42.スキルの概念とミルの奮闘
田舎の村外れに、山より巨大なゴーレムが2体も地上に出現した一方。
その巨人たちの足元、つまり遥か下の地中で小さな光りが頼りなく灯る。
それはモモが携帯している端末機器から発せられている明かりであり、日光が完全に遮られている空間では貴重な照明だった。
「はぁ、落下した時は死を覚悟しましたよ」
モモは顔に土を付着させて危機感ある言葉を口にするが、つい先ほどより余裕を感じられる様子だ。
また彼女と同じく地中に埋められた楓華は土砂の崩落を警戒しつつ、感心した口ぶりで応える。
「アタイが瞬時に対処したとは言え、モモちゃんって本当に体が頑丈なんだね。下手したら骨が折れてもおかしくなかったのに」
「フウカさんが防ぎ、緩和してくれたおかげです。それよりも、これからどうするおつもりですか?」
「すぐに鎮圧するよ。効果的な対抗策も既に思いついた。ただ先に確認しておきたいんだけどさ。あの相手が使っていたスキルって何なの?」
「えっと、それはどういう意味ですか?もしかしてフウカさんが住んでいた前の世界では、スキルという概念が存在していなかったのでしょうか」
「一応あるけど、アタイが知る意味とだいぶ違う感じだったんだよね。技術をスキルと呼ぶのは分かるよ。でもゴーレムを瞬時に生み出すなんて、どう考えても超能力の類でしょ」
「あぁ……、要するにこういう技は存在しなかったのですね。妖術・鬼の紅華」
モモが人差し指で宙に符号を描きながら、呪文らしき言葉を短く発する。
すると少女の手には花を連想させる色合いと形状の炎が出現し、より周りを明るく照らし出すのだった。
この世界に転移してから近未来のテクノロジーばかり目撃していた楓華だが、間近で魔法の類を見るのは初めてだったので興味深そうに呟いた。
「すっご、これって魔法じゃん。炎の魔法!」
「明確に区別されているわけでは無いため魔法と呼んでも構いませんが、実はこれもスキルと呼ばれる力です」
「うーん、マジで何が違うの?アタイからすれば魔法に見えるけどなぁ」
「魔法は、その道の学問を習得すれば種族問わず使用できます。一方スキルについては、主に種族や身分特有だと解釈して下さい。例えばワイバーンは翼がある種族なので飛行スキルを使えますが、人間は翼が無いので魔法か道具で飛行するしかない、と同じ理屈です」
「はあー……なんか分別が難しいね。しかもアタイが理解したところで、あのゴーレム創造は魔法じゃなくてスキルです、ってのは納得できないかも」
「これまた複雑な話ですからね。一概に種族特有だと断言できませんし、魔法も実際は才能や体質に左右されます。ひとまずスキルは本能的な能力なので、基本的に魔法より負担が少ないから気軽に多用されますね」
もちろん楓華は、この口頭説明だけで未知の概念と法則を完璧に理解できたわけではない。
だが、とにかくスキルは強力で便利なのだと知れた。
そうとなれば、彼女が考える有効手段は自然と絞られる。
「よし。じゃあ手っ取り早い勝ち方としては、そもそもスキルを使わさせ無ければ良いんだね。またはスキルの力を無効!」
「道理です。しかし、あのレベルのスキルを阻止するのは困難ですよ。それに私の見立てだと、独自技術を用いることでスキル効果が強化されています」
「それについては大丈夫。今の説明を聞いて、さっき言った対抗策なら勝てるって確信できたから。というわけでさ……」
「はい?」
「一旦、穴を掘るかな」
楓華はモモにとって予想外のことを口走った後、すぐさま足元の土を素手で掘り出して更に地下深い場所を目指した。
それと同時刻、地上では可憐で幼き少女が巨大ゴーレムを遠くから眺めていた。
その少女はこれから始める戦闘の武器として薙刀を携えており、薙刀の柄には複雑で禍々しい模様が描かれている。
また柄だけでも少女の身長より2倍に匹敵する長さであって、刃の大きさまで合わせると3倍以上になってしまう。
要するに大人でも振り回せない長柄武器を幼い少女は持っているわけだが、当の本人は自身との大きさの差を気にかけていなかった。
むしろ闘気に満ち溢れており、少女の威風堂々とした姿勢に相応しい武器だ。
「フウカお姉様が、あの可愛くない無骨な人形に叩かれた。許さない、許せない。フウカお姉様のためにミルが絶対に謝らさせてやる」
幼き少女ミルは、かつてないほど殺気みなぎる目つきと冷徹な顔つきで薙刀を構える。
それからミルが一歩踏み出した際の衝撃で、足元に溜まっていた粉塵が飛散する。
ただ舞い上がった粉塵の量と範囲は、スタートダッシュによる衝撃の有無に限らず尋常では無い。
それもそのはずで、その粉塵となった砂粒のほとんどは先ほどまでミルに襲い掛かったゴーレム達の残骸だからだ。
そして今、少女は新しい砂山を作る。
「ミル流武術・回転遊具」
この言葉だけ聞くと、技名に拘りを持たず見かけた物の名前を付けたような安直さだ。
しかし、動き出したミルが振るう薙刀は天地を数カ所に渡って穿つのみならず、世界の終焉が生温く感じられるほどの威力が伴っている。
だからミルが武術を放った瞬間には1体の巨大ゴーレムは流砂へ早変わりした上、周囲一帯の大地を草1本残らない更地へ変貌させてしまっていた。
「くっ、何事ダ!」
大地の帝王はスキルで創り出したばかりの巨大ゴーレムが破壊されたと同時に、周囲の光景が一変してしまったことに動揺を抑えきれなかった。
加えて、身を貫くほどの鋭い殺気がどこからともなく発せられている。
ミルの体が小さすぎるあまり、そして少女の動きが速すぎるあまり敵は新たな脅威の接近を察知できなかった。
よって帝王は索敵に努めるわけだが、ミルは存在の認識を許す前に次の攻撃へ繋げた。
「ミル流武術・だるま落とし」
「はぁ?あがっ……!!?」
爆発と大差ない斬撃の音が連続的に響く中、敵の視界は激しく揺らいだ。
しかも敵はまるで奈落の落とし穴へ誘われたかのように視点が一気に低くなり、体の感覚が完膚なきまで奪われていた。
それから気が付いた時には晒し首と同一の状態を迎えており、砂だらけの大地に帝王の頭部が転がっている有り様だ。
それでもミルからすれば高く見上げられるほど大きいわけだが、すぐに少女は敵の頭上へ乗って薙刀を深々と突き刺した。
「褒められた座り心地じゃないけど、寛ぐにはちょうど良い丘かもね。えへへっ」
あえてミルは愛想ある笑顔を浮かべ、意図的に挑発する。
頭上に座って呑気に笑う行為。
そして自慢の体を憩いの丘に例えられる発言内容。
どちらも大地の帝王を自称する者にとって、信じられない侮辱行為に値した。




