44.大地の帝王は温泉を浴びてミルク入浴して小さな正体を晒す
地中から飛び出すのみならず、まったく無傷である楓華の姿に大地の帝王は驚き声をあげた。
「なにッ!?貴様、まだ生きていたのカ!?」
「勝利に酔い痴れていた所を邪魔してごめんね。そのお詫びとしてプレゼントをあげるよ。そしてミルちゃんは返して貰う」
楓華が言いきった直後、彼女が通って来た穴から熱湯が噴出した。
これは源泉から流れ出した温泉であって、敵は思わぬタイミングで湧きだした熱湯を浴びることになる。
そして楓華は間髪無くミルを拘束していた岩石を打撃で破壊し、疲弊した少女を抱えあげていた。
反撃と奪取。
この両方を瞬時に成された事により、帝王の怒りは沸騰して怒声あげた。
「愚か者ガ、愚か者がぁ愚か者ガあぁ!!なんと不遜な輩ダ!なんと無知蒙昧な種族ダ!少し濡れた程度で怯む体では無イ!」
「そりゃあ、そこまで規格外に図体が大きいからね。だけど、それで終わりってワケないでしょ。時雨流スキル・内部研削撃」
楓華はスキルを自己流で編み出し、落下しながらも捻り曲がった軌道を描いた足技を打ち込んだ。
相変わらず攻撃の破壊力は絶大。
ただし、今度は破壊に加えて異常な現象が相手に襲い掛かっていた。
「こっ、これは……構造維持が……保てン!?」
攻撃を直撃させた箇所から衝撃が渦のように広がっていき、やがて敵の全身は震えが止まらなくなった。
楓華はそんな相手を前にして、ミルを抱えたまま着地する。
そして痙攣し続ける敵を見上げて彼女は語った。
「ぶっつけ本番の技だから分からないけど、永続的に衝撃が起きるスキルだよ。つまり再生しようともダメージは絶えないってこと。ずっと崩壊し続けるなら、いくら元通りに復活しても意味無いでしょ?」
「ふ、ふふふふざけるなァ!」
「威勢は良いけど、体と口が凄いガタガタ言ってるね。っと、呑気にしている場合じゃないか。ミルちゃんはちょっと休んでて」
楓華は間欠泉から離れた場所へ移動し、安全を確保してからミルを降ろして地面に座らせる。
そして彼女が敵へ向かって踏み出す直前、ミルは自分が分かったことを伝えようと取り留めない言葉で必死に話した。
「あの、フウカお姉様……!多分、この大きな相手は本体じゃない。だから別の人がスキルで操っているだけで、どれだけ倒しても無駄かもしれなくて」
「うん、ミルちゃん教えてくれてありがとうね。でも大丈夫。先手は打っているからさ。とにかく安心して待ってな」
楓華は優しい表情と言葉でミルを宥めた後、姿を消す速度で駆け出した。
その速さは理解を越えており、疲弊したミルでは全く捉えきれない。
そうなれば万全な状態から程遠い敵も反応できないことは必然で、またもや敵の視界は回転する羽目となってしまう。
頭部が落下するほど、再び全身が破壊されてしまったのか。
毎度ながら一撃が強力無比で、本来なら通常弾頭の対地ミサイルが直撃しても傷つかない体をあっさり破壊することに敵は戸惑いを覚え始めていた。
そんなサンドバッグ状態が繰り返される最中、これまでとは視界の揺らぎが大きく異なることに大地の帝王は気が付く。
「空が……いいや、空しか見えン」
事態が把握しきれず、既に呆け気味の発言。
とは言え、混乱して呆然とするのは致し方ない。
なぜなら全身をバラバラに崩壊させられた上、体のパーツがボール感覚で上空の彼方へ投擲されていたからだ。
また、バラバラと言っても1つ1つが民家より遥かに大きい破片はずなのだが、楓華は小石同然に軽々と投げている。
「気分転換にアンタも温泉を楽しみな。ちょっとミルク臭いかもしれないけどね」
この言葉が聞こえたと思った途端、大地の帝王は湖に沈む感覚に包まれた。
深く広く暗い。
どれを取っても真水とは掛け離れた纏わりついた水質だから、泥沼にでも放り込まれたしまったかのと錯覚する。
しかし実際はヴィム火山の火口内であり、唐突に巨大な異物を入れたせいで火口を満たしていた人工ミルクは溢れ出していた。
そのせいで楓華は体が人工ミルクまみれとなってしまうものの、平然とした顔で火口の淵に立ちながら人工ミルクの中で足掻く帝王を見下ろした。
「これで復活するとなっても、ミルクが染み込んだ砂となれば巨体を支えられる状態では無いでしょ。あぁ……いや、それ以前にスキルが作用する特殊な物質じゃないとダメなんじゃないか?」
楓華はそう言いながら、自分の足元に落ちていた砂粒を指先で掬い上げた。
そして凝視すると、とても生物の肉眼では視認できないほど砂より小さな物体が蠢いている。
「モモちゃん曰く、これはナノマシンって言うんだっけ?どんな仕組みなのか見当つかないけど、自然鉱物に同化するとは恐れいったよ」
楓華は蠢く砂粒を火口へ放り投げ、軽い口ぶりで言葉を続けた。
「まぁアタイは小難しいことに興味無いから、どうでも良いかな。とりあえず、あとは素直に降参してくれれば許すよ」
ほとんど独り言として喋りながら彼女は振り返り、熱湯が溢れ出す間欠泉に視線を向けた。
すると噴出を続ける熱湯に混じって、モモが穴中から地上へ姿を現すのだった。
「あぁ、業火に耐性ある鬼に生まれて良かった。やっぱり丈夫な体質は誇って良いのかもしれませんね」
モモはすっかりズブ濡れになってしまったものの、熱湯を浴び続けても全く気にかけない振る舞いで歩き出した。
そして間欠泉から離れた場所に辿り着くと、いつの間にか持っていた瓶を地面に置く。
よく見れば瓶の中には褐色肌の小さな妖精が囚われており、その妖精こそが今回の真犯人だった。




