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48.長女ヴィムと楓華のサイクリング

火山と足湯専用の温泉が完成してから数日後のこと。

あれから景気好転の兆しが確実に表れ始め、盛況とは言い難くとも村外から訪れる観光客は増えていた。

それにも関わらず、長女ヴィムは楓華と一緒に喫茶店の掃除と点検作業をしているとき、ふと思い詰めた表情で溜め息を吐く。

その溜め息は露骨に重く長い。


「はあぁあぁ~……」


こんな腑抜けきった声を聞けば、誰だろうと彼女が悩みを抱えていることは察知できる。

だから楓華は作業の手を止め、しっかりと視線を向けて心配した。


「どしたのヴィム姉。あからさまな溜め息なんて珍しいじゃん。体調でも悪いの?」


「あらあら、ごめんなさい。そんな気を遣わせるつもりじゃなかったの。体調は一応大丈夫よ」


「じゃあメンタルが優れない系かな?」


「まぁ……そうなるわね」


視線は泳いでいて、どこか上の空で曖昧な返答。

しかし楓華は高い洞察力を活かし、そのたった一言から全ての心情を察した。


「よし、分かった。解決しなければいけない意識が芽生(めば)えているけど、それ以前に何が問題なのか具体的な輪郭(りんかく)が不透明のまま。そのせいで漠然とした不安が残るばかりで、どう考えれば良いのか分からない。ってことだね」


「あながち間違いでは無い推測だけれど、何にしても物分かりが良すぎるわよ」


「いやぁ、今のアタイが言ったのは将来に対する不安みたいな感じだから。それでヴィム姉は何を心配しているの?お店と道場の現状、自分自身の将来、それとも姉妹や借金かな?」


「いざ問題点を羅列(られつ)されると、ずいぶんと不安定な生活だわ……。ただ、そうね。その中で一番気になるのはお店の現状かしら」


そう言ってヴィムは店内を見渡した。

食器、調理道具、店舗設備、それらのほとんどは問題なく使用できる。

だが、前の地震の影響で隠しきれないヒビが壁に(しょう)じていたり、一部の調理設備が使用不能のままだ。

しかも元より古臭い雰囲気が抜けきれてない喫茶店だったので、本格的に改装を検討しなければいけない。

少なくとも、新規のお客が心地よく利用できる空間では無い惨状だから店内を閉鎖している。


「人の出入りを制限しているから、辛気臭さが一段と増した気がするわ。その代わり足湯における飲食サービスを始めたけれど、やはり店舗内で休みたいと要望する人が多いわね」


「いくら足湯が立派でも、悪天候になると不便さを覚えちゃう造りだもんね。それに田舎だから休憩に適した場所が他に無いしさ。どうする?やっぱり喫茶スペースを開放する?」


「それは無理な相談ね。まだ開放していた頃、観光客が今の店内を見た途端に引いた表情を浮かべるなり、そそくさと帰ってしまった光景が忘れられないわ。正直、かなりのショックで吐きかけたわよ」


「うわぁ、ヴィム姉の目が死んでる……。これは確実にトラウマになっちゃってるよ」


「はあぁ……もう思い出したら溜め息が止まらなくなるわね。そもそも外装を見かけただけで嘲笑されたり、方向転換するお客さんも居て……。せっかくフウカちゃんが頑張っているのに、はぁ~」


かつてないほどヴィムの気分は沈み、落ち込み過ぎるあまり体調まで悪くなりかけていた。

体調が悪くなれば、よりネガティブな思考に陥るだろう。

そんな彼女の悪循環を見かねて、楓華は明るく声をかける。


「ねぇヴィム姉!」


「あら、どうしたの急に大声を出して」


「ちょっとアタイと一緒に出かけようか!そういえばこの前、モモちゃんから試作品の自転車を2台も譲り受けたんだよね。ちょうど良い機会だから付き合って!」


「それは構わないけれども、上手く自転車に乗れるかしら」


「だいじょぶ大丈夫。安全自動運転プログラムが組み込まれていて、システム制御されているって話だよ。それに工事代の支払いも兼ねた試運転だから、なるべく活用しないとね……」


