146.時雨楓華の日常~夜の境内へ行けば遊びたくなる子ども心~
彼女達6人が月明かりに照らされた石階段を上れば、ようやく村に佇む小さな神社へ到着した。
肌寒さを覚える夜風が草木を掻き分けて流れているが、ずっと賑やかに騒いでいるから心身は充分に温まっている。
そして境内へ足を踏み入れたとき、さすがの楓華も強引に抱え続けていた鬼娘モモを降ろしてあげるのだった。
「はい、無事に到着したよ。お姫様」
「ずいぶんと都合が良い言葉ですね。力ずくで拘束して、遠慮なく私のことを嗅ぎ続けていた癖に」
「嗅いで無いよ。正しくはモモちゃん成分を吸入して、細胞の隅々まで行き渡るよう摂取していただけさ」
「詭弁にもなっていませんし、余計に気持ち悪いことを言っている自覚はありますか?本当フウカさんは遠慮知らずですよね」
「それだけモモちゃんが魅力的なんだよ。ってか、事ある毎に遠慮してたらチャンスを逃すだろ?貪欲に挑み続ける姿勢こそ、成功者になれる秘訣だぜ!」
「適当に恰好つけて正当化しようとしないで下さい。せめて今ここで一言くらい謝ってくれないと私でも怒りますよ?」
モモは警戒心の表れとして、楓華から数歩分の距離を保ちながら冷たい視線を送った。
いつもより子どもっぽい機嫌の損ね方だが、何かしら思う所があるのは事実だろう。
そのため楓華はやりすぎてしまったと思い直し、相手の感情を無下にしないで頭を下げた。
「そっか、ごめん。そうだよな。親しき中にも礼儀ありだ。調子に乗って本当にごめんな」
「それは本心から謝っています?今のところ、まったく信用が無い言葉に聞こえてしまうのですけど」
「安心しな。もしアタイの気持ちが伝わらないなら謝罪文だって書くよ。例えば『私は誘惑に負け、一時の快楽を求めて貴女に衝動をぶつけてしまった。愛している』……みたいな」
「そんな怪文書なんて要りません!とにかく、しっかりと反省してくれているのなら良いんです。それと次から一言くらい断りを入れて下さいよ」
「えっ、次もビッグチャンスがあるの?」
「あるわけ無いじゃないですか。けれど、私が拒否した場合の方が容赦ないみたいなので。だから万が一似た事があった際、せめてお互いに譲歩できるラインでお願いします。如何なる時も話し合いを大切にしてください」
急にモモが他人行儀かつ真剣な眼差しで言うため、なんてことないコミュニケーションを交わすだけでも事前に約束か契約が必要のような口ぶりに聞こえてしまう。
そんな生真面目すぎる彼女の考え方を聞いて、楓華は驚き混じりに笑った。
「わぁお、モモちゃんって律義だな~。性格が柔らかくなっても、そういうお堅いところは相変わらずだ。あっははは」
「もぉ~何を呑気に笑っているんですか!?そもそも私が必要以上に注意を呼び掛けているのは、フウカさんが強情なせいですよ!隙あらばすぐに振り回してくるから、些細な事も気をつけないといけなくなっているんです!」
「そかなー。一応アタイにそこそこ非があるのは自覚しているよ。だとしても、ちょっと重く考えすぎじゃない?」
「私を無理やり抱き枕にしてきた件にも文句がありますけど、命の危機に瀕するような危険もあったじゃないですか!どれもこれもフウカさんの思いつきに慣れろと言わんばかりに付き合わさせられて……、いつか絶対に私が優位を取ってみせますからぁ!」
「そんな大声で意気込まなくても、負債について話されたらアタイは弱いけどなぁ。対等な立場を大事にして、こっちの弱みに付け込まないのは優しいというか人情的というべきか」
会話内容はともかく、2人とも賑やかで話自体は盛り上がっている様子だ。
それを末っ子ミルは後方から最後まで見届けており、抜け駆けされたような面持ちで1人勝手に悔しがっていた。
