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49.撮影で芽生える新しい希望と小さな恋心

※古代ルーン文字を使用しているため、機種によっては『・・・』表示になっています※


ただ明日になったら今この場で体験している情景を忘れても不思議では無いほど、とても些細な瞬間だ。

それでも今が楽しいことは間違いなく、どれだけ落ち込んでも気分が舞い上がる一時があることを忘却してはいけない気がした。

何より楓華と一緒に居る時は、いつも気分が浮かれて前向きになれる。

そうヴィムが自覚した頃、彼女ら2人は神社へ続く石段前に到着した。


「いくら快適でも、さすがに自転車で階段を上るのは無理があるよなぁ。ここは歩こうか」


「まだ飲み物とかはカゴに入れたままで良いかしら?」


「そだね~」


楓華は呆けた軽口で返事しつつ、けんけんぱ(・・・・・)する要領で交互に片足跳びしながら石段を上り始めた。

無我夢中な顔で無駄に左右移動を含めた上り方は、活発な子どもっぽい。

同時に年齢が離れた妹みたいであり、普段はヴィムが彼女に頼る側でも、何気ない日常生活では自分が保護者側になった気分だ。

それから2人は普通に歩き上るより時間をかけて神社の境内へ足を踏み込んだ後、急に楓華が感嘆の声をあげた。


「やったぁ~ふぅ到着じゃけん~!」


「いつも以上に上機嫌(じょうきげん)ね」


「アタイは楽しむ時は全力で楽しむ派だから!いぇいイイエーイ!」


「そう言われてみれば、遊園地やプールでも駆け回るくらい元気だったわ」


「そうでしょ~?つまりアタイは世界を照らす太陽ってこと!」


「あらあら、突拍子も無い理屈ね。でも、太陽という言い分は正しいと思うわ」


本心を語るとヴィムは何も理解できていなかったが、安易に否定するどころか楓華の発言を肯定した。

これは中身が無い会話だから適当に調子を合わせただけに過ぎないのだが、楓華を太陽に例えるのは一理あると感覚的に思ったからだ。


彼女は太陽同様に輝かしい。

そして、それ以上に力強い。

存在するだけで周りに恵み与えるほど(たくまし)しく、並々ならぬ生命力と気力が溢れている。

それは同じ年頃の女性としては悔しいくらい羨ましくて、何度も尊敬し直すほど立派なこと。

そんな彼女がヴィムに満面の笑顔を向けて、とある提案を口にした。


「よし!すっごく良い事を思いついた!風景写真や野生動物をいっぱい撮ろうか!」


「日々の様子をアルバムに収めるのかしら?」


「それもあるけど、喫茶店に写真を飾るんだよ!そうすれば知らない人も村の魅力を知れる。同じ光景を自分の目で見たくなる。あと私達の歴史も知って貰えるでしょ?」


楓華の笑顔のように素晴らしさが満ちたアイディアだった。

喫茶店という気楽に(くつろ)ぐ空間ならば、じっくりと写真観賞してくれるだろう。

何より喫茶店内でお客に新しい楽しみを提供できる。

これはヴィムが新商品開発ばかりに気取られていた上、何も無い田舎村だと思い込んでいたから気づかなかった。


「いいわね。うん……、上手く言葉が出てこないくらい良いわ。利点がイメージしやすいし、すぐに実行できるもの」


「模様替えにもなるし、おまけに間接照明で写真を照らせば雰囲気が出るよね。あと壁の(ほころ)びとかは、大地の精霊が使ってるナノマシンで修復できる気がするな~」


「何事も試せば分かるわ。不調の調理機器はどうしようかしら」


「メニューを絞ろうか。あくまで使えないのは一部でしょ?あとの問題は……外装かなぁ。もう眩しくなるくらいネオンで光らせる?」


「何事も試せばと言った矢先だけれど、財源は無限じゃないのよ。ひとまず塗装し直すだけで良いんじゃないかしら。隣の足湯と統一感が出るよう一新しましょう」


「おぉ、すっごく良いアイディアじゃん!っと、野鳥みっけ!あと野花!昆虫!うお~、被写体がこんなにいっぱいある!今のアタイはまさに写真家!撮るぞ探すぞ撮りまくるぞ~!」


