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52.サプライズ×サプライズで頭がバカになる次女ヒバナ

ある日のこと。

楓華は喫茶店の出入り口から遠方を見渡し、更に周囲を歩き回って何度も同じような場所を観察していた。

もう見慣れた光景であるはずなのに、熱心に同じことを繰り返している。

今日は気分が良い天気だから、こうすることで自然に包まれた景観を堪能しているのかもしれない。

しかし実際はリラックスした時間を過ごしているわけでは無く、いきなり楓華はがっかりした声色で独り言を呟いた。


「なーんか、あまり観光客が増えたって気がしないなぁ。何が足りないんだろ~」


彼女は思い詰めていた。

足湯が完成すると共に村の宣伝にも入れ始めたから、それによる反応を得られていると思い込んでいた。

だが、細かな情報をデータ数値化してみたところ、前より観光客が僅かに増えているだけで劇的な変化が起きてない事を知ってしまう。

少なくとも思い描いていた理想と現状が剥離しており、彼女はそのギャップに深く苦しんでいた。


「あっヒバナちゃんだ」


楓華は、まだヒバナとはkm単位の距離が離れているのにも関わらず姿を視認する。

彼女の手には買い物袋が握られているので、村の外で買い物してきた帰りのようだ。


「そういえばヒバナちゃんは、よく1人で外出するんだっけ。だとすれば、アタイよりお客の目線を理解しているよね」


楓華は彼女の行動から着想を得ようと考え、瞬間的に真正面へ移動した。


「ヒっ!バっ!ナぁ~ちゃん!」


かなり独特で無駄に体力を使った呼びかけ方。

それよりヒバナは楓華が突然目の前に登場した事態に驚き、反射的に短い悲鳴をあげて後退りした。


「ひっ、わぁ!?ふ、フウカ氏じゃないですか!ど、どどどどんなお迎え方ですか!凄い勢いで来るから誰かと思いましたよ!」


「ありゃ?驚かせちゃったか。それはゴメンね~。それよりもさぁ、ヒバナちゃんに話を聞いて貰いたいんだよ。ちなみにこの世界の真相に関わるレベルで、すっごく機密で極秘情報のヘビィな相談ね」


楓華は秘密のウワサ話をするみたいに神妙な表情を作り、わざとらしく周りの様子を伺いながら声を潜める。

ミルやヴィムなら冗談の前振りだと察するが、あいにくヒバナはコミュニケーションに疎いので真に受けてしまっていた。


「そ、相談ですか。そんな重要だと、某では答えられる気がしませんね……。」


「ズバリさ、この村に足りないものって何だと思う?」


「ふえっ?あぁ……そういう相談でしたか」


「うん、そういう系の相談。それで何かな。やっぱり必要なのは水着イベントでしょ~!あとメイドでバニーするイベントか~!」


「えっと、(もよお)し以前に必要なものは多くあると思いますよ。交通手段は長距離バスしか無くて不便ですし、村に宿がありませんし、観光地を目指している割に名産やお土産屋さんがあるわけでも無いですし……」


ヒバナはあっさりと答えたが、その内容はとてつもなく重要な要素だった。

もはや目から鱗が落ちそうになるほど堅実かつ必要不可欠な事ばかりで、その最低限のラインすら達して無い事を楓華は初めて知る。


「はっ?マジじゃん。あまりにも正当すぎてビックリしたよ。くっそ~。アタイって初歩的な手段を忘れがちだなぁ」


「その他にも、この村でしか体験できない特別を用意するのが望ましいですよ。それこそ田舎らしく自然区域を利用するなど」


「良い助言だね。それじゃあキャンプ場を用意するよ。だけど、目下の問題は交通手段かな。とにかく交通を解決しないと、どんな先進的な取り組みを成しても無意味だ」


「できれば、駐車場もあった方が良いですよ。ちなみにこの異世界では飛行船の類も日常的に活用されているため、かなり広い土地が必要です。例えば、提督のおじいちゃんみたいな宇宙戦艦も珍しくありません」


「そう言われたらドラゴンが普通に飛んで来るぐらいだしなぁ。おっけー、とにかく改善するべき目安が見えてきたよ。温泉の件と言い、やっぱヒバナちゃんは相談役に最適だね!」


