30.お化け屋敷にて過去の自分の幻影と出会う
楓華が次女ヒバナにプロポーズした後のこと。
ミルの嫉妬は時間経過しても鎮静することは無く、遠慮知らずのワガママで周りを振り回し続けた。
だが、結局どれほど頑張ってもミル本人が望む展開や関係性には一切ならず、何が起きても全部おままごと感覚で終わってしまう。
そもそも恋愛経験皆無の少女が張り切ってしまっているわけだから、余計に空回りしていた。
まずミルは、最後の締めだったはずの観覧車を4周も付き合わせてきた。
その上、必死に試行錯誤するせいで『プロポーズを絶対に成功させるためのリハーサルを始めたいけど、その前にアプローチするからアプローチのリハーサルを始める』という、まったくもって本末転倒で理解不能な状況が起きた。
簡単に言えば無駄手間だ。
そして帰宅後の風呂場では執拗にボディタッチするから、まともな感性の持ち主が相手ならば、どこに好印象を抱けば良いのか分からなくなる行動ばかりだ。
更に喫茶店に設けられている寝室でミルは楓華と同じ布団で添い寝するなど諦めが悪かったが、最終的には疲労が勝って3姉妹とも熟睡する。
同じく楓華も寝息を立てるほど熟睡していたのだが、とある理由により誰よりも早く目が覚めてしまうのだった。
「うぐっ、苦しい………」
楓華はミルに抱き締められたことが原因で、眠気が吹き飛ぶ苦しみに苛まれて呻き声を漏らす。
しかも顔はヨダレ塗れとなっている上、吸われたようなキス跡が体の至る所に出来上がっていた。
「あぁ、さっすがにキツイね。うんしょっと」
楓華はミルを引きはがした後、一流の隠密行動で寝室から脱出する。
そしてそのまま喫茶店の外へ出たとき、既に夜が白け始めていることを彼女は知るのだった。
「もうすぐ朝になるのか。まぁ、だとしてもみんなはお昼前まで寝るかな。2日間連続で夜遅くまで騒いだわけだしさ。ふぁ~……」
楓華は明朝の冷たい風を浴びるも、緩い眠気に襲われて大きなアクビをする。
そんなとき、ふと脳が勝手に昨日の一連の出来事を思い返し、とある事に気が付いた。
「そういえば、アタイの一番恐いものって何だったんだろ。お化け屋敷で見られるはずだったけど、あの時は優先順位があったからなぁ。うーん。せっかくだし、今の内に見ておいた方がいいのかも」
この時間帯ならば仮に問題が起きても、3姉妹のみならず他の村人たちを巻き込む心配が少ない。
そう思い立った楓華の行動は相変わらず早いもので、すぐに単身で遊園地の方へ向かう。
彼女の脚ならば即座に辿り着くのは容易い。
実際、常人では察知できない速度でお化け屋敷前へ到着する。
そして楓華はあまり強い警戒心や不安を抱かず、軽い足取りのままお化け屋敷に入館した。
「お邪魔しまぁ~す。朝早いけど、もうやっていますかぁ~?」
楓華はどんな場合でもマイペースを貫き、建物内へ向かって気軽に呼びかけた。
かなり朝が早い時間帯のせいか、夜とはまた違う異質な空気が充満している。
それから彼女は変化が起きることを玄関扉付近で待っていると、これまでの被害者たち同様に綺麗な客室へワープさせられた。
「おっ、みんながバラバラの場所へ行っていた原因はこれかぁ。それにしても……、ふかふかベッドを見ると寝たくなっちゃうなぁ」
そう言い終わる前に楓華は豪華ホテルと変わらない立派なベッドへ飛び込む。
そしてふかふかとした感触を全身で堪能しているとき、心なしか聞いた事がある声が彼女の耳に入って来るのだった。
「記憶は失っても、そういう自由奔放な所は変わらないね」
「あん?誰?」
楓華は問いかけながら顔をあげる。
すると不意に声をかけてきた人物は、セーラー服姿の少女だったと知る。
普通ならば何者なのか分からないはず。
しかし楓華は質問の答えが返ってくる前に、相手の正体を一瞬で理解した。
「ありゃ、まさかのアタイじゃん。しかも体格からして少し昔っぽい?」
楓華はこのお化け屋敷の仕掛けにより、今現在より幼い自分と出会う。
体格や顔つきからして、おそらく12歳前後か。
とにかく彼女が一番恐怖しているものは、数年前の自分自身となってしまうのだろう。
ただ肝心の楓華本人は怯えず、むしろ興味津々な振る舞いでベッドから起き上がった。
「よし、よく分からないけど隣に座りな。自分と話すにしてもリラックスした状態が一番だ。あと年下には無条件で優しくしないとね」
楓華はベッドシーツを手でポンポンと叩き、隣同士で座ることを促した。
それに対して少女は物怖じせず、あっさりと彼女の隣へ腰を落とす。
どちらも全く警戒心を感じさせないあたり、まさに楓華が2人いる。
「ねぇ楓華。アナタは昔の自分を知りたい?」




