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31.過去を知っても真実は分からない。それでも楓華は安堵する

セーラー服の少女、つまり昔の時雨(しぐれ)楓華(ふうか)は問いかける。

それは子どもが友達に対して優しく質問する言い方に似ていた。

少なくとも緊張感があったり、威圧する気配は感じられない。

ただ少女の愛嬌とは関係無く、楓華側もリラックスした言い方で正直に答えた。


「昔のことかぁ。正直あんまり興味無いかな。元の世界だったら必要な事でも、別世界だと前の記憶は重要じゃない気がするから。あっ、ところで何て呼べばいい?自分に対して名前呼びは違和感あるんだけど」


「ややこしいから時雨(しぐれ)って呼んで」


「なるほど、苗字か。分かりやすい呼び分け方だ。で、時雨はアタイの過去を把握しているの?」


「ほとんどね。というより、楓華は何も忘れて無いよ。忘れた事にしているだけ」


「ふぅん?アタイ自身は本気で記憶喪失したと思っているから、中々に意味が分からないね。もしかして、これからトンデモ理論か哲学的な説明でも始まったりする?」


楓華は話し相手が自分だからなのか、一切気を遣わない物言いをする。

とは言え、時雨という少女も性根は楓華なので、何も気にかけず言葉を続けた。


「簡単に言うとね、楓華は特殊な人間なんだよ。そして前の記憶が無いのは、そっちの方が楓華にとってプラスな事だから」


「プラス?記憶喪失することが?あー……アタイって過去では壮絶ないじめにあってたりするわけ?それか、世界がマジで凄いヤバいとか」


さすがの楓華でも悪い予感はするもので、少し慎重になって探り気味に問いかけた。

しかし時雨は淡々とした喋り口調で、呆気も無い事実を語るのみ。


「人並みに苦しい経験をしているだけで、極端に悪い出来事は何も無いよ。世界も、ここに比べたら平穏で安全。それどころか楓華は恵まれていて、充実した人生を送っていたと言いきれる」


「それなのに忘れた方がいいのか。これはあれか、昔が良すぎて前の世界に戻りたい気持ちになるからとか?」


「それはあるかもね。前が幸せすぎると、今目の前にある幸せが寂しいものだと感じてしまうかもしれない」


「おっ、哲学?」


「あははっ、一々そう面倒臭そうにしないで。とりあえず楓華は不自由ない生活を送っていた。そしてもし昔を知りたいなら、私は楽しい思い出みたいに全て語れるよ。それくらい毎日が幸せだから」


時雨は無邪気に微笑み、どことなく楽しそうに喋ってくれる。

それは少女の答えが嘘だと疑う必要が無いのだと、自然と伝わってくる仕草だ。

今でもだいぶ真っ直ぐな性根なのに、より純粋無垢で清らかな心。

その事実を知れただけで楓華は昔の自分を全て知った気分になり、あまり細かい追及はしなかった。


「あっははは、それなら教えなくて良いよ。今と変わらないって事を分かっただけ充分だ。しかし、同時に疑問だね。どうしてアタイの一番恐いものが昔の自分なんだろ。しかも、ちょっと幼い」


「それは過去を知らない方がいいかもと無意識に思っていたせいじゃないかな。だから過去の自分に無頓着で追求しようとしなかった。そして楓華にとって過去の象徴が、この姿の私……みたいな?」


「うわぁ、じゃあアレか。他のモノが出てこなかったということは、アタイって恐いもの知らずなのか。一応、おぞましい姿の生物が苦手とかあるんだけどなぁ。あとホラー映画」


「あくまで一番恐いモノ(・・)だからね。モノじゃなくて、一番恐い状況だったら多分マジでヤバかったと思うよ?」


「それは想像つくからマジで嫌だね。絶対にろくでもない。あっははは」


いくら自分自身とは言え、ここまで即座に打ち解けた雰囲気で雑談を始めるのは楓華だからこそだ。

そして又とない機会なので、楓華は適当に思い出したことを訊くことにする。


「こうして過去の自分自身と話した以上、もう次は会う事ができないだろうね。楽しい過去だと知っちまったから」


「そうだね。ここは一番恐いモノしか出ないから、克服したらおしまい」


「だから訊きたいんだけど、アタイなぜか懐中時計を持っていたんだよね。それについて何か知っている?」


「それは楓華にとって人生で初めてのプレゼントだよ。そして楓華の力を引き出す秘密兵器でもあるの」


「あーあ……、なんか思っていたより微妙に納得できない答えが返ってきたなぁ」


楓華は苦笑いを浮かべる。

これは単純に理解できなかったせいだ。

プレゼントを大切に愛用しているだけなら分かるのに、秘密兵器扱いとなれば意味不明だ。

その困惑を時雨は反応から察し、説明を続けた。


「楓華は無敵の強さを誇る。でも、それは敵を打ち砕けるだけ。危機的状況そのものを打破………、例えば乗っている飛行機が墜落したとき、他の人を助けたりできない。それを可能にするのが懐中時計ってこと」


「うん、ありがと。やっぱり分からないや。ってか、アタイって昔から腕っぷしが強いみたいな感じなの?まさかそれが普通だったりする?」


「他の人はそうじゃないよ。さっき言ったように、楓華は特殊な人間なの。だからもし100階の高さから落ちたとしても、その程度では死なない体なんだよ。ただ無事とか関係なく、懐中時計のせいで危機的状況から抜け出すことはあるだろうけどね」


「なるほど、今のアタイじゃあ何も理解できないことが分かったよ。じゃあ最後の質問。学校や私生活は楽しい?」


「忙しいけど楽しいよ。座学と実習も、部活と生徒会も、訓練と仕事も……あと友達と遊ぶことも全部楽しい。恋人も4人いるし、実験動物とダンスパーティーするのも好き」


「えっ?そ、そっか。充実しているなら良かった」


予想外の情報で楓華は我ながら変わった人生を送っていることを最後に知り、戸惑いの表情を浮かべた。

その表情を見た時雨が面白おかしく笑ったあと、スッと姿が消えてしまう。

最後の質問により、無意識に抱いていた不安が消えてしまったのだろう。

これで楓華は自分の力で思い出さない限り、過去を知る(すべ)は無い。

しかし、それよりも楓華は別のことで悩み、口先を尖らせていた。


「昔のアタイって、マジであんなことをしていたのかな?でも最後の言い方とか、アタイが冗談を言う感じだった気がするけど……。ちぇ、最後の最後でモヤモヤさせてくれるなぁ」


それから楓華は少し混乱したものの、やっぱり自分がするべきことは変わらない、という考えに至ってお化け屋敷を後にする。

そして同時刻、桃色髪のとても小さな鬼娘が喫茶店へ来訪しようとしていた。

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