145.時雨楓華の日常~歩き慣れた階段を上るだけでも大騒ぎ~
それから彼女達は道すがらに他の場所を見回りつつ、鳥居が立てられた石階段の前へ到着した。
あとは自分の足で境内へ向かわなければいけないため、自転車を降りて階段に足をかける。
しかし、なぜかモモだけは頑なに自転車から降りず、そのまま石階段を上る気満々だった。
「モモちゃん、それは無茶でしょ。さすがに自転車じゃあ階段は上れないだろ」
「私の開発力を舐めないで下さい。既にどんな段差もスムーズに進めるよう改良してあります」
「もし万が一転倒したらどうするの?最悪の場合、みんなを巻き込んじゃうよ」
「ふふっ、大丈夫ですよ。既に何度もテスト済みですので、これくらいならの階段なんて余裕です」
モモは自身の開発品に絶対の信頼を寄せていて、忠告を聞き入れないで先に上ろうとする。
すると最初の数段は確かにスムーズな動作で上り出してたのだが、間もなくして自転車から警報音が発せられると共にバランスを崩して倒れかけてしまった。
「あぅ、エラー……」
「あらよっと」
姉妹の口から悲鳴が上がるより早く楓華は助けに動いていた。
そのおかげでモモが階段から滑落する前に拍手喝采の救出劇は終わっており、いつの間にか楓華がモモをお姫様抱っこする構図が出来上がっている。
ただ一連の出来事が瞬間的すぎるので、最初から危険が無かったような扱いでミャーペリコが歓声をあげていた。
「うわぁお!これでモミモミ先輩もミャーペリコのお仲間ですね!うっかりミスで助けられちゃうグループへ加入です!」
彼女の認識に疑問は残るが、ミャーペリコも慢心や不注意が原因で楓華に助けられているので概ね正しいと言える。
だが、モモは彼女と同じくらい安直な性格だと思われたくないので語気を強めて反論した。
「わ、私は違います!今のトラブルは私の過信が原因では無く、機体の……おそらく装置の不接触が問題ですから!もう、とにかく降ろして下さいフウカさん!」
「えぇなんで?せっかくモモちゃん臭を堪能するチャンスなのに。すぅ~ふはぁ~」
「許可なく嗅がないで下さい!顔に息を吹きかけないで下さい!あと、せっかくもモモちゃん臭も意味が分かりません!」
「すぅ~……いやぁ、メッチャ喋るね。ってか、そんなに降ろして欲しいなら先に感謝を伝えたら?」
「ありがとうございます!ありがとうございます!はい、言いました!2回も言いましたよ!」
大胆なセクハラされている事もあって、モモは楓華の意見に従って超早口で感謝した。
雑な言い方だが、充分すぎるほど本気の想いが込められている。
しかし楓華は少女をガッチリと抱え直し、階段を歩み始めた。
「どうも致しまして。それじゃあ助けたお礼代わりに、抱えたまま境内まで上ろっかな。モモちゃんを抱き枕にしたのは一度っきりだし、あの弱々しい感触が恋しくてさ~」
「ひぃ!?やめてください!セクハラ!エッチ!スケベ!変態!エロエロ大魔神!ロリコン性犯罪者!」
「言い過ぎでしょ。あーあ、もっとこう……疑う余地が無いくらい誠意伝わる言葉だったら素直に降ろしてあげるのになぁ~。そしてついでに、すぅ~……はぁ~」
「か、嗅がないでぇ……。うぅ、フウカさん。いつもありがとうございます。負債なんて本当は終わっていて、フウカさんを束縛したいから勝手に増やしているんですぅ」
「えっマジ?そうなの?」
モモの思わぬ告白を真に受けて楓華は素っ頓狂な声をあげる。
だが、その返事をした直後にモモは普段通りの態度へ急変させて答えた。
「馬鹿。そんなの嘘に決まっているじゃないですか。言っておきますが、私は数字にうるさいですよ」
「マジかよ、騙された。なんつー策士。モモちゃんが鬼よりも小悪魔になりそうでアタイは心配だ~」
「いや、はぐらかそうとしないで降ろして下さいよ。あの……もしもし聞いてます?」
モモは鬼であっても楓華には力負けするので、何度も小賢しい手法で頼み込むしかなかった。
それでも楓華は解放する以前に緩める気配すら無いわけだが、それがミルからすれば羨ましすぎるシチュエーションに映って涙を流す。
「モモのアレって、まさかツンデレとクーデレを併用した高等技術なの!?ゆ、許せない……!ミルもフウカお姉様に運ばれたい!」
「あっ、ミルは本当に血涙を流さないのですね」
「ヒバナお姉ちゃんはこんな時に何を言っているの!?とにかくミルも何とかアピールしないと!そうだ!あっあっミルってば、うっかり躓いちゃって転ぶ~」
ミルは安直な発想へ至り、すぐさま演技臭い声をあげながら大げさに後ろへよろけてみせた。
その露骨に助けを求める動きを見せびらかせた直後、代わりにヴィムが彼女の手を引いて立ち直らさせた。
「ミル、大丈夫?」
「もうヴィムお姉ちゃんってば、ありえないよ!空気を読んで!」
「何を言っているのよ。ほら、私が手を引いてあげるから足元に気を付けなさい。まったく手間のかかる妹ね」
「んぁ、うぅ~ん。だからミルは……。あぅ、なんだか心がモヤモヤポカポカする~……」
ミルは気まずそうな表情ながらも口元が緩んでいた。
きっとヴィムに手を引かれるのが嬉しいのだろう。
なにせミルにとって一番大きな存在は楓華だが、同じくらい姉達のことが大事で好きなのも事実だ。
だから親切に気にかけて貰えたら、それはそれで温かみある愛情を感じて満足してしまう。
そして2人組ペアで階段を上る状況になっていたので、その流れに合わせるようにミャーペリコは率先してヒバナと腕組みした。
「ではでは!新参者のミャーペリコはヒバナ先輩と一緒に行きます!先輩、エスコートをお願いします!」
「えっへへ……。こういう頼れ方されるのは初めてですけど、中々に悪くないものですね。それでは先輩らしく某はミャーペリコ氏を案内します」
「ありがとうございます!ちなみにミャーペリコはよく転ぶので気を付けて下さいね~!」
「そんな注意をされるのも初めてですけど……えっ、それって転ぶ前振りじゃないですよね?本当に転んだから某は絶対に死にますよ。えっ?もしかして某だけ死刑執行の階段を上らせられています?」
ヒバナは予想外の不安要素に気が付いてしまい、戸惑いを覚えて表情を強張らせてしまう。
これにより楓華とモモは騒ぎながら進み、ヴィムとミルは仲良し姉妹らしく大人しく歩む。
そしてミャーペリコはワクワクした高揚気分で階段を楽しみ、ヒバナだけ強烈な緊張感に苛まれて冷や汗を掻くのだった。




