20.超人の片鱗?楓華のダイナミック救出劇の始まり
先に突入した人たち同様に金縛りに遭う楓華。
しかし彼女は慌てるどころか、つまらない脅かしを受けた印象でしか無かった。
「おっ?これは……うん、何とも無いかな」
まるで何事も無かったように言うなり、楓華はあっさりと歩き出す。
一応、一瞬より短い時間ほど体が動かない気はしたが、それくらい軽い阻害としか認識していない。
そして彼女はそのまま適当に通路を歩き進むが、あちらこちらから声が聞こえてくるせいで屋敷内の状況を上手く把握しきれなかった。
「どうしようかな。全員を助けたくても片っ端から助けてたら日が暮れるし……。あむ」
楓華は持ち込んだクレープを一気に頬張り、吞み込みながら耳を澄ませる。
すると彼女の冴えわたる聴覚はヴィムとミルの悲鳴を聞き分け、現在地を完璧に特定するのだった。
「ここから一番近いのはヴィム姉か。そっちから行くかな」
楓華は脚に力を入れた瞬間、風となって通路を駆け抜けた。
それからヴィムが閉じ込められている所まで間髪なく辿り着き、すぐさま楓華は扉を無音で破壊した。
「大丈夫ヴィム姉?」
尋常では無い悲鳴が続いていたので楓華は心配する声をかけた。
ただ彼女が見たものは、空飛ぶ青虫に追われて室内を駆け回るヴィムの姿だ。
本人には耐えがたい状況なのは間違いない。
だが、冷静に見ると古典的なコント劇みたいな光景だから楓華は堪らず失笑してしまう。
「ぷっ……」
「ちょ、ちょっとフウカちゃんじゃない!?なに笑っているのよ!もう世界の終わりかと思うくらい大変なんだか……きゃああああぁ!?」
「はいはい、ちょっと落ち着いてヴィム姉。ってか、ベッドシーツで包んだりすれば良いじゃないか」
「無理よ!これを何かしようとすること自体が無理!とにかく関わりたくないのよ!って、虫が近いわ!近い近い近づいてきている!ひぃ!!?」
「まぁ苦手ってそういうものか。ほら、アタイが何とかするから安心しな」
楓華は室内にあったガラス製コップを手に取り、それで青虫を捕獲する。
それから覆い被せた状態を維持して机の上へ置くことで、コップは脱出不可能な虫カゴとなるのだった。
「これで大丈夫だね。なぜか虫はまだ浮いているけどさ」
「もう見たくも無いから知らないわよ。多分、一生分くらいは観察してしまったわ」
「まさかヴィム姉がそこまで青虫が苦手なんてね。もし同じような事があったときは気を遣うよ。……っと、それよりミルちゃんを助けに行かないと。ちなみにヒバナちゃんの方は大丈夫だから」
「それなら良かったわ。色んな所から悲鳴が聞こえるからヒバナまで来たのかと思ったもの」
「助けに行こうとする寸前ではあったかな」
「責任感が強いヒバナらしいわ。ふふっ」
ひとまず危機を脱したことで安堵し、更に楓華が来たことでヴィムは小さな笑みを浮かべるくらいの余裕を取り戻せていた。
とは言え、視認できるくらいには冷や汗が浮き出ている。
それから2人は歩行速度を合わせて屋敷の通路を進み、次にミルの場所を目指そうとしする。
しかし同様に楓華の聴覚で居場所を割り出そうとするものの、今度は上手く声を拾うことが出来ないのだった。
「あっれ、おかしいなぁ?このアタイがミルちゃんの声を聞き逃すわけが無いはずのなのに」
「冷静に聞くと変な発言ね」
「そう?とりあえず、もっと聞き耳を立ててみるよ。より広範囲に、より繊細に………」
楓華は喋りながら集中力を高めることで、拾う音の範囲を一気に100km単位まで広げた。
それは遊園地廃墟から更に離れた一帯をカバーするほどであり、当然ながら生物に可能な芸当では無い。
それでも彼女は当然のように実行してみせ、今度こそミルの声を聴き取るのだった。
「部屋から聞こえてくると思った直後には移動して、今は地下深い場所からミルちゃんの息遣いが聞こえてくるね」
「どういう聴力しているのよ。壁に耳でも生やしたのかしら」
「あっははは、人間なんだからそんなことできるわけないでしょ。とにかくアタイは地下へ行くから、ヴィム姉は他の人達を助けてやってくれ。その後は一度撤退して、提督のじいさんと共に態勢を整えてくれ」
「出直しね。任せてちょうだい、すぐに取り掛かるわ」
「うん、頼むよ。それじゃあ、アタイはミル女王陛下を助ける英雄として颯爽と駆けつけるかな」
楓華は再び駆け出し、周囲の小物を揺らす突風と化した。
そして超高速で屋敷内を駆け巡ることで地下室へ繋がる隠し扉を見つけるなり、彼女は凝った罠や殺傷能力が高い防衛機能を生身で突破するのだった。




