63.なんてことない稽古中なのに、結婚と楓華を賭けてミルは立ち上がる
突発的な戯れを終え、しっかりとした稽古が始まればミルは熱心に指導していた。
唯一気になる事と言えば、ミルだけ妙にスッキリした雰囲気である事くらいだ。
そして肝心の稽古内容は技の習得練習というより、武術における基本動作の反復だ。
当然クロスはあっさりと模倣して指示通りに動けるものの、リールに関しては一般的な子どもらしい動きだ。
稚拙で余計に疲れる動きが異常に多く、少し勢いが付けばバランスを崩して転倒する。
とにかく体幹の安定性が低いので、これまで訓練の類をしたことが1回も無いのは明らかだ。
それどころか日常動作が怪しいような気配があって、楓華はリールに声をかけた。
「ねぇリールちゃん。ちょっと壁から反対の壁際まで走ってみて」
「はぁい!リール、走るの大好き!」
そう言ってリールは走るのだが、どう見ても走り方がおかしかった。
凄まじく走るのが下手という評価が適切に思えるほど、足のつま先から頭の天辺に至るまで変わっている。
そのせいで走るのが早い遅い以前の話となっていて、金髪幼女では無く謎の生命体が蛇行しているように見えた。
「ふぅ……。リールの走り、どう!?かっこいい!?」
「リールちゃん、逆に才能あるね。脚を全く曲げてない。両腕が同じタイミングで前後している。頭は回転しているように振っている。腰はクネクネしている。体を悪くするどころか寿命が縮まりそうな動きだ」
「うん!つまりリールは凄いってこと!」
「確かにそれで全く疲れないのは凄いよ。これはさすがにアタイがちょっと教えるね。素直で体力があるなら、教え甲斐はあるからワクワクするよ」
こうしてリールの方は楓華が付きっきりで日常動作を指導することになる。
その一方で、クロスはミルが教えたことを最初の1回目で文句のつけようが無い再現をしてみせていた。
「ミル様、どうですか?これで合っていますか?」
「うんうん、いやぁこれにはミルも驚いちゃった!まさかフウカお姉様と同じくらい、覚えるのが早い人っているものなんだね」
「こう見えても長生きしているおかげかもしれません。さて、お次は如何いたしましょうか?教わる体験が新鮮で楽しくなって参りました」
クロスは心優しい笑顔で楽し気に話す。
この態度にミルもすっかり心を許し、思いつきで提案した。
「それじゃあ、ミルと手合わせしてみる?」
「クフッ……!あっ、失礼。ギャグかと思いましたので。それより手合わせですか。ミル様はお強いようですし、少し緊張しますね」
「もう、そんなこと言って~。ミルも実戦経験あるから分かるよ。クロスさんって相当に強いだけじゃなく、かなりの修羅場を潜り抜けているから余裕あるでしょ」
「おや、ミル様は洞察力にも優れているのですね。たしかに修羅場の経験数なら、けっこう自信ありますよ。無間地獄に封印されたり、永久牢獄の宇宙に万年単位で囚われた事がありますから」
ミルはこの異世界における生活はまだ長く無いが、自分に想像できない色々なモノが満ちている事は知っている。
楓華と出会う前から何度も未知の存在を見かけているし、何度も予想外の経験をしている。
それでもクロスが語る内容は意味が分からない規模となっていて、つい首を傾げた。
「万年?」
「まぁこちらの私情はともかく、人生に1度あるかどうかの組み合わせ試合ですから、勝者にはご褒美をつけませんか?」
「それは良いかもね。今回は遊びみたいなものだってフウカお姉様も言っていたもん。でも、何にするの?」
「そうですね。それでは、どんな願いも1つ叶えましょう。そして私が勝てばフウカ様を連れて行きます。彼女が居れば、リールも満足してくれそうですから」
「え~?それは嫌だなぁ。あと他の人も困るよ」
いきなり過ぎる話なので、ミルは困り顔で素直に伝える。
するとクロスは少女を一瞥するような目つきで見た後、魅力的な提案を出してきた。
「どんな願いも叶えると言いましたが、例えばミル様の場合はフウカ様と結婚するのはどうでしょうか。それが最大の望みですよね?」
