3.無意識にナンパして友達になったら朽ちかけの喫茶店に案内された
楓華はヒバナの挙動を眺めた後、まったく隠す気が感じれらない声量で本音を口にした。
「ふぅん、かわいいね」
「えっ?」
「ヒバナちゃんの動きがかわいいなって」
「はい……。はい?えっとこれは、ありがとうございます……というべきなのでしょうか?」
「気を遣わず、素直に答えて良いんだよ。不愉快だと言ってくれたら、その時はアタイが発言に気を付ければいいだけだ。そうだろ?」
この即座に出て来た一言により、眼鏡少女ヒバナは楓華が悪い人では無いと察した。
むしろ親切心に溢れていて、無理して善人らしく装っている雰囲気も感じられない。
簡単に言えば、楓華は自然体で気遣いができる人間だ。
そうヒバナが前向きな評価で認識した矢先、彼女は目の前で恐ろしいことを口走った。
「そしてアタイのことを好きになったらキスくらいはさせて欲しいね」
「はい。えっ、いえ……あれ?」
「安心しな。決して下心的な意味じゃなくて、親愛な友人同士におけるスキンシップみたいなやつだからさ」
「多分それって下心と同じ……いえ、絶対に同じですよね?」
「そうかい?だとしても、同意なら問題無いと思うけどね」
「某に当て嵌められても困りますけど……。本当に同意なら良いと思いますよ。えっと、あくまで1つの意見としてですからね?某はまだ同意していませんよ?」
すぐに拒絶しないあたり、良心的な言い返しだ。
ただヒバナの警戒心が再び高まってしまっていることは間違いない。
対して楓華は気ままに笑って流す。
「あははっ、釘を刺さなくても大丈夫だよ。今は襲わないからね」
「今は……?」
「ひとまず話を戻すと、訊きたいことが山ほどあるんだよ。お腹もちょっと減っているしさ。だからヒバナちゃんに時間があれば落ち着ける場所で話したいんだけど、どうかな?」
「うーん。もしかしてこの流れは……やっぱり、まさか?」
はっきり言ってヒバナはコミュニケーション能力が低く、性根は消極的で交流に疎い。
それでも直感的に分かることがあった。
これはナンパだ。
そう判断するまでは良かったのだが、同時にヒバナはパニック気味に焦ってしまった。
「あっ、あっ、あのあのあの……!そ、某なんて地味で、可愛いと褒めてくれたのは嬉しいですけど、でも口説かれるほどの価値なんて無くて。あっ、フウカ氏の価値観を否定しているわけでは無いですよ!?ただ、こういう状況には不慣れでして……!」
「それは口下手を気にしているって事かい?もしヒバナちゃんが失礼な事を言っても、アタイは気にしないから平気だよ」
「あぅあぅ~……。それもありますけど、そうじゃなくて!と、ととととととりあえず!せめて、お友達からのお付き合いでお願いします!某、お友達は数えられるくらいの人数しか居ないので!お友達関係なら喜べます!」
「じゃあお友達としてちょっと談笑しようか。それなら問題無いって事だよね?」
「はい!お友達です!某とフウカ氏はお友達!はぁはぁはぁ……ひぃ、ふぅ……」
動揺のあまり、ヒバナは両肩を上下させるほど呼吸を荒くしていた。
更に心なしか汗ばんだ顔となっているので、これには親切心とは関係無く相手を気遣わざるを得ない。
「あらら、息切れしてるね。ヒバナちゃん大丈夫かい?もしかして喘息持ち?」
「はぁはぁ……はぁ、これは極度の人見知りという持病です……」
「苦しくなったらアタイに相談しなよ」
「うぅ~。もうどうすれば良いのか分からなくて、色々ともどかしいです~……!」
ヒバナの感情はパニック状態だった。
楓華は優しいし、頼りになる人物という存在感がある。
しかし今の一連の会話だけで不安と安心感、警戒心と信頼と言った相反した感情がヒバナの心に湧き立った。
合わせて彼女は情けない姿を見せてしまっていると自虐心まで芽生えてさせてしまうのだが、楓華は何も気にかけずにアドバイスを送った。
「そんな相手の顔色を窺おうとしなくて良いんだよ。混乱しているなら、素直に混乱しましたって伝えれば良いんだ」
「混乱してます……」
「よし。それならやっぱり落ち着く場所に行くのが一番だよ。案内はできそうかい?」
「あぁ、えっと……あの、はい。近くに喫茶店がありますので、そこなら行けます。……あっ、いえ。やっぱり行けません!」
急に某の発言内容と態度が二転三転する。
これにはさすがの楓華も驚き、少しだけ戸惑った。
「大丈夫?そんなに混乱しているのかい?それとも急用で忙しいタイミングだったか」
「あぁ、すみません!今のはお話を断ったわけじゃなくて、色々と都合が……。その喫茶店……あと道場とか潰れかけていて、色々と色々なんです!」
「ちぐはぐ具合がちょっと凄いね。まっ、とりあえず行ってみようか。もし待つ必要があれば、ヒバナちゃんの用事が終わるまで大人しく待っておくからさ」
「あぅ、すみません……。今から案内しますので、その……今以上に切羽詰まった所を見ても気にしないで下さいね?」
もはや訊かずとも分かるくらいに、かなりの面倒事が舞い込んでいて訳アリという様子だ。
それからヒバナが案内してくれたのは道すがらに建てられている、オシャレとは言い難い外観の小さな喫茶店だった。
村だから活気が感じられないことは仕方ないとして、塗装が明らかに古ぼけているのは悪い意味で目立つ。
また喫茶店の節々から感じられる寂れた気配は、近い内に閉店を予感させる物悲しさがあった。