楓華は忍びない気持ちを覚えているようで、それとなく声を潜めて事情説明した。

どうやらモモは楓華には金銭の支払い能力が不足していると判断して、別の方法で清算させる契約を結んだらしい。

それが実験という労働であり、どんな実験内容にも耐えられる逸材は他に居ないことを思えば、お互いに大きく得する契約だ。

また、その他にモモが得していることをヴィムは知っていた。


「そういう契約を結んだのね。まぁあの子は私達と違って金銭面に困る生活をしていないから、フウカちゃんみたいな協力の方が助かるのかもしれないわ」


「えっ、そうなの?確かにモモちゃんは収入を得ているとは言っていたけどさ。案外お金持ちだったりするんだ」


「道場へ勧誘した頃に聞いた話だけれども、モモの姉がお小遣いを多くあげているらしいのよ。それも新築の一軒家が毎月建てられる額なの」


「へっ!?それは明らかにお小遣いって額じゃないでしょ!」


「私もそう思ったわ。結局は研究費用にしているともモモは言っていたけれど、それでも貯金が増える一方だと羨ましい話をされたわね」


「ひぇっ、それマジ?普段だったらお金がどうこうなんて気にしないのに、さすがにビックリする話かも。うーん、なんか予想外だなぁ……」


もしモモが楓華たちの身内であれば、あっさりと借金を全額返済してくれそうな話だ。

とは言え、さすがに妄想の域に踏み入った考えであるため、すぐに楓華は本来の話題へ戻した。


「まぁー、ひとまずお金の話は置いておいて、アタイ達はアタイ達で今を楽しもうか。特にどこへ行くか決めてないけど、すぐに出られそう?」


「気分転換のサイクリングだから、飲み物と軽食だけ用意するわ」


「そうだね。じゃあ、ついでにアタイの方でカメラとメモ帳を用意するよ。楽しい記念撮影と、あとはお店のことで(ひらめ)いた時のネタ帳としてね」


それから楓華とヴィムの2人は簡単な身支度を済ませた後、小さな倉庫から自転車を2台引っ張り出してきた。

どちらの自転車も同デザインで無駄を省いたスタイリッシュな造りだ。

ただ先頭にはカゴが備え付けられていて、よく見比べるとフレームの一部が色違いになっている。

そして、2人はそれぞれの身体に合うようペダルやサドルを調整し、まずはその場で軽く漕いでみた。

するとヴィムの方は特にシステム制御の恩恵を感じているらしく、軽い口調で自転車を褒めた。


「これは楽で良いわね。平坦な道と坂道でも漕ぐ力は変わらないし、ちょっとした振動や風向きにも対応して補助してくれるわ」


「アタイですら違和感を覚えないくらいだよ。ここまで自然体を維持して補助するのは便利だね。かなり多機能だし、感心するよ」


「その分、装置の操作が複雑で走行中に速度切り替えしたりするのは難しそうね」


「それは慣れたら気にならなくなるかもよ?とりあえずさ、今日は観光客気分になって村の神社まで軽く走ってみようか。さぁさぁ出発進行~!」


2人は慣らし運転を兼ねて、まるで時間が無限にあるかのように自然に囲まれた田舎道をゆっくりと辿り始めた。

好天に恵まれた空の下で、一緒に走るというスポーツコミュニケーション。

それはすっかり見慣れた光景でも、自分の足で歩いたり走るのは違うから新鮮な感覚を味わえる。


緩やかに突き抜けて後ろへ流れる風、いつもとは異なる視点の高さ。

前へ進むための体の使い方も違うから、より特別感が増した。

そんな束の間の体験を2人っきりで過ごせて、ついヴィムは嬉しくて微笑んだ。


「ふふっ」

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