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51.喫茶店を営む長女ヴィムが幸せな日々を送るまでの手記

そして私がフィルツ家のメイドを辞めることになった日のこと。

あの日……というより、その日が訪れることを事前に聞かされたときは平常心では居られなかった。

あれは旦那様とマリー、それから他のメイドや執事たちなど全員が揃った大部屋で語られた。


「……ということだ。みんな、すまない。しかし、この千載一遇とも言える機会を絶対に逃すわけにはいかないんだ」


旦那様は申し訳なさそうに言うものの、断固たる決意が表れた顔で話した。

そこで伝えられた内容は、マリーの治療のために大半の財産を売り払い、新天地で生活するというもの。

もちろん忠義を尽くして付いて行こうとした人が居たけれど、金銭の問題で付いて行けるのは給仕と実力に優れた旦那様の古き執事1人だけ。

あとの人達は旦那様の紹介で別の仕事場へ行くか、退職金で全く新しい人生を歩むか。


マリーの病気が完治するなら、これは吉報。

でも、これまでの日々が幸せすぎた私ヴィムにとっては………難しい話だった。

正反対の感情が入り混じり、とにかく苦しくなった。

私に決定権は無いから旦那様の決断が全てだ。

そう思えば私が悩むことは新生活の事くらいなのに、今を手放したくない気持ちがあまりにも強すぎた。


ただ今生の別れでは無い以上、できるだけ希望ある別れ方をするべき。

私はそう考え直して、退職金のほとんどを使ってロケットペンダントを市場で買った。

出発の日に、私はそれをマリーに手渡したときの状況を明瞭に覚えている。


「マリーちゃん。これ、プレゼント。幸運の魔法が掛けられていて、どんな願いも1つだけ叶うと聞いたの。あの時……一緒に行った市場で見かけたのよ」


「ぐすっ……うぅ~……あ、ありがとう……ヴィム。はぁ……うぅ…」


マリーは持病が悪化しそうなほど最初から最後まで大泣きしていた。

もう全員が困り果てるくらいずっと泣いているから、別れを覚悟していた私も我慢できなくて泣いた。

大粒の涙、熱く切ない感情。

更に2人揃って顔を酷く歪め、情けないほど大声の嗚咽を漏らした。


そして最後は転移の魔法陣で移動する事になっていたから、いざ別れるとなれば一瞬だ。

だから別れが訪れる直前に、マリーは悲しい感情を無理やり抑えて伝えてくれた。


「マリーはね、ヴィムとの再会を願うから!このプレゼントしてくれたペンダントの魔法で、再会の願いを叶える!だから、ヴィムは元気で……幸せに生きてね!」


「ありがとう、マリーちゃん。ぐすっ……」


その数秒後に大事な親友の姿は転移で消えた。

満月みたいに美しく、魅力あった少女との長い別れ。

でも月は巡るから、きっともう一度姿を現してくれる。

私とは違う場所を巡って、月のように姿を少しだけ変えて会えると信じている。


それから幸せに生きてと言われた私だけれど、新生活は少し無鉄砲が過ぎた。

もし道場を営んでいるおじいちゃんに拾わなければ、無事では済まされなかった事態に見舞われていたはず。

とはいえ拾われた後も問題は絶えず、新しい2人の妹たちの日常生活能力はびっくりするくらい褒められるものでは無かった。


次女のヒバナはどんな人生を歩んできたのか今でも具体的な事は知らないけれど、極端に人間不信で家族同然になるのに苦労した。

末っ子のミルは幼い見た目とは裏腹に柔らかい物腰が壊滅的で、ずっと緊張感を保った雰囲気が強烈だった。

しかしミルの方は……、話を聞けば人材が使い捨ての世界だったから仕方なかったと同情できる。


何であれ、おかげさまで初めて経験する苦労ばかりで頭を悩まさせられた。

けれど、2人とも本当は優しい性根だったことは救いだ。

どちらも真摯で、この新生活を喜んで受け入れてくれた。


これで幸先が良い生活が送れると思ってから間もなく、おじいちゃんが亡くなってしまって借金の取り立てに追われる。

不幸と幸福、どちらも絶え間なく続く。

このとき幸福だったのは姉妹全員で力を合わせて生活する決意が固まり、周りの人達が好意的に支援してくれたこと。

不幸だったのは現実的な金策方法が成り立たず、返済の見込みが全く立たなかったこと。


それから次に幸福が訪れのは、おじいちゃんが亡くなった1年半後。

太陽と呼ぶに相応しいほど、力強くて頼りになるフウカちゃんが私たちの前に現れてくれた。

私が頼りにする人間は、おじいちゃんとフウカちゃんだけ。


それくらい彼女は立派な力を持っていて、一緒に過ごしている時は安心して肩の力を抜けた。

行動と考えが少し大胆な彼女だけれども、人生の伴侶にするならこういう気質の人が良い。


「ヴィム姉、お客様をお連れしたよ~」


私が気分転換にカウンターで手記を書いているとき、フウカちゃんが軽い口調で声をかけてきた。

それによって私は気持ちを仕事モードへ切り換え、半生を(つづ)った手記を片づけながら準備を整える。


「あらあら、この時間にお客様なんて珍しいわね。観光客かしら。さぁ、いらっしゃいませ」


フウカちゃんが連れて来たお客様は女性で、月のように美しかった。

つい見惚れるほど綺麗な瞳。

更に清楚で可憐な服装と、それに見合う緻密な造りが施されたロケットペンダント。

それを知ったとき、私とお客様はお互いの姿を見て驚きより嬉しい気持ちでいっぱいになる。

そして女性のお客様はカウンター席へ座るなり、あの時と変わらない話し方で注文した。


「良いお店ね、ヴィム。それじゃあ、いつもの紅茶をちょうだい」


「ふふっ、分かったわ。それじゃあ少々お持ちください、マリーちゃん」


どうやら今の生活は不幸より幸福の方がずっと多いみたい。

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