26.情熱的なキスは長女と次女とタコ
頭にタコが居る姿はプールというより海中から浮上してきた魚人みたいなので、ミルは楓華から答えが返ってくる前に別の質問を口にした。
「フウカお姉様、もしかしてタコを飼うつもり?」
「ん?あぁこれ?なんかアタイって動物に好かれるみたい。ほら、こんなに懐いて頭から離れてくれない」
「得意気に言ってるけど、多分違うかなー?」
「マジか。ちょうどペットが欲しいなぁと思ったんだけどな。素直に恐竜でも飼うかな」
「そんなの飼育する資金が無いよ。今回の仕事だって報酬分配の関係で、ミルたちは現物支給みたいなものだから」
「は?現物支給って、そうなの?もしかして歩合制じゃないの?」
楓華はタコを水中へ放流しつつ、本気で困惑した声色で問いかける。
彼女の眼差しからも混乱していることが伝わってきて、ミルは相手の思い違いを察しながら説明した。
「結論だけ言うと、この遊園地を村の財産にする事にしたから金銭報酬はほぼ無いよ。だけど、それでも充分に色付けされているからね?村の食料事情を話したら、おまけで色々な物資を貰えたし」
「なんだ、そうなのか……。なんか残念だわ……。これでお金をたっぷり貰って、一気に借金返済と村の開発ができると思ったのにさ」
「だからフウカお姉様ってば、あんな率先的に張り切ってたの?先に相談してくれれば良かったのに」
「んー……そうだね。まぁでも、見方によれば大きな収入になっているから落ち込むほどでは無いか!こうしてミルちゃん達と遊園地デートができたわけだし!プライスレスってやつかな!」
「フウカお姉様ってばポジティブ~。ヒバナお姉ちゃんに見習わせたいくらい」
「あっはははは!別にヒバナちゃんも気弱なだけで前向きな方だよ!さてさて、とりあえずプールの設定を変えてみるかな。他に何があるのか楽しみだ!」
そう言って楓華はプールサイドに備え付けられているパネル台へ近づき、タッチ操作を始める。
その時、ミルは妙なざわつきを覚えた。
この後ろ姿を眺める光景を今日どこかで見たばかりだ。
楓華が機械を操作して、とんでもないことが引き起こされたような覚えがあって身の毛がよだつ。
「そう言えばフウカお姉様ってば、直感だけで操作する癖がうんぬんって……。あっ!?」
思い返せば、彼女の操作が原因で大規模な転移が起きた。
それを思い出したミルは制止するために呼びかけようとしたが、既に手遅れだ。
楓華の適当な操作によって、早速プールの水質が変化してしまう。
それは強烈なアルコール臭が伴っていて、まるでプールの水全てがワインに変質してしまったような異様ささがある。
同時に彼女ら4人は軽い目眩を覚えた上、まず先に水の掛け合いを続けていたヒバナとヴィムの方に悪影響が及んだ。
「あれ?あれれ?ヴィムお姉ちゃん……某、なんだか気分がおかしいような……?」
「奇遇ね。私も少し普通じゃない気分よ。酔い……というより極度の興奮かしら」
いきなり体が内から抑えきれない衝動が湧き上がる。
更に普段なら思いつきもしない考えが脳内に駆け巡り、心身が本能に支配されつつあった。
そして意味も分からず目の前の相手に恋焦がれ、鼓動が激しく高まった。
体が異様に火照り、顔と耳が赤く染まる。
まだ単なる興奮現象に過ぎないのかもしれないが、遊んでいただけの2人からすれば意味が分からない異常事態だ。
「某、ドキドキしてます。ヴィムお姉ちゃんのことを見ていると、なんでしょう。初めての感覚で……自分のことなのに何も分からないです」
「これは、そうね。おそらく、もしかしてだけど、いわゆる発情だわ」
「は、発情ですか?それにしては、なんだか……今すぐ死ぬんじゃないかと思うくらい頭がやられているのが分かります。恋心ってこんなに苦しいものなんですか……?」
自身の状態を言語化できているだけ、まだ冷静で理性的な発言に聞こえる。
ただヒバナは自身の感情を制御できてないことが分かっていた。
ついヴィムの体を舐めるような視線で凝視してしまうし、肌色が視界に入るだけで触れ合いたい気持ちが高まる一方。
しかも、それはヴィムの方も同一の状態であって、良くも悪くもお互いの気持ちが一致して通じ合っている。
「あぅ、あの……ヴィムお姉ちゃん……。某はどうすれば……?」
無意識に体をモジモジとさせるヒバナ。
そのちょっとした仕草すらヴィムを刺激する要因となってしまい、もはや彼女は胸が痛くなるほど興奮していた。
「これは本格的に解消しないと命の危険に関わる気がするわ。だから、そうね。たまにはお姉ちゃんに任せなさい」
まだヴィムの口調は日常的だが、その口元や目つきの挙動はどう見ても平常時とは掛け離れていた。
表情筋が何度も引きつっているから、こうして会話が成り立っていること自体が奇跡かもしれない。
お互いの理性が、即刻どちらも離れるべきだと警鐘を鳴らしている。
そのはずなのに相手の体温を望む衝動を抑えられない。
まして止める気にもならない。
求める本能だけが暴走して突き進み、つい先ほどまでの姉妹関係性や社会的な道理が喰らい尽くされてしまう。
とにかく今の状態で水中に留まるのは危険であるため、まずヴィムはプールから出ようとヒバナの手を掴む。
だが、この僅かな触れ合いだけで絶大な特別感が生み出されてしまって両者の動きが止まってしまった。
漏れ出る吐息が荒く、とても熱い。
「あぁ……!もうダメ!ヒバナ!」
「わっ!?お、お姉ちゃん!!?」
ヴィムは己の欲望に負けてヒバナを強く押し倒す。
まだプールの中だから、おのずと2人は水中へ潜り込む事となってしまう。
しかし事前に水質の設定変更が行われており、水中でも肺呼吸が可能になっていた。
それどころか陸上より快適な環境が構築されていて、余計な音や視覚情報が遮断されるから目先の出来事に集中できる。
「ヒバナ」
「うぅ、お姉ちゃん……」
あとは気持ちを鎮めるために、ひたすら愛情を注ぎ合うだけ。
加えて2人の間には制止する要素が無いため、すぐに両者の唇が触れた。
胸中に満ちる感情と同じくらい熱く、情熱的な気持ちが混ざり合う。
ただその直後のこと、水中を泳ぐタコがヴィムの顔に張り付いてくるのだった。
「ぎゃあ!?」
身の危険を受けてヴィムが悲鳴をあげると共に、ヒバナは彼女を心配する呼びかけを発した。
「ヴィムお姉ちゃん!?」
2人は急いで水上へ這い上がり、慌てながらもタコを剥そうとする。
しかしタコの吸着力が逞しくて簡単には離れてくれない。
それに2人がかりとは言え結局は力技で離そうとしているだけなので、ヴィムは恐怖に苛まれながら痛い思いをしてしまうのだった。
「いたたたっ、痛い痛い!」
「あぁああぁ!?おね、お姉ちゃん!あわあわあわ……!」
さっきまで自分らが興奮状態だったせいもあって、混乱具合が酷いものだった。
そして無事にタコを離して水上へ放り捨てるものの、ヴィムの顔には吸盤の跡がはっきりと残ってしまう。
これほどドタバタとした事が起きてしまえば、当然ながら一気に正気へ戻る。
何よりヴィムは攻撃されたも同然で、まずは安全を優先したい気持ちでいっぱいだ。




