33.気が合う2人は言葉にせずとも同門の姉妹のようになる
すぐ楽しそうに笑う楓華。
こうして感情を素直に表現してくれるから、初対面の相手でも彼女の性格を掴みやすい。
また鬼族のモモは楓華の笑顔につられ、落ち着きを保ちながらも少し柔らかい態度を示してくれた。
「あはっ、理解しました。要するにフウカさんは非常に高い感受性をお持ちなわけですね。お姉ちゃん達と同じ気質です。そういうのは好きですよ」
「お姉ちゃん?それってヴィム姉たちのこと?」
「いえ、私と血縁関係があるお姉ちゃんです。私も……一応3姉妹ですので。私が末っ子で、姉が2人います」
「へぇ。それなら会ってみたいもんだね。モモちゃんの事も詳しく知りたいし、興味あるよ」
「機会があれば紹介します。どちらの姉もお人好しですので、きっとフウカさんなら仲良くなれますよ。それはともかく、まずは私自身について改めて自己紹介させて頂きます」
モモは座ったまま挨拶したら失礼になると思ったようで、静かに席から立って楓華の前で姿勢を綺麗に正す。
同時に彼女が姿勢を正すほど、小さく華奢な身体が目立った。
それは3歩分の距離を空けていても、楓華が視線のみならず首を下に傾けるほど。
ただモモは幼さや体格に似合わないくらい、とても凛とした振る舞いで喋った。
「私は純血の鬼族、モモ。生まれと育ちは別世界で、こちらの異世界には2ヵ月ほど前に転移しました。元々は科学技術開発部門で研究者として務めており、今現在は研究技能を活かして生計を立てています」
「えっ、科学の……なんかの研究?すっご。つまり専門知識が豊富で、私なんかより賢いんだ。まさに天才児だね。それでどこに暮らしているの?独り身?」
「今は、この村の外れに住んでいますね。少し前までは隣村で個性的な人達と同居させて貰っていたのですが、まぁちょっと……色々と研究の支障やら面倒事が絶えなかったので引っ越しました」
どんな面倒事に見舞われたのか不明だが、この摩訶不思議の世界なら珍しくない話だと楓華は思った。
特に、自分のこの僅か2日間の経験を振り返ると、こんな幼い女の子1人で安全な生活を送れているのか心配になる。
だから楓華は余計なお世話だとしても親身に心配し、自然とモモのことが気になって仕方なかった。
「うーん、結構な苦労人っぽいね……。モモちゃんって、まだ幼いんでしょ?風邪とかになったら大変じゃん」
「どんなに幼くても鬼族なので、風邪で虚弱になる体質では無いですよ。もちろん、辛いときは素直に医者の診察を受けます。更に緊急時の連絡手段もボタン1つで済むよう準備してあります」
「さっすが天才。万事の備えと心構えはバッチリなんだ。家事はどう?」
「生活周りはオートメーション化してありますし、ヴィム先生からの援助で衣食住は足りている状態です。おかげ様で自由時間を確保できていますから、本当に感謝しています」
「おぉ、もう私が見習いたくなるレベルでしっかりしているね。ってか、なんだろう?ミルちゃんと言い、小さい子ほど生真面目でビシッとしているものなのかな。アタイの場合、絶対にだらしない私生活になるのに」
「そうですね。今ここで指摘する事となれば、まずフウカさんの口元に付いている汚れが気になります」
モモに指摘されて、楓華は「あっ」と素っ頓狂な声をあげる。
合わせて彼女は反射的に指で拭こうとするも、その前にモモが制止した。
「待ってください。拭いてあげます」
幼き鬼娘はテーブル席に置かれているナプキンを1枚取り、腕を大きく伸ばして楓華の口周りを優しく拭き取った。
まるで世話することに慣れた手つきだ。
「あとで顔を洗って下さいね。それと寝癖も目立ちますよ」
「マジ?ごめんごめん」
楓華は起床直後にお化け屋敷へ向かったから、まったく身なりを整えていない状態も同然だ。
そもそもこの世界に来てから怒涛の出来事が続け様に起きているので、自分の身なりを気にかける暇が無かった。
ただ楓華はオシャレに無関心というわけでは無いので、いざ言われてしまったら心配になり、手だけで自身の髪を整えようとする。
「もうフウカさんったら。また同じことをしようとしている」
モモはそんな彼女の幼稚な振る舞いを見かねて、つま先立ちでフラフラと背伸びする。
そしてお姉さん顔で楓華の肩を軽く叩いた。
「ほら、私の背ではフウカさんの頭には届きませんから。屈んで下さい」
「えっ、うん」
楓華が言われた通り屈むと、モモはシックな模様の櫛を取り出して彼女の金髪を梳かし始めた。
丁寧かつ流麗な梳かし方で、ちょっとした心地良さを覚えるほど櫛の扱いが上手だ。
きっと普段から自分の髪には気を遣っているのだろう。
「フウカさんの髪、綺麗な金色をしているのに少し痛んでいますよ。ボサボサのままにするのは勝手ですが、もう少し身なりを大切した方がいいです」
「あっははは~。確かに、昨日とか爆炎の中を突っ走たりしていたからなぁ。たまには自分の体を労わるべきなのかも」
「もし必要なら、私がフウカさん専用のスキンケア薬品など作って差し上げますよ。データさえ取れれば、サンプリングチェックの段階を踏まずに実用品が開発できます」
「そんな事もできるの?よく分からないけど、せっかくだからお願いしちゃおうかな~。女性の魅力を絶え間なく磨き追求するのは、いずれ結婚生活を送る者としての義務だからね!」
明らかに深く考えてない発言で、ひたすら陽気な態度だ。
その適当な様子にモモは小さな溜め息を漏らしつつ、上手く言葉を返した。
「はぁ。言っている意味は分かりませんが、代金はしっかりと請求しますからね。内訳は品代と研究開発の費用全てです」
「えぇ?それってかなりの値段になるよね?そこは姉弟子らしく甲斐性を見せてくれても良いのに」
「道場とは関係無い話じゃないですか。むしろ、こんな年下の女の子を相手に無償で得しようとする方が、よほど倫理に反しています」
「中々ズバッと言ってくれるなぁ。まっ、ぐうの音も出ないくらいの正論だけどね!なんならアタイも同意する!あっはははは~!」
「あぁフウカさん……。よく笑うのは良い事ですけど、髪を梳かすのに神経を使うんですから。あまり頭を動かさないで下さい。やるからには徹底的に拘りたいので」
そうして楓華よりモモの方が気を遣って世話を焼いていると、ヴィムが朝食の小鉢を運んでテーブルに置き始めていた。




