15.ハンティングを楽しもう!でも始める前からうっかりトラブル
楓華の気さくに挨拶に対して、提督と呼ばれる爺さんの第一声は明らかに敵意丸出しだった。
「誰だテメェは?出会い頭から舐めた口を利いてくれるじゃねぇか」
「おっと、礼儀正しい方が良かったか。これはすまないね。改めましてアタイは楓華だ。こちらヴィム姉の新しい……」
「それはさっき聞いた。耳鳴りのせいで聴こえづらくはなったが、他人様の話を聞き逃すほど衰えたつもりは無ぇ。この俺様が訊きたいのは、テメェが何者だって事だけだ」
「うん?」
相手の意図が読み取れきれず、楓華はまともな返事ができなくなる。
こうなってしまうと、彼女にテレパシー能力でも備わって無いと会話が成り立たないだろう。
だから返答に困りかけていたとき、ヴィムが代わりに答えてくれた。
「提督、彼女……フウカちゃんは記憶喪失なの。だから答えたくても答えられないわ」
どうやら相手は身分証明を求めていたらしく、楓華の具体的な正体を知りたかったようだ。
よく考えてみれば、荒くれ者たちの雇い主ならば最初は楓華を危険視しなければならない。
しかし、提督の爺さんが警戒していた理由は別だった。
「まさか正体不明って事か?そんな怪しい奴を身近に置いて大丈夫なのかよ。俺様はな、お前らのジジイに恩がある。だから不安要素を易々と見過ごすわけにはいかねぇ」
この言葉を聞き、楓華は小声で「なるほど」と呟いて頷く。
この提督は言葉遣いと態度は乱暴だが、同時に本心からの発言だと分かる。
つまり良くも悪くも正直者であり、姉妹を心配しているというのは紛れも無い本音だ。
それにヴィムに掛ける声色が少しだけ柔らかくなっていたので、相手の考えを察した楓華は言葉を改めた。
「アタイは記憶喪失ってだけじゃなく、どうやら異世界から来たばかりなんだ。そして何も無いアタイをヴィム姉たちは気遣ってくれている。その恩に報いるためにも、アタイは全力で協力したいと本気で思っている」
「それだけか?綺麗事が過ぎるな」
「言われてみれば完全な無償ってわけじゃないね。たとえば姉妹と結婚したいとか、生涯を共にしたいとか。分かりやすく言えば、どうようしもないくらい惚れ込んでいる」
楓華が答えた理由は本心ではあるものの、少し脚色を足して大げさに伝えた。
その脚色については相手も見透かしているようだが、真っすぐ見据え合うことで嘘偽りでは無いと理解されるのだった。
「恋か。ふははっ、そいつは良いじゃねぇか。面白い。乙女の恋心ってのは、恐ろしいほどロマン溢れて情熱的だからな」
「その通りだよ。姉妹全員が好きだから一途と言っていいのか分からないけど、この熱い想いは本物だと断言できる」
「ほう。どうやらゴロツキとの付き合いも得意みたいじゃねぇか。そこら辺の男共とは比べ物にならない気概を感じられるぜ」
「ありがとう。出会い頭に褒めてくれるなんて、さすが経験豊富な提督だ。その口説きの上手さ、是非とも見習わせて頂くよ」
「ハッ、口達者な奴だ。いいだろう。ひとまず認めてやる。ほらヴィム。今回はヒバナとミルも付いて来るんだろ。呼んで来い。この……フウカってお嬢ちゃんを歓迎してやるからよ」
どこで説得力を感じて気に入ってくれたのか曖昧だが、何であれ提督の爺さんは納得してくれたようだった。
そして提督が宇宙戦艦へ戻るとき、この一連の流れにヴィムは軽い溜め息を吐いた。
「はぁ、ちょっと予想外だったわ。あの提督がケンカ腰で話をするなんて」
「えっ?そんなにヴィム姉たちには物腰が柔らかいの?想像できないなぁ」
「柔らかいというか……。デレデレした顔でお菓子やお小遣いをくれる親戚って印象ね」
「あははっ、孫を可愛がるおじいちゃんじゃん。それはそれでアタイに対して敵意があったことに納得できるね。まぁそういう理由なら、アタイと気が合いそうな提督おじいちゃんだよ」