「えっ~!?それは最高だなぁ!みんなも喜ぶよ!でも……、なんで分かったの?ミルがフウカお姉様と結婚したいって」
「準備運動のとき、求愛行動をしていましたから。それで願いを叶える際、もしこちらが能力を行使しなくても結婚できるならば、その代わりとして結婚式を盛大にお祝いさせて頂きます。つまり、ミル様が勝てば必ず得する話になりますよ」
「おぉ~。これは受けなきゃ損かも。いいや、損だね!ミルは勝つ!勝ってフウカお姉様と結婚して、子どもをポンポン産んで幸せな家庭を築く!あと凄い結婚式も挙げる!」
「これで了解というわけですね。では、すぐに始めましょう。ただし今の話ですと、まずフウカ様から了承を得なければ……」
喋りながらクロスが振り返ったとき、ほぼ真後ろで楓華はリールを肩車して立っていた。
どうやら途中から話を聞いていたらしく、今の内容を説明する前に楓華は気楽そうに答えた。
「アタイは良いよ、許す。みんなと離れるのは嫌だけど、ミルちゃんが勝てば良いからね」
「リールも許すよ!フウカが居れば楽しそう!色々と教えてくれるから大好き!あとね、周りを守るのはリールに任せて!」
リールはユラユラと姿勢を揺らしている所を楓華に支えられながら、拍手するように手を叩いた。
何らかの意味がある拍手だったみたいだが、特に変化は感じられない。
しかしクロスは納得したように小さく頷き、ミルに声をかけた。
「では、降参または気絶したら負けにします。道具や技は自由に使って下さい。私は不死身で再生能力を持ち、消滅対策もしてあるので問題ありません。そもそも銀河を吹き飛ばすくらいの攻撃で無いと傷も負いません」
「あれ?それってクロスさんは降参してくれるの?今の話だとミルの攻撃が通じないように思えるよ」
「簡単に勝利を譲る気はありませんが、殺し合いではありませんので追い詰められれば降参しますよ。とにかく余計な事は考えず、願いを叶える事だけに専念して全力を尽くして下さい」
「うん、それはステキなアドバイスだね。フウカお姉様と結婚するためだと思ったらミルも集中しやすいし、存分に力を発揮できる」
ひとまず話がまとまると、道場に居る彼女たち4人は手合わせのために場を整えた。
末っ子ミルVS銀髪女性クロス。
始まる前からミルに勝ち目があるのか怪しい話になっていたが、本人は勝った場合のみを考えて精神統一する。
そして2人が手合わのために向かい合う中、楓華はずっとリールを肩車したまま壁際へ寄って観戦することにした。
その際、楓華は少女にそれとなく尋ねる。
「ねぇリールちゃん。クロスって具体的にはどれくらい強いわけ?」
「リールも分からないかな。高位ナントカ会?ってのにはボロ負けしていたかも。あとはリール以外には勝っている……はず?」
「そっか。ずっと常に一緒ってわけじゃないのか。当たり前だよな。リールちゃんをわざわざ危険な場所へ連れて行く必要ないからさ。うん……ありゃ?いや今、リールちゃんの方が強いみたいな言い方だった?」
楓華が聞き直すのも無理はない。
なにせ、ついさっきリールの走り方を矯正していたからだ。
ただ思い返せば、リールが強い事をクロスは匂わせる発言していた覚えがある。
そしてリール本人はあまり自身のことを把握しているわけでは無いらしく、淡々と事実のみ述べた。
「リールね、自分の力に興味無いから分かんない。さっき言ったナントカと同じ生まれで、クロスを虐める宇宙をまとめて消した事があるだけ」
「へっ?」
「ねぇ~。そんな面白くない話よりも、宇宙ドラマでも見た決闘が始まる!応援、応援しないと!クロスがんばれ~!」
「あ、あぁそうだね。応援は大切だ。よぉし、ミルちゃん頑張れ~!ファイトォオオオオオ!!」
楓華は気持ちを切り換え、リールと共に全力で声を出して応援することにした。
いくらミルが勝つことを信じているにしても、自分のこれからに関わる戦いなのに呑気しているあたり、相変わらず楽観的だ。
そして稽古の一環であるはずなのに、運命の火蓋が切って落とされるのだった。




