35.ミルの遅めモーニングルーティーンはランニング登山
楓華と鬼娘モモの2人が火山を造るために外出して、それから数時間後のこと。
喫茶店の2階にある寝室にて、ようやく末っ子のミルは睡眠から目覚めた。
しかし感覚は鈍いままで、すぐに目を閉じながら敷き布団の中でモゾモゾと身を丸めてしまう。
そうして寝相を変える最中、彼女は自分が抱き付いていたはずの楓華が居ないことに気が付くのだった。
「んぁ、フウカお姉様?」
ミルにとって楓華が消えてしまっているのは一大事。
だから意識を自力で叩き起こし、寝ぼけ眼のまま壁掛け時計へ視線を向けた。
「うふぁ~……、もうお昼前。珍しく寝過ぎちゃった」
ミルは更に顔を上げて室内を見渡したとき、既に他の姉妹も起床して布団が畳まれていることを知る。
つまり寝室にはミル1人だけ。
また、もう少し時間が経てば昼になるので、間もなく喫茶店には常連客が入り始めることだろう。
それで姉たちが営業準備を進めているのならば、いつまでも呑気に寝ていられないとミルは思った。
「今日は他に用事が無いはずだし、お店を手伝わないといけないよね。配達と接客……。あと何か色々で、あれこれとか……」
まだ意識がぼんやりしているせいで、ミルは取り留めないことを呟きながら起き上がる。
同時に栗色の寝癖が揺れ、だらしなく乱れたパジャマ姿が露わになった。
酷い寝起き姿からして、如何に彼女の寝相が悪いのか一目で分かる。
しかも眠気は深く残ったままらしく、起床直後はふらつくばかりで理性的な行動が取れてない。
そのせいでミルは恥ずかし気も無くズボンを脱ぎ捨て、部屋の窓を全開にした。
「うふあぁ~……!」
清々しいほど晴れやかな天気であり、室内へ入り込む新鮮な空気と日光が心地いい。
そんな自然の豊かな刺激を一身に浴びるように、ミルは胸を張りながら大きく背伸びした。
そのおかげで意識が一気に鮮明となる。
それからミルはタンスから運動服のジャージを取り出し、窓を開けたまま着替えるのだった。
「さてさて、まずは日課のランニングっと。素振りする時間は無いから、その後に入浴して……お店の手伝い。それからフウカお姉様をデートに誘っちゃおうかなぁ。ウヘヘ……」
楓華に関係することを考えるだけでミルは自然と笑みをこぼし、堪らず変な呻き声が出してしまうほど喜ぶ。
笑顔になった一番の理由は楓華のことが好きだからだ。
しかし、それとは別に気が合う新しい友達と遠慮なく遊べる事もミルにとって嬉しい出来事だった。
一緒に居て楽しい友達で、安心して過ごせる家族。
そして自分を守ってくれて、絶大な信頼を寄せられる人生最高のパートナー。
それくらい心を許した関係性だと思っているから、ここ数日間はふわふわと浮ついた気分になって仕方ない。
「ふっふふん、ふふ~ん」
舞い上がるミルは思いつきのメロディーを口ずさみながら、寝室から一階の洗面所へ行って口をすすぐ。
それから一手間程度の簡単な洗顔と化粧水による整肌を済ませて、自宅の喫茶店スペースへ足を運んだ。
すると、やはりヴィムとヒバナの2人は忙しい時間帯に備えた準備を進めており、まずミルは大声で挨拶を口にする。
「おはようヴィムお姉ちゃんとヒバナお姉ちゃん!そしてランニングに行ってきます!ランチタイムには間に合わせるから!」
「えぇ、行ってらっしゃい」
ミルはヴィムに見送られながら颯爽とした足取りで出発する。
そうして日課のランニングを始めようとしたはずなのだが、少女は走り出した直後に予想外の物体を発見して脚を止めてしまうのだった。
「んん?えぇっなにあれ!?おっきい火山がある!」
ミルは遥か彼方を眺めながら驚愕し、自分自身でも意味が分からないことを口走った。
彼女が発見したものは2つの山だ。
しかも両上とも山の標高は高く、頂上は火口の形をしているように見えた。
さすがに一目しただけで火山だと思ってしまうのは早とちりで、ミルの勘違いかもしれない。
しかし何であれ、村に2つの高山など昨日まで存在していなかったはずだ。
