55.街を観光しながら向かっていたら神にナンパされる
縦横無尽に広がっている複雑な交通路と、列になって走行する大小様々な車両。
それに要塞と見間違うほど巨大で堅牢な建造物が建ち並び、都心だと実感させられる空気感があった。
至る所から喧騒が響いてきており、まだ明るい時間帯なのに電子の色鮮やかな輝きが辺り一帯を覆い尽くしている。
もはや景観や雰囲気のみならず、ありとあらゆる全てが村とは正反対なので楓華は感嘆の声を漏らした。
「すっご」
もし自動運転で無かったら、抑えきれない好奇心のせいで停車してしまっていた事だろう。
ちなみに彼女達が居る場所は、まだ車両のワープゲートエリアと呼ばれているところだ。
つまり生活圏とは異なる。
それでも車両の座席からでは見渡しきれないほど広大な空間が構築されていて、楓華は膨大な情報量に呑まれて混乱しかける。
「やばくない?複雑すぎて何がどうなっているのか分からないんだけど。こんなの事故が多発するでしょ」
「魔法とスキルのみならず、科学技術やマジックアイテムによって保護と補助されているので安心安全です。某達は恩恵を感じられませんが、このエリアでは機能干渉して自動運転を強制させられます」
「つまりベルトコンベアで流されているみたいなものか。そう考えたらハイテク工場っぽい雰囲気かも」
「そうですね。ここは交通案内と商業宣伝の電子掲示板ばかりですし……、活気が溢れているのは更にもっと先ですよ」
「よし、それじゃあ期待を胸にドライブデートを続行だ!」
「ドライブデートもいいですけど……。うーん、フウカ氏は相変わらず忘れっぽいですね」
2人はそのまま車を更に進行させると、あっという間に周りの光景が街らしい一望へ移り変わった。
道路を囲む奇天烈な建物群に、街を彩るために植えられている樹木や花々。
塔、公園、要塞、公共施設、店舗……それら他にも建造物と施設が建ち並んでいる。
何より溢れかえった物品の山々と大群とも呼べる人口密度を目の当たりにし、楓華は軽い目眩を覚えかけた。
「はあー……マジで何もかもが村とは違うね。利便性、快適性、あらゆる密度、技術。田舎の生活に慣れ始めていたから余計にギャップを感じるよ」
「村とは比べ物にならないくらい情報社会ですからね。常に新しい情報が駆け巡っているので、少しも余所見する暇なんてありませんよ」
「こうして見ると、インターネット経由でしか宣伝できてないアタイ達ってパンチが弱い気がするなぁ。ポスター1つ1つのデザインが凝っているし、CMの演出が印象的だし。あっ、今の映像の女優っぽい子かわいい」
「あれはソラ氏ですね。フウカ氏より活発で騒々しい……えっと、賑やかなアイドルさんです」
「へぇ、そんなに有名な子なの?」
「えぇ……はい。有名というのもありますけど、一度だけカラオケで一緒に歌わされたことがありますので」
「凄いじゃん!」
CMに起用されるほど知名度が高いアイドルとカラオケで遊んだ経験があるのは、ヒバナみたいな女の子にとっては自慢話になる。
そのはずなのに楓華が称賛しても本人は少々苦々しい表情を浮かべた後、顔色を悪くする有り様だった。
「えっ、どしたの?車酔い?」
「いえ……カラオケの時の事を思い出して気分が少し……。楽しかったですけど、某にはハードルが高すぎてキツかったんですよね」
「ふぅん?アイドルとなればエンターテインメントのプロだろうからね。それに加えて相手が有名だったら、何気ない会話でも緊張するわな」
「そ、そういう事にしておいて下さい。あぐぅ……。もう全てが黒歴史で、思い出すと全身がムズ痒くなるぅ~……」
よほど並々ならない出来事を体験してしまったらしく、ヒバナは身を捩らせて悶え苦しむ。
特に自分の頭を自ら何度も叩くという自傷行為へ走るものだから、これ以上は触れるべきでは無いと楓華は悟った。
それから2人が乗る車は走行を続け、ようやく役場となる建物へ到着する。
外見は簡素だが見上げるほど高く、それでいて堅牢という感想が出る造り。
ただ街全体が華やかなせいで、シンプルな建築に新鮮味を覚えてしまう。
また多種多様な種族が出入りしており、その中には威厳ある服装の人物も少なからず見受けられた。
「おーお、繁盛しているねぇ。客層も良さそうだし」
「どういう捉え方ですか。でも、用事ある人しか来訪しない訳ですから、客層が良さそうという感想はあながち間違いで無……」
話している途中、車は自動的に駐車場の空いている場所へ停められた。
それだけならば言葉を止める必要性は皆無なのだが、2人の会話を遮るように見知らぬ人物が車の窓ガラスを軽くノックしてきた。
「Hey!麗しき彼女達、これからお茶いかないかYO?」
見れば、いかつい体形で金髪の長身イケメン男性がドア越しに立っていた。
いくらオープンカーで目につくとは言え、停車する直前にナンパする行為は迷惑そのものだ。
それよりヒバナが極限に顔を強張らせ、完全に硬直していた。
もはや呼吸すら正常では無い。
そんなパニック状態の彼女の心境を楓華は察知し、身を乗り出しながら即座に言い返す。
「あのね、ここ役場でしょ?そして停車したばかりなのも見ているよね。それならアタイ達がすぐに用事を済ませたいって事が分かるでしょ」
「おいおい、怒らないでくれYO。もちろん、そっちの用事が終わった後で良いZE」
「うん、つい喧嘩腰になっちゃったのは謝る。ごめんね。でもね、アタイ達は婚約者でこれから婚姻届を提出するの。つまり、そんな記念となる1日を邪魔するのは無粋だって分かるでしょ?」
「それならこの俺、海の神ポセイドンが盛大にお祝いしてあげ……あふぅ!?」
婚姻届の話はナンパを断るための方便だ。
それでも執拗な誘いがまだ続くのかと呆れかけた矢先、いきなり男性の足元に異空間ホールができて呑み込まれてしまう。
まるで忽然と姿が消失したような出来事であって、突然の異変に楓華ですら困惑とした。