「あ、ありがとうございます?」


ヒバナ自身は変哲(へんてつ)も無い意見を言っているつもりなので、いきなり大きく持ち上げられても戸惑うだけだった。

そうしている間にも楓華が村のための行動へ移ろうしたとき、ふとヒバナは大事な用件を思い出す。


「あっ!ちょっと待って下さいフウカ氏!そういえばさっき街へ出かけていた時に、フウカ氏にお土産を買って来たんです」


「アタイに?さすがヒバナちゃん、気配り上手だね!」


「持ち金が多く無いので大した物ではありませんけど、あの……腕時計です」


ヒバナはそう言いながら箱を取り出し、素人が見ても安っぽいと分かる小さな腕時計を見せてくれた。

すぐに楓華は笑顔で箱ごと受け取り、このサプライズに感動しながら大声をあげて喜んだ。


「おぉ~腕時計か!すっごくオシャレじゃん!うん、ビジネスウーマンみたいで良いね!」


「もしフウカ氏のセンスに合わなかったら、身に付けず記念品にするだけでも良いです。ただ、前に懐中時計を借金の取り立てに渡したことが気がかかりでしたので。前の時計に比べたら、代わりにはなりませんけど……」


「ううん、そんなこと無いよ。マジで嬉しいし、ヒバナちゃんが選んでくれたと思うと幸せも倍増だから!えっへへ、一生大事にするよ!」


「は、はい。そう言って頂けるなら良かったです。安心しました」


「え~?もう姉妹であり婚約者なんだから、大袈裟(おおげさ)に気を張ったり緊張しなくてもいいのに。……っと、アタイも何かお返しを考えないとね。まだあまり婚約者らしい事をしてないしさ」


楓華は腕時計を利き腕の手首に付けながら、さりげなく愛人関係を強調する言葉選びで喋り続けた。

ヒバナは金の婚約指輪を見る度に新婚生活のことを想像していたが、当事者から婚約者という関係性を引き合いに出されると現実味が増して少し恥ずかしくなった。

だから照れてしまい、その特別な接し方に対して気恥ずかしそうな笑みをこぼす。


「あっはは。フウカ氏の方こそ気負う必要は無いですよ。某は婚約者として、まだまだ未熟ですから」


「よし決めた!婚約者ルールその1!帰宅の際にはお帰りのキスで歓迎!」


「へっ?あっ、あぅ」


ヒバナは何らかの反応を示す前に唇の自由を奪われることになる。

このとき彼女は手荷物を持っていた不自由な状態に加えて、楓華の突飛も無い発想についていけてなかった。

そのせいで余計に何も理解できない。

しかも楓華はあらゆる物事を全力で取り掛かる性格なので、より最大限の愛情表現をするためにヒバナの体を抱き寄せた。


「あむぃ……」


どこから発せられているのか具体的な事な曖昧だが、何やらヒバナはこれまでの人生で聞いたことない声や音を聴く。

そして新感覚の体験をするものの、今は頭の中が真っ白になっているせいで全ての情報が丸ごと流れ出ていった。

体の自由と思考、更に時間感覚も奪う楓華の愛情。

その度合いと情熱はヒバナの想像を容易に上回るものであり、唇が離れた頃には顔が真っ赤になっていた。


「だ、唾液が……。某の唇……いえ、舌が吸われた?何も分からない……。でも、こんな事を外でなんて……ドキドキします」


「ん?あぁ、確かに外だとハレンチか。それじゃあ、ルールその1は自宅内限定にしよう」


「えっ、つ……次からは家だけですか?そ、そのぉ……それならぁ……あの、えっと~……」


「どした?」


「ここで……もう一度、今と同じこと良いですか?これで最後で良いので……!」


「おぉ、意外に攻めるね~。でもヒバナちゃんのワガママならアタイは何でも許す!珍しい事だしさ!」


楓華は元気よく要望に応え、ヒバナの望み通り先ほどと同様のキスを交わした。

今度は覚悟した2度目だから、最初よりヒバナの中で色々な情報が鮮明となっている上に抱き締め合っていた。

幸福感もあるけど、それ以上の充実感のおかげで心が清らかな想いで満たされる。


新しい家族と過ごす時間より甘く、自分の感覚がバカになっているとヒバナは思った。

でも、それが最大限の幸せ。

余計な事を考えないまま今が幸福という事実をひたすらに実感できて、もっと頭が悪くなって昔の事を忘れたいと彼女は本気で願った。

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