40.襲来するゴーレムと泣いた鬼娘
ほぼ前触れない突発的な地震と爆発音。
発生タイミングからして『星を掘削するヤツ2号機』が関係していることは明らかだ。
これにより、きっと想定を上回る事態に見舞われると楓華は悟って思わず苦笑いを浮かべた。
「なーんでこうなるのかな、まったく。事あるごとに平穏から遠ざかり過ぎでしょ」
毎日が劇的で災難。
そんな考えが過ぎる中、誰よりも先にモモが冷静に言葉を発した。
「今の振動は、おそらく地底国の人達ですね。一早く誤解を解消し、交渉するべきです。無用な争いは意味がありません。それに私は武力行使には死ぬほど弱いです。すぐに屈服して完全服従する自信があります」
「まぁアタイも衝突は避けたいよ。しかも今回に限っては、そういう意図が微塵も無かったからさ」
楓華はそう言いながらエプロンを脱ぎ捨て、喫茶店の外へ出ようとした。
しかし出入り口の扉を開けた瞬間、黒い影が風を切る速度で彼女に襲い掛かる。
「おっと?」
不意の出来事。
そのせいで楓華は周囲の状況や黒い影の正体を認識する以前に、体が反射的に動く。
しかも彼女の条件反射は防御の類では無く、完全な反撃だ。
それによって数瞬後にはドロドロした破片が道端へ飛び散る惨状と化しており、彼女は別の焦りを覚える羽目になっていた。
「やばっ。そんなつもりじゃなかったのにやっちゃった?気を付けていたのに」
きっと正当防衛だが、楓華の胸中には困惑しか生まれない。
そんな思いで棒立ちする彼女の眼前には、泥の塊と思わしき物体が銅像のように立ちはだかっていた。
それは全長4メートル以上で肩幅に至っては3メートルほどと、腹部に風穴が空いているが規格外の大男と似た造形をしている。
状況からして、それこそが襲ってきた相手だと見て間違いない。
とにかく楓華からすれば完全に未知の存在であって、既に相手が動いてないから様子見してしまう。
そこにモモが肩越しから顔を出してきて、何気なく解説した。
「ゴーレムですね」
「えっ?ゴーレムって、あの岩石で作られた人形のやつのこと?オデ、オハナ好キ……みたいな?」
「それはオークじゃないですか?とにかく生物学的な挙動が無いまま機能停止しているので、これは種族と呼べないタイプだと思います。おそらく錬金術で錬成された兵器じゃないでしょうか」
「ははーん。つまり地帝国だから軍隊を持っているわけだ」
「私が言ったのは帝国では無く、地底の国ですよ。それより断定できるほどの判断材料はありませんが、軍隊だと捉えて良いのかもしれません。何であれ、もう既に侵攻だと認識されて攻撃を仕掛けてきてますね」
「さすがに気が早いなぁ。モモちゃんの開発品は兵器じゃないって分かるだろうに。いきなり生存競争のための闘争って、事態が発展し過ぎて本当に困るよ。まぁ兵器相手なら心置きなく抵抗するけどね?」
相手の事情が不明で全容は掴み切れなくても、まず身を守ることが最優先には変わりない。
だから楓華は店内の方へ顔を覗かせ、姉妹たちに避難を呼びかけようとした。
だが、それより先にヒバナは自動エネルギー長銃を持っていて、ヴィムも片耳に小さなアンテナを装着させていた。
どちらも昨日のアルバイトで拝借した兵器で、浮遊戦艦が墜落した混乱のせいで提督爺さんから借りたままだ。
ただ、その無防備とは程遠い武装した姿を見ても楓華は安心できない。
「準備しているけど、戦えるの?」
これにヒバナが挙動不審ながらも大きく頷いた。
「は、はいぃ……!だって、このまま離れたら家が壊されそうですから。それは何が起きても防ぎたいです!」
「私もヒバナと同じ想いよ。何より住処を守るのは当然の義務で、当然の行動だわ」
両者共にかつてないくらい気概を滾らせていて、眼差しが熱い。
それには信用せざるを得ない迫力があるから、楓華は素直に了承した。
「分かった。でも、建物の崩落や爆撃があり得るから逃げる心構えはしておきな。時間さえ稼いでくれば、あとはアタイが話をつけておくから」
「えぇ、頼んだわ。フウカちゃん」
「じゃあ行って来るよ。配送に行ったミルちゃんも心配だしね」
楓華は再び方向転換し、すぐに店を出て目的地へ向かおうとする。
その際に店内へ戻ろうとしたモモと擦れ違うのだが、楓華は咄嗟に少女の肩を掴んだ。
「モモちゃんはアタイと同行ね。昨日と違って地下だから目視できないし、アタイ1人だと行く先が分からないから」
「ぃいええぇ!?本気で言ってますか!?私、さっき屈服することが大好きな貧弱すぎる女の子だとご丁寧に教え差し上げた気がしますけれども!?」
「めっちゃ早口。ったく、その前に鬼だから体は丈夫だって言っていたじゃないか。それにアタイの姉弟子だろ」
「いや、そんな実戦で姉弟子の関係性を引っ張り出さられても……。大事なのは実際の戦闘能力で、私は使い物にならないです」
「よし、それなら案内役だから大丈夫だね。行くよ」
「アッアッアッ……!?あ、案内は通信機器でも可能ですから!だから、だから危険地帯を歩かせるのはやめ、やめてくりゃさぃいいいいぃ!!?うんにゃあああぁあああぁああ!!」
モモは安易に死を連想してしまったため、呂律すら回らなくなるほど焦燥しきる。
ただ迅速な解決が皆を守る事に繋がると楓華は考えているので、少女の駄々こねを無視する他ない。
それに何があってもモモを安全に守り切ると、なぜか言葉にして伝えてないだけで彼女は固く決心していた。




