4.借金の取り立てを気にせず長女ヴィムとハンバーガーセット
一般的な感性であれば、いきなり古臭い喫茶店を目にしたら動揺するはず。
だが、楓華は率直ながらも前向きな感想を述べた。
「中々に趣がある喫茶店だね。手入れを怠っているワケじゃなさそうだし、アタイは好きだよ」
「フウカ氏は凄いですね。もし某だったら、見かけた瞬間に眉を潜めてしまいますよ。お店に貼ってあるポスターは色褪せていますし……」
「言われてみれば、ちょっと人を寄せ付け難い個性はあるね。まっ、雑居ビルに比べたら大したこと無いからアタイは気にしないけどな。入ろうぜ」
「えっ、あれ?まだ外で、あの、すみません。もう少し待って……」
ヒバナは彼女を引き止めようとしたが、躊躇いを知らない楓華はそのまま喫茶店の扉を開けて入ってしまう。
すると、その直後に凄まじい怒声が店内から響き渡って来るのだった。
「うるせぇ!!本来なら何ヵ月も前に期限が過ぎているんだよ!これだけ引き延ばしを受け入れてやっただけ、ありがたいと思わねぇのか!?」
ただならぬ雰囲気が店内に充満している。
見れば粗暴な男性が1人の女性に対して怒鳴りつけているので、まさしく眉を潜める場面だろう。
だが、攻撃的な言葉を受けている女性は動じず、長い赤髪を掻き分ける仕草を見せつけるほどの余裕っぷりだった。
「うるさいのはそっちじゃない。こうして目の前に居るのに、わざわざ声を張り上げて無駄な労力だと思わないのかしら?」
「そっちこそ、わざわざ挑発するだけ無駄だと思わないのか!?」
「意趣返しのつもり?相手を説得したいなら、脅迫以外のボキャブラリーを身に付けた方が良いわよ。その方がモテるから」
「こいつめ……。ちっ、馬鹿らしい事ばかり得意気に言いやがって。この減らず口めが。それで屁理屈に富んでいるつもりなら笑わせるぜ」
強気だった男性は相手の言葉を気にしたのか、いきなり安直な発言を控え始めた。
どことなく緊張感が緩んだ空気となっているが、まだ修羅場が続いているのは間違いない。
しかし楓華は言い争いを気にかけず、店員と思わしき赤髪の女性に声をかけた。
「立て込んでいるところ邪魔して悪いね。とりあえず水を一杯ね。いやぁ、ちょっと喉が渇いちゃってさぁ」
注文する際に男性から睨め付けられるが、やはり楓華は気にも留めない。
それどころか呑気な顔で古風な店内を見渡し、適当なテーブル席を見つけて座った。
「おっ、メニュー表みっけ。どれどれ……。からあげ定食、ラーメン定食、カレー定食、ハンバーガーセット、タピオカミルクティー、ピザ。うん?喫茶店というより食堂だね」
ここまでマイペースなお客が来られると、つい先程まで怒鳴っていた男性の気概も削がれてしまう。
そして勢いが失った今、強気に出るのは難しいと悟って捨て台詞を吐くのだった。
「クソっ、また後で来るからな。どいつもこいつも自分勝手でムカつくぜ」
男性はわざと大きな足音を鳴らし、不機嫌な感情を表すために出入り口扉の開閉を力強く行った。
その衝撃で喫茶店の至る所から軋む音が鳴る中、赤髪の女性は黙って扉を見つめ続けた。
だが数秒後、先ほどまで怯んだ様子を見せていなかった赤髪の女性は、いきなり腰を抜かしたように近くのカウンターへ寄りかかる。
更に楓華に聞こえるほど大きな溜め息まで吐いていた。
「はあぁ~怖かったぁ~。もう私の脚がガクガクなっているじゃない……」
どうやら赤髪の女性は強がっていただけで、本心では震えあがっていたらしい。
その反応だけ楓華は気にかけ、席を立って彼女へ近づいた。
「アンタ……あぁ店員さん、大丈夫かい?」
「えぇ、ありがとう。そしてごめんなさいね。みっともない所を見せてしまったわ」
少しだけ調子を取り戻した赤髪の女性は、気分を落ち着かせながら姿勢を正した。
このとき初めて向き合うことになって気が付いたが、かなり容姿端麗の女性だ。
あと胸が大きい。
凛とした雰囲気が似合い、今の怯える姿を見ていなかったら芯が強い女性に思えることだろう。
しかも胸が大きい。
ただ胸が大きくとも胆力は備わってないらしく、まだ顔色は優れてない様子だった。
「気にしないで。アタイは水を飲みに来ただけだから。ついでに、あとハンバーガーセットとタピオカミルクティーを注文ね」
「分かったわ。それじゃあ、先にお冷をお出しするから……」
赤髪の女性が話している途中、またもや扉が勢いよく開閉される。
しかし、開閉して駆け込んできたのはヒバナだった。
「ヴィムお姉ちゃん!」
「あぁヒバナ。ちょうど良い所に。これから私は調理するから、こちらのお客様にお冷を出してちょうだい」
「あっ、うん。じゃなくて、それよりも大丈夫だったの!?」
ヒバナはよほど心配していたようで、道端で話しかけたときは比べ物にならないほど声を大きくする。
対してヴィムお姉ちゃんと呼ばれた赤髪の女性は軽く笑い、手をひらひらとさせた。
「慌てすぎ。見ての通り大丈夫よ。それにいつもの事じゃない」
「で、でも……いつもはすぐに泣いて……。そして泣き過ぎるあまり相手が引き下がるのに……」
「ちょっとヒバナ~?お客様の前で変なことを吹聴するのはやめてくれないかしら?」
「あっあっ……ごめんなさい。あ、あとフウカ氏……。お見苦しい所を見せてしまって、本当にすみませんでした。謝ります」
ヒバナが頭を下げてまで謝るが、楓華の方は明るく笑い飛ばした。
「あっははは!ヒバナちゃんは謝るのが好きだね。うんうん、アタイは大丈夫だよ。むしろ場を鎮められて良かったくらい。残念ながら、解決には程遠そうだったけどね」
「そうですね……。それに簡単に解決できる問題では無くて……正直に言ってしまうと、もうずっと頭を悩ませている事なんです」
「じゃあ、お友達として相談に乗るよ。案外、根無し草で記憶喪失のアタイでも力になれるかもしれないからね」
楓華は気前よく提案してくれるが、どれだけ彼女の人間性を理解していも悩みを打ち明けるためには勇気が必要だ。
そのせいでヒバナは困り果ててしまうものの、ヴィムが即座に促した。
「せっかくお友達が相談に乗りたいと言ってくれているんだから、打ち明けてしまいなさい。話せば気が楽になるはずだし、私の方は大丈夫だから」
「ヴィムお姉ちゃん……。うん、フウカ氏。あそこの席で話しましょうか。あまり面白い話では無いですけど……」
声が小さくなっている上、内容を語る前からヒバナの面持ちが暗い。
そんな彼女の精神状態を見かねて、楓華は気楽な言い方で言葉を返した。
「へーきへーき。その代わり、アタイの質問には沢山答えて貰うから」
「すみません、そういえばそうでしたね。分かりました。お友達として約束します」
そう応えるヒバナの緊張は少しだけ和らいでおり、楓華のことを友達だと意識し始めている様子だった。