38.ランチタイムを終えたら喫茶店の隣に温泉地が建つことになりました
喫茶店のランチタイムは目を回すほど忙しく無いもの、料理配送などもあって人手が欲しくなる仕事量だ。
そのため楓華は自分から手伝いを申し出て、ヒバナに作業内容を教えて貰いながら接客に務めた。
「ありがとうございました!またお越しくださいね~!」
しばらくすると一段落がつき、楓華は最後の客を元気いっぱいの対応で丁寧に見送る。
わざわざ外まで足を運んで見送る姿は、まさしく初々しい看板娘みたいだ。
そうして彼女がお客を見送って店内へ戻ったとき、ヒバナとヴィムの2人は閉店準備の後片付けを始めていた。
「おっと、あとは掃除だけみたいだね。そしてミルちゃんが配送から帰り次第おしまいって感じかな」
それから楓華は都度確認を取りつつ、店内掃除を行う。
その掃除作業すら随分と手早いが、ゆとりと落ち着きを感じられる所作だ。
急ぐときは急ぎ、こうして一息ついたタイミングでは焦り過ぎず同僚のペースに合わせられるのは、仕事配分と連携能力に優れていると言わざるを得ない。
そんな彼女の高い社会性を目の当たりにして、ふとヒバナが声をかけてきた。
「フウカ氏は手際が良いですね。それに某の教え方も決して上手では無かったのに覚えが早いです。きっとフウカ氏がその気になれば、どこでも優秀な人材として働けますよ」
「そう?多分、ヒバナちゃん達と働いているからモチベーションが高いだけだよ。あと接客自体は未経験じゃないからね。前の世界……とは言っても相変わらず記憶は曖昧なままだけど、ワイワイと騒ぐ場所で働いた気がするかな」
「そうだったんですか。でも、最初から完璧に仕事できるのはフウカ氏くらいですよ」
「あははは。褒めてくれるのはありがたいけど、これで完璧は言い過ぎだって」
「いやいやいや、某からすれば完璧ですって!某なんて最初の数ヶ月間は不安ばかりで、ずっと落ち着きなかったですから!そのせいでお客さんに気を遣われる始末でした」
「あっははは、慣れないことをすれば誰だってそうなるもんだ。アタイも未経験のことに挑戦すれば、必ず誰かのサポートを必要とするからね。あー……ところでさ、モモちゃんはずっと何をしているの?」
楓華の反応だけを見れば、いきなり話し相手を変えたように思えるだろう。
しかし、つい気になって話題を変えるのは当然だ。
なにせ鬼娘モモはランチタイム前から隅っこのカウンター席に座り込み、そこでノートパソコン型の端末を凝視しながら黙々と操作している。
しかも時折、周りに聞こえる声量の独り言をこぼしながら。
その様子が2時間近くも続いている今、むしろ今更になって声をかけたと言える。
そしてモモは楓華から声をかけられた事を機に、長い溜め息を吐きながら椅子の背もたれへ寄りかかるのだった。
「はぁぁぁー……。ようやく源泉の調査を終えました。ただ、このままでは多くの問題が絡んでしまっているため、私の一存では決定できません。ということで、これを見て下さい」
モモが端末の画面を向けてきたので、楓華とヒバナの2人は近づいて覗き込んでみる。
だが、画面に表示されている内容は複雑な書面と見慣れないデータグラフばかりであって、とても一目で理解できるものでは無かった。
そのことはモモも分かっているらしく、端末を操作しながら簡略化した説明を始める。
「これだと情報過多で意味不明でしょうから、分かりやすい部分だけ抜粋しますね。まず、これがこの一帯の記号地図で、こっちの画像がドローンで空撮した写真地図です」
記号で描かれた一般的な地図と、実際に撮影した空中写真の比較となれば土地勘が無くても理解しやすいものだ。
そして楓華は地図のどこに喫茶店があるのか把握し、ひとまず頷いた。
「うん、なるほど。そこがお店だね。で、遊園地と放棄された基地。そして竹林とヴィム火山だ」
「はい。そして肝心の源泉はこの地点でして、村から大きく外れています。これで引湯しますと、個人による設備とメンテナンスでは限界があるため、温泉の設営場所が限定されるわけです」
「あぁ、つまり?」
「つまり地形からして、喫茶店の真横を温泉地にする他ありませんね」
具体的な場所を事前に決めてなかったとは言え、それでも楓華には予想外の事態だった。
そのせいで楓華が眉を潜めて考え込んでいると、モモは更なる説明を付け加えた。
「村の作物に被害が出ないようにするとなれば、本当に喫茶店隣の敷地しかありません。あと、ここからだとヴィム火山がちょうど一望できますから」
「要するに道場と喫茶店が隣接している中、そこで更に温泉まで隣接しちゃうってわけだ。そりゃあ一存で決定できる話では無いね」
「はい。そしてデメリット回避以外にも、このお店に利点があります。隣に温泉があれば喫茶店の需要が上がって営業利益率の向上は望めますし、新しい連携サービスも容易に始められます」
「温泉の管理は?」
「それについてはアンドロイドを用意します。それで全て解決するというわけでは無いですが、遊園地の整備アンドロイドを参考にすれば負担を大幅に減らせますね」
「そうか。アタイは概ね理解したよ」
楓華はあえて一人称の語気を強調しつつ、納得した顔で頷いた。
そんな言い方をした理由はモモも分かっていて、2人の視線はヒバナとヴィムの方へ向けられる。
喫茶店の真横に温泉を造るとなれば、至極当然ながら姉妹たちの賛同が必要不可欠だ。
それは設営の許可や管理責任など細々とした部分に限らず、ただ単純に姉妹の生活を一変させてしまう影響力がある。
だからこそ慎重に検討すべき事柄なのだが、長女ヴィムは食器を洗いながら呆気なく返答した。
「別に構わないわよ」




