56.唐突に村の名前が決定!『フウカ村』!
「なに今の?いや、色々と何が起きてるワケ?」
村では起こり得ない場面が立て続く上、次々と状況が一変していて理解が追いつかない。
そう楓華が思っていたとき、おそらくナンパの様子を伺っていたであろう女性が役場の出入り口から近寄って来た。
またもや見知らぬ人物。
しかし、その女性の雰囲気は不思議と親近感が湧くものであり、心なしか楓華には見慣れているような気がした。
少なくとも同年代くらいと思わしき容姿の子で、彼女は軽い口調で話しかけてきた。
「ごめん。思わず手出しをしちゃった。あの神って悪い奴じゃないんだけど、もはや名物ってくらいにナンパが凄いことを知っていたからね。あと貴女って日本人でしょ?」
「あーっと。うん、多分そうかも」
「私も4兆年前は……と言っても、年数の話を持ち出しても無意味か。とりあえず昔は同じ日本人だったから、この偶然に縁を感じてお節介しちゃったよ」
「そっか。よく分からないけど、アタイ達を助けてくれたって事だよな。ありがとう」
「いえいえ、どうも致しまして。それじゃあ幸せな新婚生活を送ってね。私にもお嫁さんと可愛い娘が居るからさ。ささやかながらも祝福するよ」
どうやら親切な女性は婚姻届の話を聞いていたらしい。
それを誤解したまま、相手は親しみやすい笑顔を浮かべて目の前で消えてしまう。
その消え方は明らかに転移だ。
だが、先ほどナンパしてきた男性が消えた時と同様、あまりにも能力の発現が瞬間的であって、楓華でも僅かな気配すら察知できなかった。
何であれ、不意の問題が迅速に片付いたことには変わりない。
だから楓華は先に平常心を取り戻し、それからヒバナに心配の声をかけた。
「ひとまず余計な騒ぎにならずには済んだね。それでヒバナちゃん、大丈夫?」
「えっと……はい、大丈夫です。ちょっと驚いただけです。知っての通り、某は不意に話しかけられる事が極端に弱い性格ですので。道すがらにティッシュを配布された時も飛び退きます」
「そういえばアタイと初めて会った時も凄い反応だったね。どっひゃあぁ~って叫んでた」
「あ、あれ?そうでしたっけ?誇張どころか捏造されていません?そこまで驚いた記憶が無いのですけど……」
「まっ、細かい事は気にしないでヨシ!さぁさぁ、交通管理局へ突撃すっぞ~!」
楓華は気を取り直し、ヒバナを励ます意図も含めて明るい声をあげた。
そうして2人は勢いよく役場に足を運び、長い時間をかけて窓口で手続きを済ませる。
すると次は会議室へ案内されて、スーツ姿の年配男性と面談することになるのだった。
「いやぁ、どうもすみませんね。今、応接室はとある男性グループの相談により使用中でして。ささっ、まずはお座り下さい。気楽な姿勢で構いませんよ」
本当に集まって会議に集中するだけの部屋らしく、余計な飾りが一切ない空間だ。
あるのはホワイトボードと長形テーブルとイスだけ。
そこで楓華とヒバナは隣り合わせで座った後、年配男性は言葉を続ける。
「えーっと、転移の直通を認可して欲しいという話でしたね」
「はい。そのための資料も用意しました」
「はいはい、ありがとうございます。素晴らしいですね。しかし熱心なところ申し訳ありませんが、面談含めて形式的なものだと思って下さい。後に現地調査も入りますが、犯罪組織が関わって無ければ容易に認可されますよ」
「えっ、マジ?かなり身構えていたつもりなんだけど、緩い感じなんだ」
「はい。しかし、こちらから警告しなければならない点があります。一番は治安についてでして、こちらでは一切の責任を負いかねないという事です。要するにトラブルの対処は、そちらに全て委ねられます」
「いわゆる警察みたいな、防衛または治安維持する組織が必要ってことでしょ?」
楓華が役場へ向かう道中で心配したことは、まさしくこの件だ。
規模が大きい問題は一致団結して解決できるが、言い争いなど小さなトラブルは勝手が異なる。
それこそ、つい先ほどナンパ行為から助けられたように他者の善意を頼りするのは心許ない。
最低でも観光客と村人が安心できるように犯罪を抑止する実力があり、昼夜問わず公平で仲裁に入れる存在が必要だ。
