5.目指すは武術大会の優勝……というより同居
それから彼女ら2人は他に客が居ない店内で、年季が入ったテーブル席に着く。
そして楓華は出されたお冷のコップに口を付け、喉を潤すようにゆっくりと飲んだ。
「あー、普通の水なのに凄くおいしい。可愛い女の子と一緒だからかな」
「あはは……、おじさん臭いですね」
「ちょっとした冗談だよ。それで、さっきの男性は?あの様子からして借金の取り立てだよね」
「えぇ、その通りです。それで順序立ててお話すると、まず某は3姉妹でして、ヴィムお姉ちゃんの他に妹のミルが居るんです」
「ふぅん」
会話のやり取りからして姉妹なのは薄々分かっていたが、楓華から見てもヒバナとヴィムの容姿が違い過ぎると感じた。
しかも似通っている身体的特徴が皆無どころか、目の色まで異なっているので、おそらく義理なのだろう。
ただし、綺麗で可愛いという要素は姉妹の共通点だと楓華は思いながら、相手の話に耳を傾けた。
「それで3人とも、とあるおじいちゃんに拾われた身なんです。おじいちゃんは武術道場の師範で、凄腕と名高い流派だったらしいです」
「だったらしい、か。お世話になった割には曖昧なんだね」
「実は晩年に拾われて、まだ会話すら少ない内に逝去されてしまったので……。それからしばらくして借金が発覚して、取り立てが来ているわけです」
「その借金の原因は?」
「某たち3姉妹のためにお金を沢山借りたのが原因です。おじいちゃんは某たちを溺愛して、必需品に限らず、あれこれと買ってくれました。ですので、元から某たちが作ってしまった借金も同然なんです」
「なるほどね。それで借金を返すために、こうして食堂………じゃなくて喫茶店もやっているわけね。道場の方はどうなの?」
この質問したときに、早くもヴィムが料理を運んで来てくれる。
フライドポテト付きのハンバーガーセットとタピオカミルクティーで、楓華は「いただきます」と挨拶してから食べ始める。
そんな行儀正しい彼女の様子を見つつ、ヒバナは質問に答えてくれた。
「道場はおじいちゃんが逝去した後は門下生がいなくなり、廃業同然へ追い込まれました。某たちは名目上は師範代ですけど、妹のミル以外は弱いですし……。ちなみに当時いた門下生は、別の道場へ行きました」
彼女らが引き取られた頃には晩年だったから、流派が継承ができなかったのは当然だろう。
それに門下生が他の道場へ行ってしまう事も、あまり驚く話では無い。
そう楓華が考えながら食べている傍らで、ヴィムが少し得意気に喋り出した。
「けれど、最近は色々と手を打ったおかげで1人だけ新しい門下生が入ってくれたのよ。私の経営手腕によるものだし、さすが私ね」
「その新しい門下生さんは、完全に特典サービス目当てですけどね……。1日3食無料、更にオヤツ付きという力技で引き入れました。授業料は払ってくれていますが、ほとんど修行してません。しかも赤字です」
「1人でも門下生が居れば宣伝しやすいし、他の人が入りやすい環境も作れるから決して惜しくない出費よ。修行に関しては、元より指南するだけの技量を持ち合わせてないから仕方ないわね」
「あと一応……取り立ての方の話によると、道場と喫茶店を売れば借金のほとんどを返せるそうです。でも、某たちは喫茶店を住居にしていますし、当然おじいちゃんの道場も手放したくありません」
この時のヒバナは辛そうな表情であると同時に、諦めたくないという信念が感じられる眼差しとなっていた。
逆境を覆したい。
そんな強く前向きな意思を楓華は快く思い、1つ提案した。
「うん、だいたいの事情は分かったよ。ちなみに一発逆転の案として、大会で賞金を得るってことはできないの?」
「えっと一応、近い内に個人戦の武道大会が街で開催されます。それで入賞すれば賞金も獲得できます。ただ、さっき言ったように妹のミル以外は極端に弱いわけでして……。恥ずかしい話ですけど、いつも予選落ちですね」
「妹さんはどこまで行くの?」
「過去最高の順位は3位ですね。そのため多くは無いですが賞金も出ました」
「要するに3位くらいの賞金じゃあダメってことか」
「頻繁に大会が開催されるわけじゃないですからね……。利息で膨らむ借金を一括返済できるほどでは無いです。それどころか、仮に優勝しても難しい額ですよ」
「おっけー。じゃあアタイが優勝すれば、全額は無理でも返済達成のラインに大きく近づくわけだ」
楓華は気軽に、尚且つ当然のように言いきる。
この発言に驚くべき点は2つある。
まず彼女に実力の覚えがあることで、2つ目は借金返済の協力が前提になっていることだ。
「あのフウカ氏?そんな、わざわざ某たちのために苦労する必要は無いんですよ?それに金銭的な問題ですから申しわけが立たないです」
「それなら交換条件ってのはどう?アタイが優勝したら、その賞金を借金返済に充てる代わりに一緒に住む。なんせ今のアタイは無一文で寝る場所すら無いからね。これだったら引け目を感じないだろ?」
「そうですね……。ありがたい申し出でもあるので、こちらとしても強く断る理由が無いです」
「むしろアタイが得するだけの話だよ。おっと、あと今回の食事代をツケにしないといけないね。あっはははは!」
彼女ら姉妹に未来が明るいと思って欲しくて、楓華は大げさに笑う。
それだけで暗い雰囲気は完全に吹き飛ばされ、自然と心が軽くなった。
だが、ヴィムの方は現実的な観点で物事を語る。
「可能性があるだけでも嬉しい話だわ。けれど、いきなり優勝は夢物語にも程があるわよ。それを前提に話を進めてしまうのは、勇み足が過ぎるんじゃないかしら」
「あっはは、ヴィム姉貴の言う通りかもね」
「あ、姉貴?さすがに姉貴呼びは違和感が凄いわね」
「じゃあヴィム姉って呼ぶよ。それで末っ子の妹が……名前なんだっけ?」
「ミルよ」
「そうそう。そのミルちゃんと一度手合わせすれば、実力の水準が分かるからね。それで優勝が現実的かどうか、改めて判断すればいいだろ?」
「私個人としては、あまりオススメしないわよ。ミルとの手合わせと、あと『ちゃん』付けで呼ぶことも。ミルは繊細な子で、過敏で過激だから」
ミルの性格を言葉で伝えることが難しいらしく、ヴィムは控えめに話すだけで詳細を語ろうとしなかった。
それはヒバナも同じであって、少し気まずそうな乾いた笑いで場を誤魔化してしまうのだった。