「フウカちゃんもフウカちゃんで心が広くて凄いわ」
楓華なら何でも笑って許しそうだから、その朗らかな一面には感心せざるを得ない。
また、それだけ優しい性根だと本気で怒ったときの状態が想像つかない。
そんなもしもの考えをヴィムは過ぎらせながらも、ヒバナとミルを呼んだ後、彼女ら4人は宇宙戦艦へ乗り込んだ。
搭乗口となるエレベーターが降りてきて、それを利用することで戦艦の甲板付近まで運ばれる。
そして乗った直後、彼女らは盛大な歓迎を受けるのだった。
「よぉおおおぉお!麗しき姉妹たちよぉお!今日は派手にやってやろうぜぇえ!」
明るい大声をあげるのは既に搭乗していた仕事仲間たちだ。
軽く見渡したところ、甲板で過ごしている集団だけでも100人以上は居る。
また早朝から酒を飲んでいたりするので、もはや昨晩の宴会場と変わりない状況だった。
楓華はこの光景を眺めつつ、ふとした疑問を口にする。
「すっごい人数だね。これは、それだけ大規模なハンティングをするってことなの?」
何気ない質問に対し、場の雰囲気に唯一気圧されていないミルが反応して返した。
「全員が前線へ出向くってわけじゃないけど、そうなるかな。補給や連絡係とか、そういう役割もあるよ」
「へぇ、見た目に反して組織的な活動するってことか」
「戦場のベテランも混じっているからね。だから経験が浅い人は自然とベテランを頼りにするし、経験ある人は自分の安全のためにグループをまとめようとしてくれるってわけ」
「なんとなく分かったよ。ところで、具体的に何を対象にハンティングするわけ?」
「これまでハンティングしたのは知性が極端に低い怪物とか、文明に害を及ぼす存在かな。あと異常繁殖した動物の時もあったよ。個人的に一番記憶に残っているのは、牛が一晩で数億匹にも増えた時の狩りだね」
さり気なく言うが、冷静に考えたら規模が大きい話だ。
それに数字の桁が極端に大きいので、楓華は首を傾げた。
「一晩で………?想像が難しいけど、何でもありの世界って感じはするよ」
「牛狩り事件は、どこぞの農民が栽培した賢者の石が原因らしいよ?あまりにも増えすぎて、国からの出動要請で提督が仲間を集めて出向いたって流れだったかな」
「ごめん。説明されるほど混乱するんだけど。まず農民が賢者の石ってやつを栽培する状況が意味不明だし、そもそも石なんて栽培できなくない?」
「残念ながら細かいことを気にしたら負けだよー。それに分からないときは、あぁそういう技術が他の世界にはあるのか、くらいに思った方が気を病まずに済むよ」
「そっか……。うん、ありがとうミルちゃん。勉強になるよ」
楓華はこの世界で生きる心構えをミルから教えてもらっていると、その間に浮遊する宇宙戦艦は動き出した。
それから間もなくして、先ほど話した提督の爺さんが近づいて来るのだった。
彼は先ほどより気を許してくれているので、だいぶ気楽な声色と表情で話しかけてきた。
「よぉ、おめぇら。今回は遊園地廃墟に潜む怪物の駆除が目的だ。そこには知性がある魔物が潜み、非常に恐ろしい怪物も居るって話だ。だからミルも同行していると言えど、気を付けるに越したことはねぇぞ」
提督は少し心配そうな眼差しで仕事内容について語ってくれる。
そんな彼なりの気遣いは伝わっているらしく、ヒバナが緊張しながらも応えた。
「わ、分かりました。気を付けます」
「ふっ、ヒバナのお嬢ちゃんは相変わらずだな」
「あっ、あっ、す……すみません。その、えっと……あの…」
「気にするな。さっきのは相変わらず元気だなって意味だ。ところで出発させちまったが、おめぇら手ぶらか?道具はどうした?」
この質問に、3姉妹揃って素っ頓狂な声を漏らした。
どうやらいつもは仕事道具を持って来ているらしく、今回は忘れてしまったようだ。
目先の問題ことばかり考えていたとは言え、この事態には提督も呆れ顔を示した。