32.鬼族の少女モモは一番幼いけど姉弟子です
自分の過去を知った楓華はお化け屋敷から出た後、すぐに自宅である喫茶店へ帰ろうとする。
まだ朝日は昇りきってないため、風の勢いが無くとも冷える頃合いだ。
それにも関わらず彼女は遊園地の売店でワッフルコーンのアイスクリームを買い、いつものハイテンションで味わっていた。
またトッピング盛り沢山に頼んでいて、クリームには大量のドライフルーツが練り込まれている。
なんならクリームとドライフルーツの対比が2:8となっているせいで、もはや別種のスイーツだ。
「やっぱ朝一のスイーツってサイコーだわ。それに食べ応え抜群!んぅ~やみぃやみぃ」
楓華は食べることに夢中となっている上、周りの目が無いことをもあって大食い選手の如く豪快に頬張る。
それで彼女の気分は更に舞い上がり、子どもっぽく喜びに悶えた。
並大抵の人より芯が強いのに純粋無垢な一面まで兼ね備えているのは、彼女の大きな長所であり他人に好かれやすい要素だろう。
そうして楓華は食べきった後も夢心地気分が続き、ずっと楽しそうにスキップしながら帰宅する。
「たっだいまぁ~!朝のちょっとした散歩から帰ってきたぜ~!」
楓華はまだ朝が早いことを忘れて、元気いい挨拶と共に玄関扉を開けた。
すると一階の喫茶店スペースでは、まだ眠気が取れてない顔のヴィムが厨房で調理に取り掛かっている最中だった。
そこへ楓華は落ち着きない足取りで近づき、高いテンションのまま話しかける。
「おっはようヴィム姉!あっ、もしかして朝食の準備?いい匂いだねぇ~!」
「えぇおはよう。あと……まぁ朝食の準備と言われたら、その通りね」
ヴィムは調理作業に集中しながら受け答えする。
だから彼女は顔を上げず、手を進めることに一心だ。
対して楓華はラフな姿勢でカウンター席へ寄りかかり、気ままに会話を続けた。
「なんで含みがある言い方?あー、もしかして開店準備の仕込み?やっぱり営業って大変だなぁ」
「その推測も概ね合っているわ。それより一度、奥のテーブル席を見てちょうだい」
「はいはい?なに、片づけ?それくらいなら手伝えるよ」
楓華は不思議そうな声をあげながら、店内を見渡すようにして振り返る。
そのとき、長めの桃色髪でとても幼い女の子が席に座っていることに楓華は気が付くのだった。
どうやら単に見落としていたようで、最初から居座っていたらしい。
「ありゃりゃ。ミルちゃんより幼い、というか明らかに女児のお客さんが朝から1人で来ている……。まさか育児放棄?やっばいね、アタイが代わりに育児してあげなきゃ!」
「1人で話をいきなり飛躍させすぎよ」
「あっははは、半分は冗談だって。それで誰なの?多分ヴィム姉の知り合いだよね?」
「そうね。そして、あの子はフウカちゃんの姉弟子に当たるわ」
それとなくヴィム姉が視線を上げると、楓華の口元に果汁らしき汚れが付いていることに気が付いた。
さっき食べていたアイスクリームが原因だ。
そのことをヴィムは教えてあげようとしたが、その前に楓華は喋り倒す。
「姉弟子?あぁ~、そっか。そういえばアタイより先に門弟が1人だけ居るみたいな話だっけ。すっかり忘れてた。あとはアレだよね。あくまで3食おやつ付きサービスが目当てみたいな」
「そうは言っても、現状サービス目当てなのはフウカちゃんも変わりないわよ。ひとまず挨拶しなさい。妹弟子としてね。あと口にクリー……」
「確かに!アタイが年上だからこそ、ここはしっかりと敬わって手本を示さないと!何より可愛い女の子だしね!」
楓華はわざわざ不純な動機を声に出してから、1人寛ぐ女の子に笑顔満点で近づいた。
よく見ると、この女の子の髪には銀色のメッシュが入っている。
ただし一番特徴的なところは、頭に角らしき小さな突起物が2本生えている事だろう。
また桃色の瞳が一級品の宝石より透き通っており、髪色と髪質が両方とも鮮やかの一言に尽きた。
もはや人間ではありえないほど美しく幻想的なので、仮に角が無くとも別種族なのだと実感できる。
そして小さい体躯だから幼い雰囲気を感じられるのに、あまりにも綺麗すぎるせいでクールな雰囲気を纏っているように思えた。
そのため楓華が見惚れて言葉を失いかける一方、幼い鬼娘は見つめ返して警戒気味に呟く。
「私に何かご用ですか?」
「えっ、あぁ……どうも初めまして。アタイの名前は時雨楓華。2日前に入ったばかりの新しい門下生だ。どうかよろしくお願いします」
楓華にしては珍しくぎこちない態度となっていて、かなり粗が目立つ喋り方になってしまっていた。
しかし相手は楓華のことを無礼だとは思わず、ただ少し興味が薄そうに淡々とした口調で応える。
「私の名前はモモです。こちらこそ初めましてフウカさん。どうぞよろしくお願い致します。ところで、なぜ緊張しているんですか?ヴィム先生とは馴れ馴れしく話していたのに。初対面の人と話すのが苦手なタイプですか?」
「いやぁ、なんというか……本音を言うと可愛すぎてビックリしちゃった。ミルちゃんも可愛いんだけど、モモちゃんは目が眩むほどの美人さんって感じだからさ」
楓華は素直に答えた。
やや大げさな表現ではあるが、それは誰の目から見ても本音だと分かる態度のはず。
それなのに鬼娘のモモは、より一層怪訝な眼差しで言いきる。
「よく恥ずかし気も無く言えますね。初対面だから気を遣っています?または一応姉弟子だから取り繕っているのか。どちらにしろ、私相手に過度なご機嫌取りは不要です」
モモの発言は突き放してくるような棘が感じられるものの、基本的には丁寧で敵意も無い。
それに物怖じしない言い方からして、本心を正直に伝えるタイプだと分かる。
そのことを知った楓華は、より細かく自身の性格や感性について告白した。
「あいにくアタイは打算的なことは一切しないよ。すぐ好意を抱き、つい褒めたくなるのがアタイなんだ。相手が嬉しければ自分も嬉しいってね」
「ふぅん?」
「まっ、そういう能天気な性格なんだと割り切ってくれ。あとモモちゃんくらい可愛ければ、誰でも美人さんだと言いたくなるよ。あっははは!」
朝から大声で笑う楓華は騒々しいかもしれない。
それでも、その快活とした愉快さはモモからすればあまり悪い気はしなかった。