仮に昔からあったとしても、あの付近には絶対に無かったとミルは断言できた。
「もしかしてミルってば、まだ夢でも見ているのかな。竹林の近くにお山があったら、おままごとで遊びに行っているはずだし。ううん……、やっぱりおかしいよ!ちょっとお姉ちゃん!」
すぐにミルは逆走し、ほぼ全力疾走で慌ただしく喫茶店内へ駆け込んだ。
出かけて戻って来るまで僅か1分足らず。
そのためテーブル席を整えていたヒバナは驚いた顔で振り向き、ミルより先に声をかけた。
「ミル?そんなに急いでどうしたのですか。また下着でも履き忘れたのです?」
「今日は大丈夫!それよりも天変地異で地殻変動だよ!ミルが寝ている間に、外にお山があるんだけど!」
「えっと、本当に大丈夫ですか?いくらこの世界でも、山が建物内にできることは無いと思いますけど……」
「もうそうじゃなくて、何も無かった場所にお山ができているの!絵に描いたような火山が2つも!」
傍から聞けば、まったく意味不明な問答だ。
ミルも焦り過ぎるあまり言動にまとまりが無い。
しかしヒバナは妹の証言を聞いて、異様に混乱している原因を察した。
「あぁ、そういえばフウカ氏がモモ氏と一緒に火山を造ると言っていたそうです。多分それですね」
「うぅん、フウカお姉様たちが?それはそれでツッコミどころが多くて意味が分からないんだけど。またモモの実験?」
どうやらミルの認識によると、モモは頻繁に変わった実験を行っているらしい。
今回それは当たらずとも遠からずの推測であって、妹たちの話を聞いていたヴィムが手作業を進めながら補足した。
「朝方、フウカちゃんが村に温泉を造りたいと言い出したのよ。それで居合わせていたモモが話題性を生み出すために温泉だけじゃなく、火山も造ろうと提案したの」
「すごい発想。どちらにしろ、有言実行から完成するまでの流れが早過ぎないかな」
「その気になったら1日で高層マンションでも建てられそうよね。とりあえず、詳しい説明はフウカちゃん達から聞いた方が良いわ。あと、そろそろ戻って来るよう言伝をお願いするわね」
「うん。それならランニングついでに行って来るよ。山登りは得意だし、フウカお姉様に会いたいから」
「ありがとうミル。頼んだわよ」
ひとまず納得したミルは再び喫茶店を出て、早速その火山へ向かって走り始めた。
彼女の身体能力はこの異世界でも高水準であり、過酷な訓練によって身のこなしの技術を得ている。
そのため険しい山道の長距離移動すら、ミルからすれば平坦な道を歩く手間と大差ない。
だから山登りに適してない装備でも気楽なまま頂上を目指し、常人なら半日かかる登山の道をあっという間に登り切ってみせた。
「はぁーすごい。本当に火山だ」
登頂したミルは真っ赤なマグマが沸き立つ火口へ接近して、平然とした顔で覗き込みながら感心する。
いくら彼女でも発生するガスなどで深刻な害を受けるはずなのだが、それらしい悪影響や異変は起きていなかった。
熱も問題ない。
つまり安易に近寄っても生物には完全無害の活火山となる。
その異様な特性にミルは気づかず、呑気に見渡すことで楓華とモモの姿を探した。
ただし、どこを見ても絶景ばかりで肝心の人姿は見当たらなかった。
「せっかく来たのにフウカお姉様が居ないなぁ。まぁお山が2つと言っても、村より断然に広いから会えないのは当然だよね。すれ違いがあって、もう家に帰っているかもしれないし」
このまま悠長に探し回ったら喫茶店のランチタイムに間に合わなくなるため、一旦ミルは大人しく帰ろうとした。
だが、ちょうどその直前に巨大な火口のマグマから見知った女性が浮上するのだった。
「ぷはぁ」
「えっ………フウカお姉様?」
「ん?あっ、ミルちゃんだ。こんな所で会うなんて奇遇だね!とりま、おっはよー!」
楓華はどう見ても灼熱であるマグマに浸かったまま、元気と愛想が溢れた挨拶を口にする。
そんな遊泳を終えたような彼女の素振りに対し、当然ミルは理解できない事態に硬直した。




