルちゃん、まずは勝利おめでとう。そしてアタイと結婚してくれるかい?」
「あひっ!」
幸せによる驚愕なのか、衝撃的な出来事に対する悲鳴なのか、それとも舌を噛んだのか。
とにかくミルは高い鳴き声を発しながら仰け反って全身硬直する。
この現象にリールは心当たりがあって、嬉しそうに叫んだ。
「あっ!これって死後硬直だ!宇宙ドラマでやってたよ!リールもね、クロスをドッキリさせたくて真似したなぁ~」
「あっははは。リールちゃんの場合、笑い話にならないくらいガチの死後硬直を再現してそうだな。それはさておき、これでミルちゃんのお願いは結婚式のお祝いになるかな。だから2人とも結婚式に来てね」
楓華はクロス達のことを理解しており、友人として誘った。
この接し方にクロスは温かく心地良いものを感じ、初めて取り繕った気配を感じさせない口ぶりで応える。
「ックフ、分かりました。では、必ず出席させて頂きます。ところでフウカ様、せっかくの機会ですから私との手合わせは如何ですか?」
「おぉ、マジ?」
別に楓華は臆したわけで無ければ、躊躇っているわけでは無い。
ただ単純にミルと手合わせしたばかりのクロスの戦闘意欲に驚き、確認しただけだ。
そしてクロスは気楽な物腰で喋った。
「はい。もしも都合が合わないのならば、様々な大会のチラシを差し上げますよ。これでフウカ様が興味ある大会に参加し、来たるべき時に勝負というのも一興でしょう」
「いや、もったいぶる程では無いけどさ……。チラシは貰っておくね」
「分かりました。あとでお渡し致しますね」
「ありがとー。それで手合わせについてだけど、今の内に少しだけやっておこうか。クロスみたいな感じの相手は初めてだから、こちらにとって貴重な経験になりそうだもんな」
手合わせする方向性で話を進めている間に、楓華はリールを肩から降ろす。
合わせてクロスは硬直しているミルを壁際へ運びながら、浮かれた声色で会話を続けた。
「では、ミル様の時と同様のルールで。武器の使用はどうしますか?」
「それは無し。完全に格闘のみで。あと念のために言っておくけど、お姫様だっこも無しでね」
「ックフ、それは残念です。フウカ様からのお姫様だっこを期待していましたが、私の方から仕掛けてみるのも楽しそうだったものですから」
「クロスがお姫様だっこしてきたら大抵の相手は死を覚悟するんじゃないかな。っと、時間が惜しくなってきた。さっさとやって、村の観光案内をしてやるよ」
「良いですね。そちらも楽しみにしています、フウカ様」
それから楓華とクロスは格闘のみの稽古試合を開始した。
共に汗を流し、同年代の友達と切磋琢磨しながら遊んでいるみたいだ。
その際に道場の窓から日光が差し込み、リールは虹が現れている事に気が付く。
「わぁ虹だ。リール、初めて本物を見たかも。それにこんなに楽しそうなクロスも……久しぶりに見たかな。んぇへへ~」
リールは開放的な気分で楽しむクロスの様子を見て微笑み、今この瞬間の輝かしい一時を堪能するのだった。