「モモってば、クーデレ&ツンデレという高等テクニックを更にマスターしている。このままだと負けちゃう。ミルも新しいアピール方法を実践しないと……。まだ開拓されてない、かつフウカお姉様の性癖に刺さるモノって何かな」
本人は険しい表情を浮かべてまで真剣に悩んでいるみたいだが、もはや精神状態が心配になるほど意味不明な独り言だ。
特に、相手に好かれるために背伸びしてまでキャラを演じようと考えてしまうあたり、敗北か失敗のどちらかを迎える予兆に思える。
するとミルと一緒に階段を上った長女ヴィムは妹の怪しい言動を意図せず聞いてしまったので、軽く困った声色ながら優しく助言してあげた。
「ねぇミル。模索するのは素晴らしいことだけれども、色物路線はやめなさいよ。というより、まずはアピールする前に能力を磨いたらどうかしら。例えば私が料理を教えてあげても良いのよ」
「ミルだって簡単な料理はできるよ。ヴィムお姉ちゃんの100分の1程度には料理が上手って自信があるもん!」
「素材をそのまま炒めてそうな腕前ね。そういえば、友達が私をホームパーティへ招待してくれた時にドヤ顔で言っていたわ。胃袋を掴むという王道な手段こそ至高のモテ術なのよって」
「ふぅん。それで、そのヴィムお姉ちゃんの友達には恋人が居るの?」
「そういう浮ついた話は1回も聞いたこと無いわね。まぁ、そもそもマリーちゃん……友達は買った惣菜を盛りつけて料理したと言い張る子だから」
そのエピソードトークを聞いた途端、ミルは何とも言い難い不安に駆られた目つきとなる。
きっと最初はヴィムの友達に対して哀れみを覚えたのだろうが、同時に今のままでは自分も同レベルに落ち着くかもしれないと幼心ながら危機感を抱いたのだ。
だからミルは将来のことを冷静に見つめ直し、とりあえず現状から脱したい一心になった。
「ヴィムお姉ちゃん……。うん、ミルってば明日から喫茶店の調理を手伝うよ。修行って言えば良いのかな。どんなに大変でも頑張る」
「ミルならすぐに上達できるわ。武道を極めているだけあって手先が器用で忍耐強いもの。それに私は講師に向いていると言われるくらい教え上手よ。ふふっ」
「そうなの?いつも喫茶店で働ている所しか見て無いから初めて知ったかも」
言葉にして聞くのは初めてでも、長年一緒に暮らせているため心当たりはあった。
加えてミルはまだ姉には自分が知らない一面を備えているのだと気が付いて、僅かながら特別な意識を向け始める。
一方でミャーペリコと次女ヒバナのペアだけ遅れて到着した上、ヒバナの方はすっかり顔が青ざめてしまっていた。
「本当に転落しかけることってあります?しかも某が原因で、足を滑らせてしまいました……」
「大丈夫ですよ!ミャーペリコが必ず支えるので、これからも安心して転んで下さいヒバナ先輩!ミャーペリコは運動神経が良いので、いつでもキャッチ&リリースする準備は万全です!」
「リリースはやめてくれませんか?」
「甘えさせるだけが教育じゃないとママに教わりましたので無理です!それにしても皆さん!なんで話し込んでいるのですか!?せっかくミャーペリコの初勤務で、皆さんと初めてのお出かけなんです!ここで一発、盛大に遊びましょうよ~!」
ミャーペリコは当然のように大声で発言するが、夜の神社に辿り着いた直後に提案するべきことでは無い。
しかし、楓華はこの相応しくない考えに対して笑顔で賛同した。
「おっ、良いなそれ!ミャーペリコちゃんの案に賛成だ!で、やっぱ神社と言えば宴と花火だよな~!」
「いえいえフウカお姉さん!神社は肝試しする場所です!あとは人目が付かない茂みで密談したり、お宝を探して穴を掘ったり!鳥さんやリスさんとお話したり!」
2人揃って突飛も無い発想だ。
そのせいで他の4人が呆れ気味に見守っていると、社の方から居ないはずの女性の声が聞こえてきた。