そんな現実的な問題を再認識させられたとき、相手の男性は言葉を続けた。
「そちらは地方の村なので、独自規則に従う自警団になりますかね。もちろん、悪人は転移装置を利用できないよう制限する仕組みが導入されていますが、それでも危険思想の人物が忍び込む可能性は捨てきれません」
「そういう極端な例に限らず、血気盛んな人も居ますもんね」
「そうですね。そして安全面を考慮するならば、地域保全会社がありますので、そちらとの契約を検討した方がよろしいですよ。会社やプラン内容に寄りますが、しっかりと役割を果たしてくれます」
「会社との契約かぁ……。出費を惜しむ内容じゃないけど、ちょっと厳しいかなぁ」
外部の往来を行いやすくするために、更に外部の力を借りなければいけない話になってしまっている。
次々と新しい要素を取り入れなければならないのは当然の流れだが、莫大な費用が必要になると思うと非常に悩ましい問題だ。
だが、これについて楓華が困りかけたとき、すぐにヒバナが助言した。
「それならば治安維持は大地の精霊さん達に力を借りると良いですね。前向きな意味で縄張り意識が強い方々ですから、きっとゴーレムなどを巡回に出してくれますよ」
「おぉ、良い案だね。治安が良ければ権威の示しにもなるし、相談に乗ってくれそう。ちょっと頑固なだけで根は真面目だし、なんならアタイ達なんかより治安に関する経験があるから役割にピッタリじゃん」
大地の精霊たちは民や帝王という関係性が成り立っていた程なので、行き当たりばったりで解決しようとする自分達より最適な存在だと気づかされる。
そんな彼女ら2人の明るい様子を役場の男性は察して、話を進めた。
「どうやら当てがあるようですね。もし、それでも上手くいかない場合は地域保全会社に相談してみて下さい。では、こちらで転移の認可準備を進めてもよろしいでしょうか?」
「うん、お願いします」
「承りました。それでは必要書類に記入し、期日内にご提出をお願い致します。それと事務所へ話を通すために村の名前が必要です」
村の名前。
それはあまりにも当たり前で必要不可欠な話。
しかし、ここで楓華は予想外の話をされたみたいに素っ頓狂な声をあげてしまう。
「ふぇっ?あぁうーん。いやぁ……、そりゃあそうか。マジで当然の話だよね。無名で登録できるわけが無いよね」
「大丈夫ですよフウカ氏!実は某に名案があります!前々から、こっそり考えていました!」
「ホント?もう今日は助けられっぱなしだね。それじゃあ、ヒバナちゃんが考えた名前で良いよ」
「はい!それでは村の名前は『フウカ村』でお願い致します!」
「フウカ村ね。ふぅん、えっ?うぇえええぇぇぇぇマジでェェ!!?」
楓華は自分の名前を付けられるとは思っていなかったので、会議室の外にまで突き抜ける驚きの声をあげてしまう。
そしてすぐに彼女は理由を聞こうとしたが、その前にヒバナが勝手に答えてくれた。
「もう村人全員がフウカ氏のことを褒め称えていますからね!誰も異論なんて出しませんよ!」
「そういえば初日からアタイのことを英雄やら王女様やら、根も葉もない噂ができたっけなぁ。いや、最初はアタイも肩書きを利用して、皆に協力して貰おうと考えていたけどさ」
「あとヒバナテーマパーク、ヴィム火山にヴィム温泉と既に人物名を使われていますからね。今更、フウカ村で違和感を持つ人なんて居ません」
「凄い。なぜか理に適っているように聞こえる。元はと言えば、勝手に人物名を使い出したアタイ自身のせいなんだけど」
「という事で、フウカ村に決定です!これからもフウカ村を発展させて行きましょうね!」
「あらら、マジかぁ。せめて時雨って苗字を使って欲しかったかも。でも、ヒバナちゃんが気に入っているなら問題無しか。よし、それじゃあ賛成で!アタイも村の顔として更に頑張るよ!」
結局、楓華は軽いノリで提案に乗りかかって了承した。
これにより彼女達が住む村はフウカ村と命名される。
そして楓華と同名である事に隠れた利点があり、彼女の活躍次第で更なる知名度アップへ繋がることにまで誰も頭が回っていないのだった。