お店について話し合っている途中、いきなり楓華は別のことに興味が向いてデジタルカメラで撮影を始めた。

ヴィムはそんなマイペースに盛り上がっている彼女に合わせ、同じく被写体を探してあげることにする。

そうして神社内だけでも長い時間を過ごしていると、楓華は神社を撮影している際に気が付いたことを口にした。


「そういえばさ、神社があるってことは神様を(まつ)っているんだよね。ここってどんな神様が信仰されているの?」


「どうだったかしら。花見の宴会場やお祭りの開催場所みたいな扱いで、具体的な信仰内容は知らないわね。でも、さすがに本社に名前くらいは書いてあるでしょ?」


「書いてあるけど……アタイじゃあ読めない字だなぁ。おっかしいな。この異世界に転移されても、馴染みない字は自然と読めたのに」


実際『ᚴᛁᚾᚢᚾᛟᛏᛟᛗᚪᚱᛁᚵᛁ』と書いてあって、どう読めば良いのか見当もつかない。

せいぜい楓華が見て思うことは、1つの単語にしては長く感じるだけだ。


「で、ヴィム姉。これってどう読むの?」


「私も読めないわ。ただ前にミルが、キンウノ………なんだかって言っていた覚えがあるわね」


「ありゃ、ミルちゃんは読めるんだ。うーん、魔法学に通じる分野なのかな。とりあえず写真を撮っておこーっと」


楓華はパシャッと社全体が画に納まるよう写真を撮る。

その瞬間、彼女はカメラの画面越しでは無く、自分の視界の淵に知らない女性が入り込んだ気がした。


「うん?誰かピースしていたような?まぁいいや。ねぇヴィム姉、せっかく来たからお参りしようか」


「そうね」


「あと見晴らしが良い場所でツーショット写真を撮ろう!色んなポーズでさ!」


「ふふっ、面白そうね。フウカちゃんからの誘いだと、どんな事でもユニークに思えてくるわ」


それから2人は神社で撮影を終えた後も村の至る所を巡り、何度も撮影会を始めた。

時には通りかかった村人を巻き込んで撮影し、オススメスポットを訊いたり農作物や工芸品の撮影も行う。

まさしく小さな旅行で2人っきりの探検。


のんびりと楽しい時間を過ごし、軽食を食べさせ合ったり。

すると気が付いた頃には村全体が夕焼けに包まれていた。

とても輝かしい夕日。

それを楓華は自転車を漕いでいるときに見かけたとき、唐突に湧き上がった感情を吐露した。


「ヴィム姉!アタイ大好きだよ!」


「なっ、何よ急に?」


いくら一緒に村を楽しんだとは言え、この告白は不意だった。

だからヴィムは戸惑いと恥じらいを覚えたのだが、楓華が次に続けた言葉は少しだけ拍子抜けなものだ。


「この村のことが大好き!」


「えっ?あぁ、そっちね……」


「ん~?ヴィム姉の事も大好きだよ!ちゃんと愛しているから!」


「もう、わざわざ言い直されても心に響かないわよ。それに愛情表現のリップサービスが過ぎるんだから」


「本当に愛しているんだけどな~。尊敬しているし、アタイはヴィム姉に元気づけられているんだよ!偉い!立派!家事上手!世話も上手!」


「箇条書きみたいな後付けが凄いわ」


「えっへへ。まぁいつかサプライズパーティーして、新婚旅行しようね!」


いよいよ楓華の思いつき発言が極まり出して、ヴィムはどこから指摘すれば良いのか分からなくなっていた。

ずっと取り留めが無くて、振り回され続けられている。

それでも、彼女は心から素直な返事を1つだけ伝えられた。


「楽しみにしているわ、フウカちゃん」


期待の表情でヴィムは答える。

それから帰宅した後、楓華はすぐにモモと連絡を取った。

これは自転車の試乗報告だけでは無く、撮影データの現像も兼ねている。


そのおかげで夕食を終えた頃には一部の現像が終わり、早速ヴィムは厨房に写真立てを置く。

それは楓華とツーショットで撮った写真が収められていて、2人揃って変わったポーズで面白おかしそうに映っている。

他の人に見られるのが少し恥ずかしくなるくらい子供っぽい写り方をしているけど、彼女には掛け替えのない思い出だ。

だから写真を温かい目つきで静かに眺めた後、ヴィムの口からは幸せの吐息が漏れるのだった。

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